小さな旅その3
島めぐり 長句(短歌・狂歌)
人生の イベント一つ 成し遂げて また旅に立つ 島々めぐり(宮島/島めぐり1) 59歳
灯籠の 間に見える 大鳥居 そこに一頭 鹿が横切り(同上)
宮島の 景色に映える 人力車 明治の昔 見る想いする(同上)
競い合う モミジは紅さ 紅葉谷 鹿はそれぞれ 餌奪い合う(同上)
人の群れ 御手洗川の 川沿いに モミジを眺め 一人かがんで(同上)
広島に ふた冬も居て 悔やまれる 恋し焦がれた 雪の宮島(同上)
紅葉を 眺め過ぎたる 宮島で 気分変えさす 龍髯の松(同上)
町家から 五重塔を 眺めれば 八坂の塔を 思い出すかな(同上)
大勢の 観光客が 往来し 日本三景 遠い世界に(同上)
清盛の 音戸の瀬戸は 開削と 倉橋島に 渡る途中に(倉橋島)
名も知らぬ 山々島に 横たわり 倉橋島の 未知は重なる(同上)
様々な 島々浮かぶ 瀬戸の海 橋で結ばれ 陸地に等し(同上)
入江には 小さな漁船 停泊し 白き船体 青さに対比(同上)
南端の 鹿島大橋 四ヶ所目 倉橋島に 架かる橋数(同上)
倉橋に 有人島の 鹿島あり 広島県の 最南端で(鹿島)
急斜面 段々畑の ピラミット 江戸時代から 続く景観(同上)
こつこつと 積み重なれた 石垣に 自給自足の 島暮らし見る(同上)
風待ちの 鹿老渡湊 江戸中期 整備されては 本陣置かれ(倉橋島)
桂浜 温泉館の 三階に 海の浴室 露天風呂あり(同上)
火山では 心の底から 楽しんで 空しく帰る 休山かな(同上)
桂浜 古き神社の 祭神は 宗像の神 八幡の神(同上)
本殿は 流れ造りの 三間社 室町期築 国の重文(同上)
大三島 しまなみ海道 開通し 多々羅大橋 渡り訪ねる(大三島)
大三島 大山祇の 神社建つ 推古期創建 伊予一宮(同上/島めぐり2) 60歳
道の駅 多々羅夢岬 大三島 インター近く 閑散として(同上)
生口島 しまなみ海道 中間地 多々羅大橋 生口橋架け(生口島)
耕山寺 昭和前期の 創建で 生口島では 人気スポット(同上)
瀬戸田には 大型船の 造船所 幾多のクレーン 島に聳えて(同上)
高根島 生口島より 架かる橋 黄色いアーチ 高根大橋(同上)
向上寺 三重塔 シンボルで 平山郁夫 絵にも描いて(同上)
島の神 生口神社の 創建は 戦国時代 祇園社を建て(同上)
豪商の 旧堀内家 住宅は 明治初期築 入母屋二階(同上)
入母屋の 旅館住之江 二階建て 旧堀内家 別邸と言う(同上)
切妻の 歴史民俗 資料館 旧堀内家 塩蔵二階(同上)
高根島 周囲十キロ 面積は 一万七千 坪に五百人(高根島)
瀬戸田には 三重塔 聳え建つ 高根島から 眺める入江(同上)
みかん色 高根大橋 中路式 昭和中期の 完成と聞く(同上)
因島 ここも海道 下車をして 村上水軍 跡を訪ねん(因島)
本丸と 二の丸館と 隅櫓 昭和後期に 跡に再現(同上)
金蓮寺 室町後期 創建で 再興されて 曹洞宗に(同上)
本堂は 入母屋造り すがる破風 薬師如来を 本尊とする(同上)
中世は 水軍三家 存在し 因島城 最後の砦(同上)
境内に 村上水軍 墓地があり 宝篋印塔 十八基立つ(同上)
向島 しまなみ海道 最北で 人口多く 二万二千人(向島)
向島 最高峰は 高見山 展望台が 山頂にあり(同上)
各月の 日の出日の入り 位置示す 展望台の 粋な計らい(同上)
南西に 芸予諸島の 島々が 案内板と 同じく見えて(同上)
細島の 奥に佐木島 横たわり 島の名前を 知るも楽しき(同上)
見飽きない 景色広がる 高見山 芸予諸島は 島様々に(同上/島めぐり3) 60歳
調べると 営業十年 高見山 観光リフト 廃業したと(同上)
安芸小富士 広島湾の 似島に 登山を兼ねて 島へと渡る(似島)
桟橋に 胡子神社の 小社建つ 登山の無事を 祈り参拝(同上)
安芸小富士 四十分で 山頂に 見渡す景色 期待通りで(同上)
地獄鼻 被爆者船で 輸送され 哀しい過去を 島で眺める(同上)
学園は 戦災孤児の 保護施設 起源とされて 似島に建つ(同上)
似島は 家下と学園 桟橋が 小さな島に 船便多く(同上)
島周囲 約十キロの 道のりで 自転車徒歩で 十分な島(同上)
珍しき 似島汽船 カーフェリー 離着自由な 両頭船で(同上)
港には 小型漁船も 停泊し マダイやマアジ 目に浮かぶかな(同上)
今シーズン 登り納めが 安芸小富士 二月スターと 六十座目に(同上)
日本一 牡蠣養殖は 広島で 国内シェアの 六割を占め(同上)
いろは丸 模したる船に 乗船し 仙酔島を 訪ね行くなり(仙酔島)
福寿堂 弁天島に 聳え建つ 江戸前期築 二重宝塔(鞆の浦弁天島)
亀の島 仙酔島の 別称で 全景見ると それらしく見え(仙酔島)
島内は 国民宿舎 一軒で 天然温泉 入るも楽し(同上)
島周囲 約六キロの 小島でも 魅力に富んだ 火山岩体(同上)
東屋で ホッとひと息 祝い酒 正月二日 気分は抜けず(同上)
島近く 小島が五島 点在し 玉津島には 堤防架かり(同上)
南西に 有人島の 走島 人口五百 学校は消え(同上)
田の浦と 皇后島が 美しく 展望台で 俯瞰をすれば(同上/島めぐり4) 60歳
鞆ノ浦 人物像が 様々に 芭蕉の姿 無きが淋しき(同上)
日の丸の 国旗と共に 松飾り 国民宿舎 玄関先に(同上)
絶景が 船の上から 両眼に 対潮楼と 弁天島が(同上)
いろは丸 海援隊の 蒸気船 外観模造 渡船運行(同上)
沼隈の 内海大橋 先行けば 田島・横島 有人島が(田島)
大橋は くの字に曲がる 形状で 船の航路を 阻害せぬよう(同上)
珍しき 内海大橋 県道で 昭和末期に 田島を結ぶ(同上)
クリセント ビーチにヨット 一艘が 高級感を 島に添えたり(同上)
矢ノ島に 源平合戦 伝説が 屋島に続き 一戦交え(同上)
日本には 三百余島 人が住み 瀬戸内海は 半数を占め(同上)
医王寺の 小さな堂宇 石垣に 寺院が多く 島に七ヶ寺(同上)
田島から 横島結ぶ 睦橋 昭和後期の 箱桁橋で(横島)
横島に 秋田ナンバー 乗り着ける 島民からは 好奇に見られ(同上)
江ノ浦に 巌流島の 渡船あり 最短距離も 今日は運休(巌流島)
下関 三菱重工 造船所 建造船が 三隻も見え(同上)
目の前を 水陸両用 バスが行く 巌流島は これに乗ろうと(同上)
火の山は 平安時代 狼煙台 戦前までは 要塞基地で(同上)
吊橋と 海底トンネル 渡し船 日本唯一 関門海峡(同上)
競い合う 下関には ゆめタワー 門司港レトロ 展望室が(同上)
下関 ランドマークは 観覧車 天保山の 高さ半分(同上)
複雑に 巌流島は 推移して 平成中期 三菱所有(同上)
平成期 下関市に 譲渡され 公園化して 一般公開(同上)
面積は 往時は凡そ 五千坪 埋め立てられて 三万坪に(同上)
決闘は 四百年も 前の事 武蔵と小次郎 巌流島で(同上)
思い出す 昭和末期に アントニオ 猪木と試合 マサ斉藤を(同上)
開園後 武蔵と小次郎 決闘の シーン再現 銅像にして(同上)
ゆめタワー 前に客船 着岸す 巌流島の 見晴らしは良く(同上)
決闘の 絵巻物風 モニュメント 案内板も 趣向を凝らし(同上/島めぐり5) 60歳
決闘時 武蔵は四人 弟子を連れ 小次郎一人 撲殺説も(同上)
島に建つ 舟島神社 平成期 神石祀り 再建される(同上)
秀吉が 名護屋城から 帰路途中 巌流島で 座礁したとも(同上)
屋代島 大島大橋 トラス橋 ボモナグリーンの 色美しき(周防大島)
文殊堂 空海大師 創建の 宝形造り 軒唐破風で(同上)
地元では 日本三大 文殊とも 龍岩寺内 岩屋の文殊(同上)
文殊山 山頂に立ち 見渡せば 安芸と伊予との 灘が一望(同上)
久賀港の 船は殆ど 漁に出て 岩壁釣りの 人を見るだけ(同上)
東大寺 勧請聖 重源が 来島の折 石風呂築く(同上)
石風呂は 石積式の 蒸風呂で 瓦の屋根の 平屋の中に(同上)
久賀に建つ 歴史民俗 資料館 八幡生涯 学習のむら(同上)
作詞家の 星野哲郎 記念館 島出身に 因み開設(同上)
浮島は 二百人の 暮らす島 宇賀島水軍 拠点とされて(同上)
国産の PSの1 飛行艇 なぎさパークに 保存展示し(同上)
戦後初 対潜哨戒 飛行艇 昭和の中期 建造されて(同上)
伊保田沖 離島の楽土 情島 三千坪に 五十人住む(同上)
海底の 戦艦陸奥の 船体を 引揚げ展示 陸奥記念館(同上)
美しき 三角錐の 嶽山が 古民家群の 瓦の屋根に(同上)
逗子ヶ浜 海水浴場 透明度 島内一で 砂浜長く(同上)
地図見れば 島の名のある 無人島 島周辺に 十三島も(同上)
正式に 周防大島は 屋代島 瀬戸内海で 広さ三番(同上)
南国の 片添ヶ浜 雰囲気が ヤシの木茂り 瀬戸のハワイと(同上)
島内に 温泉施設 三ヶ所が 片添ヶ浜 その一つなり(同上)
幻の 彼方に浮かぶ 夢の島 ゆっくり巡る 時の海原(同上/島めぐり6) 60歳
大橋が 沖家室島に 架けられて 昭和後期に 屋代島に属す(沖家室島)
高台に 蛭子神社の 社殿建つ 漁業の神は 島に相応し(同上)
拝殿は 入母屋造り 唐破風で 寺の本堂 拝すが如く(同上)
二階建て 赤い瓦の 家二棟 まだ新しく 海に面する(同上)
明治期は 家室千軒 称されも 今は百軒 下回るなり(同上)
不可解な 船形をした モニュメント 恵比寿神社の 社殿の前に(同上)
大橋は 中央部分 せり上がり 船の通行 考慮したのか(同上)
江戸期から 四十ヶ所も 石風呂が 三月四月 焚かれていたと(周防大島)
四国では 空海大師 山陽は 重源上人 石風呂広め(同上)
漁港には 水揚げされる 時間帯 魚の種類 見る楽しみが(同上)
島めぐり 温泉あれば 最良で 今日は竜崎 潮風の湯に(同上)
嵩山は 大島富士と 称されて 瀬戸内アルプス 縦走コース(同上)
古民家の 橘民俗 資料館 訪ねてみると 戸は閉ざされて(同上)
宇品島 広島湾の 出島なり 周囲三キロ 橋が架けられ(宇品島)
灯台は 昭和中期の 改築で レンズは古く フランス製と(同上)
宇品島 島の半分 公園で 自然のままに 保護される(同上)
岩礁に 宇品大橋 アーチ橋 黄金山が 奥に聳ゆる(同上)
クルーザー 停泊させず 陸に上げ 髙き架台に 駐艇させて(同上)
島の中 プリンスホテル 工事中 公園側に ぎりぎり寄せて(同上)
優美なる 早瀬大橋 トラス橋 渡れば東 能美島へと(東能美島)
江田島は Y字の島を 三分し 東と西の 能美島付け(同上)
港には 三角錐の 山聳ゆ 大黒神島 独立峰が(西能美島)
高台に 入鹿明神社 社殿建つ 拝殿からの 見晴らしが佳く(同上)
古民家は 軍艦利根の 資料館 撃沈された 遺品を展示(同上/島めぐり7) 60歳
岩礁に 能美海上 ロッジ建つ 江田島市営 国民宿舎(同上)
江田島の 旧海軍兵 学校を 訪ね驚き 次から次へ(江田島)
石造の 大講堂は 二階建て 平民口の 柱ギリシャ風(同上)
二階建て 赤いレンガの 生徒館 明治中期の 気風漲る(同上)
フェリーにて 切串港を 宇品へと 広島湾を 遊覧しつつ(同上)
江田島の アルプスとでも 称したい 古鷹山に 続く三座は(同上)
明治には 広瀬武夫も 日々登り 我れも望し その足跡を(同上)
坂町の 景色眺めて 思い出す ユースホステル 泊りしことを(広島湾)
シンボルの 黄金山を 背に受けて 運搬船が マツダ車運ぶ(同上)
自動車の 運搬船が 入港す 宇品にマツダ 工場があり(同上)
出港し 三十分で 宇品港 島々めぐる フェリー有意義(同上)
入船の 両頭船で 宇品港 愛車と共に 無事に下船す(同上)
波もなき 竹原港を 出港し 大崎上島 両頭船で(大崎上島)
竹原の 重伝建の 町並みも 港地区には 見る影もなく(同上)
カーフェリー 両頭型の 定員は 二百五十名 三百トンで(同上)
赤白の 巨大煙突 竹原の ランドマーク 船で眺める(同上)
契島 鉛鉱石の 製錬所 軍艦島に 見えなくもなく(同上)
生野島 大崎上島 入口に 島民わずか 三十人と(同上)
縄文期 弥生期遺跡 古墳など 生野島では 発掘されて(同上)
イノシシが 泳いで島に 棲み付いて 島民数を 上回るとか(同上)
カーフェリー 白水港で 下船して 北から島を めぐり行くかな(同上)
予備知識 大崎上島 乏しくて 行く先々の ポイント絞れず(同上)
七重の 八角塔の かもめ館 酒屋の前で 奇妙に眺む(同上)
船模した 奇妙な建屋 また目にす 木江ふれあい 郷土資料館(同上)
対面の 丘の上には 建物が きのえ温泉 清風館か(同上/島めぐり8) 60歳
上島の きのえ温泉 開湯は 平成六年 旧木江町(同上)
温泉は 冷鉱泉を 加温した ほぼ中性の 塩化物泉(同上)
真四角な 石積風呂が 東屋に きのえ温泉 景色は絶佳(同上)
大下島 ミカンの島と 称される 島民百人 愛媛に属す(同上)
中ノ鼻 灯台古き 佇まい 明治中期の 石塀丸く(同上)
灯台を 眺める度に 口ずさむ 灯台守の あの名曲を(同上)
来島は 潮の流れが 速過ぎて 大下島沖 迂回したとか(同上)
弓の弦 岩に固定し 海賊を 城主冬平 撃退したと(同上)
南には 岡村島の 頭越し 大崎下島 山々が見え(同上)
上島の 神峰山 最高地 薬師堂建ち 展望台も(同上)
串本の 外浜海岸 キャンプ場 夏の賑わい 如何なものか(同上)
豪商の 望月邸を 公開す 海と島の 歴史資料館(同上・大望月邸)
入母屋の 主屋は二階 むくり屋根 煙抜き付き 明治前期築(同上)
一階に 島の文化や 望月家 廻船問屋 資料を展示(同上)
庭園は 枯山水の 回遊で 白洲に豪華 雪見灯籠(同上)
築地塀 構えた正面 長屋門 その長大さ 主屋に恥じぬ(同上)
見慣れない 三階建ての 巡視艇 白水港に 停泊されて(大崎大島)
遠ざかる 大崎上島 名残惜し 島めぐる旅 フェリーに限る(同上)
竹原に 再び戻り 旅終える いずれ竹原 大久野島に(同上)
アーチ橋 音戸の瀬戸に 新旧が ループ道路と 直線道路(倉橋島)
安芸灘の 音戸の瀬戸の 開削は 平清盛 宮島めざし(同上)
橋の下 清盛塚が 築かれる 平安末期 宝篋印塔(同上)
入母屋の 土蔵の二階 古民家は 往年歌手の 城みちる宅(同上/島めぐり9) 60歳
東屋で 後火山を リタイヤし 再び火山 戻り休憩(同上)
採掘の 白き山肌 四ヶ所も 東能美島 哀れに望む(同上)
山頂に パノラマ写真 設置され 島々の名は 一目瞭然(同上)
歌枕 倉橋島の 桂浜 長門の島の 記念碑が立つ(同上)
新音戸 大橋赤い アーチ橋 アーチ中路を 道路貫く(同上)
高島は 児島湾内 無人島 高島神社 社殿建つのみ(両備フェリー)
憧れの 小豆島へと 三月に 車と共に 岡山を発つ(同上)
カーフェリー 旅客定員 五百人 総トン数は 約千トンで(同上)
児島湾 大橋遠く 船離れ 七十分の 瀬戸の船旅(同上)
ワンコイン 双眼鏡が 船内に 覗き見るのは 久々ぶりで(同上)
犬島は 大小五島 島々で 東の二島 無人島なり(同上)
米崎の 灯台左 聳え立つ 金甲山に アンテナ群が(同上)
眺め見る 出崎海岸 哀れなり 海水浴場 近年閉鎖(同上)
フラットな デッキの積荷 気にかかる 瀬戸内海を 行く小型船(同上)
振り向けば 児島半島 遠くなり 小豆島まで 航行続く(同上)
豊島を 船で眺めて ふと思う 不法投棄の 島のイメージ(同上)
葛島 小豆島寄り 無人島 フェリー往来 隻数を増す(同上)
小豊島は 畜産農家 二軒あり 四百頭の 肉牛飼育(同上)
すれ違う 高松行きの フェリー見る いずれ乗りたい フェリーのコース(小豆島)
小豆島 土庄港に 入港し いよいよ踏まん 夢に見た島(同上)
小豆島 行政二町 南北に 土庄町と 小豆島町(同上)
寒霞渓 日本三大 奇勝なり 日本最初の 国の名勝(同上・寒霞渓)
寒霞渓 ロープウェイで 山頂に 下山は徒歩で 絶景眺め(同上)
表裏 寒霞渓には 二十景 展望台は 四ヶ所ありき(同上)
横筋が 層雲壇の 断層に 凝灰岩の 礫の堆積(同上/島めぐり10) 60歳
寒霞渓 展望台に 石碑立つ 国名勝に 恥じぬ豪華さ(同上)
草壁の 港町並み 鮮明に 寒霞渓から 眺める景色(同上)
四方指 星ヶ城山 先に見る 南北朝期 山城跡で(同上・星ヶ城山)
小豆島 星ヶ城山 東峰が 最高峰で パゴダ建つなり(同上)
四方指 眼下に望む 寒霞渓 大観峰の 展望台で(同上・四方指)
くっきりと 内海湾と 坂手湾 大角鼻の 小島も見えて(同上)
蕪崎 神功皇后 伝説が 神鏡塚は その謂れとも(同上・蕪崎)
小豆島 大観音と 佛歯寺は 平成六年 建立されて(小豆島大観望)
美しき 大観音の 別名は しあわせ観音 白衣に金が(同上)
胎内は エレベーターが 設置され 展望室に 仏歯を祀る(同上)
佛歯寺は 真言宗の 単立で 本堂はなく 像のみ聳え(同上)
土庄に 尾崎放哉 記念館 南郷庵の 終焉の地に(小豆島・土庄)
土庄に 三重塔 電波塔 一番高い 建造物で(同上)
高野山 真言宗の 西光寺 桃山時代 中興されて(同上・西光寺)
本堂は 昭和前期の 再建で 入母屋千鳥 軒唐破風で(同上)
鮮やかな 三重塔 朱塗り色 昭和後期の 誓願の塔(同上)
今日の宿 グランドホテル 水明で オリーブ温泉 入る楽しみ(同上・土庄)
絶景を 目前にする 露天風呂 ホテル水明 予期せぬ眺め(同上)
客室で 今日の出来事 パソコンに 酒を飲みつつ 記す楽しみ(同上)
美しき 小瀬海岸の 敷石は 小石石板 巧みに積んで(同上・小瀬)
江戸前期 大坂城の 再築に 小豆島から 石運ばれて(同上・大坂城残石記念公園)
残石が 石灯籠に 加工され 堤防端に 時代を灯す(同上)
道の駅 併設された 資料館 和風建屋に 諸々展示(同上)
小豆島 農村歌舞伎 有名で 四国村へと 舞台は移築(同上/島めぐり11) 60歳
大部沖 日生に向う 航路でも 本土を結ぶ フェリーは四路(同上・大部)
大島は 名より小さな 小島なり ハンセン病の 患者を隔離(同上)
採石場 荒涼とした 佇まい 中途半端に 跡は残され(同上)
江戸時代 石材業に プラスして 醤油・そーめん 島を支える(同上)
吉田ダム 香川随一 堤高で 展望台の 眺望優れ(同上・吉田)
北東部 見渡す海は 播磨灘 福田海岸 さぬき百景(同上・福田)
三角の 山肌白く 削られて 青い海岸 青空の中(同上)
哀れかな 八人石に 犠牲者の 供養のための 五輪塔立つ(同上・岩谷)
天狗岩 丁場の跡は 国史跡 四百年前 岩谷に残る(同上・天狗岩丁場跡)
小豆島 六ヶ所丁場 存在し 天狗岩丁場 最大級で(同上)
岩谷地区 刻印見ると 黒田藩 西国大名 普請課せられ(同上)
春なれど 南風台の ヤシの木は 夏の雰囲気 海と空もまた(同上・南風台)
寒霞渓 昨日に続き 今日もまた 未だ見ぬ名所 訪ねてみたき(同上・寒霞渓)
霊場の 石門洞の 洞窟は 空海大師 修行の地でも(同上)
湖を 眺める如く 景観が 内海湾の 側面見ると(同上)
寒霞渓 裏八景の 景観は 予想を超えた 奇岩奇峰で(同上)
滝なくも 仏ヶ滝の 名は如何に 竜宮門に 鋭利な峰が(同上)
山麓の 猪ノ谷池の ため池は 三笠山背に 山紫水明(同上)
二十四の 瞳の映画 撮影所 田浦岬 分教場跡(同上・田浦)
寄棟の 校舎は平屋 瓦葺き 明治後期の 分校遺構(同上)
紙芝居 オルガンなどが 展示され 岬分校 とても懐かし(同上/島めぐり12) 60歳
田浦に 二十四の瞳 映画村 昭和後期に 開設されて(同上)
小説家 壺井栄に 因んでか 二十四の瞳 文学館が(同上)
松竹座 復元された 映画館 村最盛期 偲ぶ建物(同上)
入り見る 往年スター 監督の ポスター展示 切符売場に(同上)
広場には 大石先生 中心に 十二人の 児童の像が(同上)
切妻の キネマの庵は 越屋根で 平成中期 新築されて(同上)
旗本は 退屈しては 駄目だよと ポスター眺め ふと思うかな(同上)
堀越は 壺井繁治の 出身地 栄の夫 詩人でもあり(同上・堀越)
草壁の 海の上には 寒霞渓 今朝の眺めを 逆に見るかな(同上・草壁)
絶壁が 洞雲山の 西面に 八十八ヶ所 一番札所(同上)
古江には リゾートホテル 白亜建つ 十二階には 展望風呂が(同上・古江)
苗羽には マルキン醤油 記念館 日本最大 合掌造り(同上・苗羽)
見慣れない しぼり機見ては 気にかかる 如何に動くか その構造を(同上)
千葉の野田 銚子と龍野 小豆島 日本四大 醤油の産地(同上)
風ノ子島 大型タンカー 沖を行く 懐かしき船 思い出浮かぶ(同上・大角鼻)
小豆島 地形思うと 東方部 岩峰多く 千羽ヶ嶽も(同上・西村)
道の駅 小豆島には 三ヶ所が オリーブ園の 丘にも建ちて(同上・オリーブ園)
円形の 二階オリーブ 記念館 道の駅では 主体建物(同上)
原木は 明治後期の オリーブで 枯死した後に 寸断保存(同上)
エーゲ海 ギリシャ風車が 想起さす 白亜の円塔 オリーブ園に(同上)
オリーブの 原木樹齢 百年で なばなの里は 千年と聞く(同上/島めぐり13) 60歳
オリーブの 発祥の地の 記念碑が 温暖地での 栽培進む(同上)
道の駅 施設様々 並び建つ クラフト館に 温泉館も(同上)
小豆島 ふるさと村も 道の駅 国民宿舎に 温泉があり(同上・室生)
夢想館 現代アート 美術館 ふるさと村の 道の駅の中(同上)
誓願寺 行基菩薩の 開創で 真言宗の 善通寺派に(同上・誓願寺)
根回りは 八メートルの 大蘇鉄 樹齢千年 日本一かと(同上)
客殿は 入母屋造り 庇付き 玄関千鳥 破風が優美に(同上)
美しき 花寿波島は 海蝕で 小島二つに 分かれて沖に(同上・蒲野)
灯台の 埼は土へん へそ曲がり 地名は山へん 用いる中で(同上・神浦)
釈迦ヶ鼻 三都半島の 南端で 昭和中期の 灯台一基(同上)
神浦 皇子神社に 社叢あり 四千坪が 国記念物(同上・皇子神社)
丘の上 皇子神社の 社殿建つ 平安末期 権現祀り(同上)
早朝の エンジェルロード 客多く 小豆島でも 人気の小島(同上)
三島は 肌色をした 花崗岩 海蝕跡が あちらこちらに(同上)
中余島 元小余島と 繋がりて 余島は二島 大余島とに(同上)
干潮の エンジェルロード 砂洲の道 中余島まで 二百メートル(同上)
大余島 立入禁止 看板が 個人所有は 客に冷たく(同上)
小豆島 国際ホテル 八階が 弁天島の 入口に建つ(同上)
恋人の 弁天島は 聖地とか 約束の丘 展望台は(同上)
霊場の 宝生院は 天平期 行基菩薩 開創とされ(同上・宝生院)
シンパクは 千五百年の 樹齢とか 特別天記 日本最大(同上)
根回りは 十七メートル 地上から 幹は三方 奇形に分かれ(同上)
本堂は 入母屋造り すがる破風 大正期築 本尊地蔵(同上)
高野山 真言宗の 寺らしく 大師堂まで 建てられ重視(同上)
明治期の 廃仏毀釈で 移築する 八幡宮と 宝幢坊が(同上)
客殿は 入母屋造り 平入りで 寺務所を兼ねた 間口は長く(同上/島めぐり14) 60歳
中山に 農村歌舞伎 舞台建つ 寄棟茅の 下方は瓦(同上・中山)
小豆島 農村歌舞伎 衰退し 中山・肥土山 二地区に残る(同上)
中山の 千枚田には 平成期 天皇皇后 ご視察されて(同上)
千枚田 日本の棚田 百選で 四万坪に 八百枚が(同上)
棚田には 手延べそうめん 製麺所 澄んだ空気と 湧水活かし(同上)
幾重にも 石垣高く 山に組み 苦労重ねた 千枚田かな(同上)
棚田下 市女笠似の オブジェ見る 台湾作家 竹の造形(同上)
台湾の 王文志の 力作は 小豆島の 光と称し(同上)
瀬戸内の 芸術祭の 一環で 小豆島にも 作品展示(同上)
複雑に 小竹を編んだ 作品で その手間暇に 感服したり(同上)
江戸前期 蛙子池の 築造を 祝い歌舞伎が 上演されし(同上・肥土山)
舞台には 衣裳倉横 高座建ち 農村歌舞伎 景観今に(同上)
高野山 真言宗の 多聞寺は 平安末期 開創されて(同上・多聞寺)
珍しき 本堂前に 地下通路 入母屋屋根が 頭上に聳え(同上)
爽やかな 真言の風 笠ヶ瀧 讃岐の国は 大師の故郷(同上・龍湖寺)
高野山 真言宗の 瀧湖寺 笠ヶ瀧下 大師創建(同上)
奥ノ院 集塊岩に 懸造り 昭和中期に 再建されて(同上)
二十四の 瞳が平和 群像に 小豆島での 最後の眺め(同上・土庄)
忘れ得ぬ オリンピアドーム カーフェリー 二泊三日の 思い出載せて(両備フェリー)
甲板の 煙突マーク 船の顔 会社それぞれ 工夫を凝らし(同上)
下船後は 吉備中山に 参拝し 赴任地先の 広島に帰す(同上)
竹原の 忠海港 フェリーにて 大久野島に 渡り行くなり(大三島フェリー)
二千坪 大久野島は 小さくて 車乗り入れ 必要もなく(同上)
昭和初期 大久野島は 陸軍の 毒ガス製造 暗い歴史も(大久野島)
島南 桟橋二ヶ所 設置され フェリー着岸 赤い桟橋(同上)
トンネルの 先には軍の 発電所 コンクリートの 建屋が残り(同上)
毒ガスの 暗い時代を 拭い取る 大久野島は うさぎの楽園(同上/島めぐり15) 60歳
島の西 無人の島の 小久野島 ウサギ棲むかと ふと気にかかる(同上)
面白き 島覗き穴や 星座盤 ウッドデッキに 影時計まで(同上)
レンガ造 地下兵舎跡 出入口 七連アーチ 異観を放つ(同上)
案内図 北部砲台 跡記す 日露戦争 予期した備え(同上)
速射型 十二センチの カノン砲 使用されずに 跡だけ島に(同上)
戦時中 大久野島は 地図上は 消された島で 国家機密に(同上)
長浦の 貯蔵タンクは 百トンで 巨大な庫に 六基が置かれ(同上)
小久野島 神功皇后 伝説が 征韓の折り 戦勝祈願(同上)
標柱に 日本庭園 跡見る 戦時の不安 解す試みか(同上)
戦後には 八羽のウサギ 放たれて 今は五百羽 繁殖したと(同上)
三軒家 工場群の 貯蔵庫 コンクリ壁の 鉄筋が見え(同上)
廃屋の 検査工室 一時的 休暇村では 宿泊棟に(同上)
休暇村 昭和中期の 開業で 島唯一の 宿泊施設(同上)
明治期の 南部照明所 跡があり 敵艦探知 サーチライトで(同上)
南端に 大久野島の 灯台が 明治中期に 点灯されて(同上)
灯台は 鎖が張られ 立ち入れず 灯台好きに 冷たく見えて(同上)
昭和初期 毒ガス工場 開設時 大久野島の 神社再建(同上)
創建も 祭神もまた 不明なり 珍しきかな 島の神社は(同上)
慰霊碑は 昭和後期の 建立で 障害死没者 四千人と(同上)
この島は 環境省の 管轄で ビジターセンター 開設される(同上)
センターは 切妻屋根の 木造で 大梁アーチ 展示に勝る(同上)
毒ガスの 大久野島の 存在は アメリカ軍の 想定外で(同上)
センターの 奥に毒ガス 資料館 切妻二棟 壁レンガ風(同上)
金属は 腐食考慮し 使用せず 製造部材 殆ど陶器(同上)
島めぐり 終えてのんびり 休暇村 温泉入り 遅い食事も(同上/島めぐり16) 60歳
振り向けば 毒ガスの島 地獄でも 今は天国 ウサギの島に(同上)
日本一 送電鉄塔 離島時の 大久野島の 最後の景色(同上)
小松原 大芝大橋 渡る先 大芝島が 三津口湾に(大芝島)
長大な PC造の 斜張橋 平成九年 大芝島に(同上)
安芸津町 大芝島の 人口は 百五十人 周囲五キロに(同上)
奇妙なる 七類港の ターミナル 四階建ての メテオプラザは(隠岐汽船フェリー)
カーフェリー 七類港を 出港す 隠岐の島へは 二時間半で(同上)
岩礁が 七類湾の 東岸に 頂部に緑 帽子を載せて(同上)
非日常 船の楽しみ 数多あり 海岸美観 すれ違う船(同上)
隠岐の島 島後島前 二分され 島前概ね 四島で成る(隠岐の島)
カーフェリー 西郷港に 入港す 島後の南 最大地区に(同上・島後)
ほぼ丸い 島後の島の 周囲距離 八十五キロ レンターカーで(同上)
赤色の 西郷大橋 ローゼ橋 築造当時 東洋一で(同上)
天平の 隠岐国分寺 国史跡 明治廃寺後 真言宗に(同上・国分寺)
切妻の 蓮華会舞の 会館は 改築されて ヒノキが香る(同上)
舞台にて 空海大師 命日に 蓮華会舞を 奉納すると(同上)
本堂は 七年前に 焼失し 今再建の 工事が進む(同上)
境内に 後醍醐天皇 行在所 址を記した 石碑立てられ(同上)
巨大なる モーモードーム 闘牛の 牛突き観戦 観光施設(同上・隠岐モーモードーム)
水若酢 神社隠岐国 一宮 古墳時代の 創建とされ(同上・水若酢神社)
偶然に 祭礼風流 催され 神社境内 島民数多(同上)
切妻の 随神門は 高床で 江戸後期築 柱八脚(同上)
拝殿は 入母屋造り 舞台風 大正期築 銅板葺きで(同上)
本殿は 切妻茅葺き 妻入りで 江戸後期築 国の重文(同上)
洋風の 隠岐郷土館 二階建て 明治期築の 旧郡役場(同上・隠岐郷土館/島めぐり17)
入母屋の 下見板張り シンメトリ 瓦以外は 白で統一(同上)
館内は 農耕用具 漁労具に 生活用具 様々展示(同上)
豪農の 日野家の主屋 都万目から 郷土館へと 移築復元(同上・都万目の民家)
入母屋の 主屋は直屋 茅葺きで 江戸末期築 県文化財(同上)
白島に 固有の領土 距離掲示 国後島に 竹島などを(同上・白島海岸)
沖ノ島 近寄り難き 灯台が 島後最北 小さな島に(同上)
円形の 白島埼の 灯台は 昭和中期に 丘に建てられ(同上)
対岸に 吉浦海岸 野営場 懐かしき名が 地図に記され(同上・久見)
夜母瀬来 韓国由来 地名かな ローソク島の 展望の中(同上)
眺めれば ローソク島の 天辺に またローソクが 細く削られ(同上・ローソク島)
展望す ローソク島の 周囲には 屹立したる 岩礁続く(同上)
遊歩道 第二展望所 設置され ローソク島を 目前で見る(同上)
海蝕で ローソク島の 根は抉れ 地震があれば 即崩壊も(同上)
沈む陽が ローソク島に 重なれば 点るローソク 見るが如しと(同上)
島後では 隠岐温泉が 唯一と 条件反射 日帰り入浴(同上・五箇)
温泉は 冷鉱泉で 泉質は アルカリ性の 塩化物泉(同上)
油井の池 地滑りよる 湿地帯 豊かな自然 動植物が(同上・油井)
那久岬 幹線逸れた 海岸も 訪ねてみれば 風光明媚(同上・那久)
灯台は 溶岩台地 上に建つ 那久岬でも 歩道を整備(同上)
都万湾に 約二十棟 舟小屋が 並び建つ様 伊根と異なり(同上・屋那)
インフラの 橋にも美観 吊橋に 弦張ワイヤー ハープの弦か(同上)
クロマツが 屋那松原に 二百本 白砂青松 日本百選で(同上)
昨日は 地元ホテルに 宿泊し 記念の写真 外観写す(同上・西郷/島めぐり18) 60歳
早朝の 西郷港は 物静か 出船入船 沖にも見えず(同上・西郷港)
港には イカ釣り船と 貨物船 岸壁隔て 共に停泊(同上)
港町 水祖神社に 立ち寄りて ミズハノメノカミ 菅公拝す(同上・水祖神社)
拝殿は 神明造り 本殿も 昭和後期に 移転改築(同上)
レンガ風 百万両が 街角に 調べてみると 元ショートパブ(同上・西郷)
岸壁に フェリーしらしま 停泊す 隠岐汽船では 最初の船名(同上・西郷港)
港前 ジオゲートウェイ 二階には 有料施設 隠岐自然館(同上)
出雲から 隠岐へ出張 神様も 隠岐は島根の 一部となりて(同上・出雲大社西郷分院)
銚子ダム 平成前期 築造の 重力式の コンクリートダム(同上・銚子ダム)
かぶら杉 六百年の 樹齢とか 根元六本 幹分れして(同上・中村)
港には ニューしらはまが 停泊す ローソク島の 遊覧船で(同上)
隠岐諸島 大満寺山 最高地 登頂果たし 目標クリア(同上・大満寺山)
岩倉の 乳房杉妙な 奇形樹で 二十四個の 乳根が垂れて(同上)
シダ生えた 岩の風穴 涼しきは 地下水に風 触れた空気で(同上)
固有種の オキシャクナゲは 美しき 薄いピンクと 濃いピンク見る(同上)
トカゲ岩 自然回帰の 森を経て 一キロほどの 遊歩道行く(同上・トカゲ岩)
トカゲ岩 展望所まで 一キロで それでも一見 価値ある奇岩(同上)
垂直な 岩に這いつく トカゲ岩 大陸性の 粗面斑岩(同上)
布施地区の 春日の浜は 穴場的 海水浴場 風光明媚(同上・布施)
崎山の 浄土ヶ浦の 海岸は 浄土ヶ浜を 彷彿とさせ(同上)
潮風に 耐えた古松 美しく 浄土ヶ浦の 小島の上に(同上)
黒崎は 蘚新世の 噴火跡 柱状節理 面影残す(同上/島めぐり19) 60歳
漁港沖 沖津ノ目島 無人島 百八十の 小島の一つ(同上・大久)
佐々木家の 主屋は国の 重文で 江戸後期築 切妻平屋(同上・佐々木家住宅)
部屋間取り 隠岐独特の 鍵型で 建築以来 改造されず(同上)
玉若酢 命神社の 創建は 古墳時代に 地の神祀り(同上・玉若酢命神社)
入母屋の 随神門は 茅葺きで 江戸後期築 国の重文(同上)
拝殿は 入母屋造り 向拝は 千鳥と唐の 破風平入りに(同上)
本殿も 江戸後期築 重文で 切妻茅の 向拝妻に(同上)
八百杉は 樹齢千年 国天記 八百比丘尼植え 杉の名前に(同上)
根回りは 二十メートル また樹高 三十八 メートルもあり(同上)
社家億岐家 主屋は国の 重文で 江戸後期築 入母屋平入り(同上)
国司まで 億岐家は務めた 家柄で オオクニヌシの 末裔と言う(同上)
庭園は 枯山水の 築山で ちょうどツツジが 咲きし頃なり(同上)
億岐家では 宝物殿を 併設し 重文二点 レプリカ展示(同上)
西郷を 高速船で 島前の 西ノ島へと 新たな旅を(同上・西郷港)
空港の 造成時期に 衰退す 鳥貝崎の スコリア丘は(同上・レンボ―ジュット)
寄港する 菱浦港に 家督山 中ノ島での 最高峰で(同上)
西ノ島 下船したのは 別府港 由良比女神社 先ず参拝す(西ノ島・由良比女神社)
隠岐国 由良比女神社 一宮 創建不詳 ワタツミ祀る(同上)
拝殿は 入母屋造り 向拝は 軒唐破風で 昭和初期築(同上)
本堂は 春日造りの 変態で 明治中期築 屋根桧皮葺き(同上)
通称は イカ神社とも 称されて イカに因んだ 飾りが多く(同上)
西ノ島 地形的には 東西に 運河を挟み 二つに分れ(西ノ島)
西岸に 断崖絶壁 七キロも 国賀海岸 国の名勝(同上・国賀海岸)
牧草地 思い出すかな 都井岬 国賀海岸 ほぼ野生馬で(同上)
島後には ローソク島あり 島前に 観音岩が 抗する如く(同上)
銅像を 思わす如く 馬が立つ 国賀海岸 摩天崖には(同上/島めぐり20) 60歳
国賀には 先の大戦 戦跡が 窪地に建てた 監視所の跡(同上)
ユネスコの 世界ジオパーク 認定は 日本十ヶ所 隠岐は一つで(同上)
抑留死 山本幡男 顕彰碑 シベリアの地で 文芸広め(同上)
奇岩立つ 観音岩の 以外にも ミニ剱岳 ミニ洞門も(同上)
西ノ島 国賀海岸 散歩道 あまり知られぬ 遊歩百選(同上)
入江奥 国賀神社の 小社建つ 浜の景観 祭神として(同上)
様々な 奇岩が浮かぶ 国賀浜 男鹿半島に 数では劣る(同上)
せり出した 通天橋の 洞門は 国賀海岸 名所の一つ(同上)
洞窟が 地滑りにより 海岸に さらに海蝕 アーチに削り(同上)
いつの日か 浦郷港で 乗船し 遊覧船で 国賀めぐりを(同上・浦郷港)
珍しき 警察用の 巡視船 百五十隻 全国配備(同上)
四世目 大成丸が 沖を行く 四千トンの 練習船で(同上)
黒木御所 案内板を 眺めると 小泉八雲 足跡記し(同上・黒木御所跡)
御所跡の 黒木神社は 江戸前期 後醍醐天皇 祀り創建(同上)
島後では 国分寺にも 御所跡が 後醍醐天皇 行宮の謎(同上)
太平記 黒木ノ御所が 記されて 流人に見えぬ 優遇さなり(同上)
敷地には 碧風館の 資料館 黒木御所での 様子を学ぶ(同上)
二泊目は 別府港そば ホテル隠岐 豪華夕食 海鮮料理(同上・別府)
西ノ島 最高峰の 焼火山 焼火神社が 中腹に建つ(同上・焼火神社)
祭神は 焼火権現 創建は 平安後期 焼火神社は(同上)
見渡せば 中ノ島から 知夫里島 焼火山沖 離れて見える(同上)
石垣に 古民家風の 社務所建つ 明治後期に 改築されて(同上)
拝殿と 本殿含めた 三棟は 江戸中期築 国の重文(同上/島めぐり21) 60歳
本殿は 拝殿左 崖に建つ 通殿介した 奇妙な配置(同上)
中ノ島 菱浦港へ 定期船 別府港から 七分で着き(中ノ島・菱浦港)
広場には 八雲とセツの 座像あり 鏡ヶ浦と 名付けて愛し(同上・八雲広場)
隠岐神社 江戸慶長期 開創で 後鳥羽法皇 祭神とする(同上・隠岐神社)
法皇は 鎌倉中期 配流され 源福寺にて 崩御し火葬(同上)
現社殿 昭和前期の 建立で 一万五千 坪に八棟(同上)
拝殿は 入母屋造り すがる破風 左右翼廊 銅板葺きで(同上)
源福寺 後鳥羽上皇 行在所 廃寺となりて 神社に変る(同上)
御手植えは 大正昭和 皇太子 勝田の池の 音無しの松(同上)
後鳥羽院 資料館まで 建てられる 昭和後期に 海士町により(同上・後鳥羽院資料館)
門前の 綱掛けの松 伐採し 根元付近を 館に展示し(同上)
幕末は 神社と寺が 一体で 絵図眺めると 壮大な規模(同上)
村上家 明治後期の 邸宅を 町が復原 資料館とす(同上・村上家資料館)
入母屋の 主屋平入り 二階建て 軒に式台 玄関備え(同上)
村上家 後鳥羽上皇 火葬塚 宮内庁から 守部任され(同上)
庭園は ひょうたん池の 築山で 敷地に比べ 規模は小さく(同上)
カラスより トビは逞し 留鳥で タカの仲間で 鳴き声独自(同上・海士)
俯瞰する 沖に松島 豊田港 オキシャクナゲの 花足元に(同上・金光寺山)
卵塔は 伊勢太廟の 刻印が 真言宗の 住持の墓か(同上)
平安期 小野篁 配流され 金光寺にて 恩赦を祈願(同上)
入母屋の 妻入り御堂 山頂に 六社権現 祀るとされる(同上)
島の北 明屋海岸 スコリアの 赤い断崖 一キロ続く(同上・明屋海岸)
紺碧の 海の情景 引き立てる 赤い岸壁 屏風の岩が(同上)
赤壁の 断層徐々に 衰退す 植物生えて 縄張りを増し(同上/島めぐり22) 60歳
屏風岩 女神がお産 隠し岩 そばに産湯の たらいの岩も(同上)
海士町に 日本名水 百選が 行基ゆかりの 天川の水(同上・天川の水)
天川に 清水寺を 創建す 行基菩薩が 観音祀り(同上・清水寺)
ドーム型 大きな屋根が 高台に 保健福祉 センター建物(同上・諏訪湾)
民間の 藻類学の 研究所 レンボ―ビーチ 景観に添う(同上・菱浦港)
珍しき マリンポート ホテル海士 神明造り 塔屋が屋根に(同上)
キンニャモニャ 変な名前の センターは 島の民謡 歌詞に因むと(同上)
センターは 新築木造 二階建て 海の駅的 観光施設(同上)
定期船 菱浦港で 乗船し 知夫里島へと 自転車共に(同上)
定期船 別府港へと 寄港して 記憶に残る 港を眺む(西ノ島・内航船)
知夫里島 来居港へと 入港し 興味津々 未だ見ぬ名所(知夫里島・来居港)
坂道を 自転車で越え 眺めると 仁夫の港が 美しく見え(同上・仁夫)
整然と 小型漁船が 仁夫港に 船の大きさ 競い合わずに(同上)
仁夫里坊 後醍醐天皇 行在所 跡に残るは 草知に石が(同上)
最高地 アカハゲ山の 山頂に 洒落た造りの 展望台建ち(同上・アカハゲ山)
島前は 海のカルデラ くっきりと 展望台で 俯瞰をすれば(同上)
知夫里島 西海岸を 眺めると 青に白線 岸打つ波が(同上)
野大根 題材とした 句碑も立つ アカハゲ山は 今花盛り(同上)
赤壁に 猫ヶ岩屋の 古墳あり 横穴石室 牛の背に見る(同上・知夫赤壁)
知夫里島 知夫赤壁は 火砕丘 溶岩しぶき 鉄分含み(同上)
側面の 眺めは少し 物足りず 遊覧船で 眺めてみたき(同上/島めぐり23) 60歳
赤壁は 国名勝で 記念物 明屋海岸 凌ぐスケール(同上)
赤壁は ほぼ一キロの 断崖で 紺碧の海 異彩を放つ(同上)
仁夫地区で タブの巨木を 眺め見る オロチの如く 四本に分れ(同上・仁夫)
根回りは 四メートル余 木の高さ 十メートルで 樹齢は不明(同上)
知夫村の 河井の地蔵 湧水は 涸れもしないで 湧き続けると(同上・河井湧水)
歴史的 人物も飲む 湧水を 文覚上人 後醍醐帝と(同上)
来居港 フェリーどうぜん 乗船し 再び向う 別府港へと(同上・来居港)
隠岐汽船 松浦斌 創設者 ちょんまげ姿 胸像が立つ(同上・別府)
切妻の 酒蔵風の 販売所 安藤本店 醸造元は(同上)
ホテル隠岐 切妻二重 二階建て 屋根は赤色 外壁白く(同上)
ゆったりと 寛ぐ部屋は 十畳間 蒲団敷いても 窮屈はせず(同上)
浦郷の 赤尾展望所 絶景が 通天橋も また見渡せて(同上・赤尾展望所)
展望所 展望台を 兼ね備え 東屋風の 木造デッキ(同上)
ふと見れば 展望台の 方位盤 竹島までの 距離記されて(同上)
なだらかな 丘の鬼舞 展望所 外輪山の ピークの一つ(同上・鬼舞展望所)
カルデラの 中心となる 焼火山 太古の噴火 今の景色に(同上)
島前の 三島訪ね 比較せば 展望所では 浦郷勝る(同上)
西ノ島 ふるさと館は 切妻の 白壁土蔵 まだ新しく(同上・ふるさと館)
館内は 自然と暮らし テーマ―に 約二千点 収蔵展示(同上)
絵にもなる ふるさと館の 前は海 観光船の くにが停泊(同上)
別府から 再び船で 菱浦へ 未だ見ぬ名所 中ノ島にあり(同上・別府港)
桟橋に 切妻小屋が 十二棟 Vの字形に 二ヶ所に分れ(中ノ島・菱浦港)
並び建つ 菱浦港の 殆どの 観光施設 第三セクター(同上)
海中の 展望船の あまんぼう 半潜水型 興味津々(同上)
一人では 運航不可と 拒否されて 二人料金 払い乗船(同上・展望船)
立岩が 大中小と 横並ぶ 三郎岩に 兄弟を見る(同上/島めぐり24) 60歳
果たさざる 夢の一つに 海中を 自由に泳ぐ ダイビングかな(同上)
魚の群れ 水族館で 見ただけで 海中で見る 雰囲気は良く(同上)
海蝕の 風景の中 洞門は 月並みだけど 波の傑作(同上)
ガズラ島 八百坪の 無人島 散骨場に 島は推移し(同上)
中ノ島 最南端の 木路ヶ崎 灯台も建ち 景観も良し(同上・木路ヶ崎)
知夫里島 西ノ島とが 対峙する 赤灘の瀬戸 挟んだ海に(同上)
岩礁は 黒と褐色 入り混じり 溶岩石の 末も様々(同上)
天然の 入江活かした 崎漁港 高級魚だけ 水揚げすると(同上・崎)
坂の上 小さな民家 軒並べ ツツジ咲くなり 漁村風景(同上)
集落に 思いも寄らぬ 史跡観る 後鳥羽上皇 腰掛の石(同上)
御波には 島前カルデラ 展望所 中ノ島から 二島が見えて(同上・御波)
隠岐の島 三泊四日 旅を終え 高速船で 一時間の帰路(同上)
因島 しまなみ海道 架かる島 再び訪ね 離島をめぐる(因島・鏡浦)
椋浦 峠に立てば 珍しき 扇形した 鳥瞰図あり(同上・椋浦峠)
地蔵鼻 石灯籠が 入口に 崖の下には 歩道を整備(同上・地蔵鼻)
弓削島の 最高峰は 三山とか 家老渡港の 前に聳えて(同上・家老渡)
保安庁 巡視船はやと 自衛隊 補給艦とわだ 家老渡港に(同上)
三キロを 渡るフェリーは 五分間 家老渡港を 上弓削港へ(同上・家老渡汽船)
係員 上弓削港に 見当たらず 船長一人 全て任され(弓削島・上弓削港)
島めぐり 時計方向 回る癖 知らない内に ハンドル動く(同上・久司浦)
弓削島に 温泉あれど 源泉は 隣島と知り 惑わされるや(同上・下弓削)
優美かな 生名橋上 湾曲部 鉢巻山が 背後に架かる(同上)
久司山の 展望台で 見る景色 西の弓削瀬戸 東燧灘(同上・久司山)
因島 クレーン十二基 造船所 弓削島とでは 落差大きく(同上)
佐島から 生名島へは 生名橋 築三年の 夢の吊橋(佐島/島めぐり25) 60歳
生名島 ガレ場の山を 眺めると 岩に触れたく 登り行くかな(生名島・鉢巻山)
坪木島 能子島などの 無人島 島の東岸 沖に佇む(同上・尾又)
生口島 生名島から 眺めれは ああ牡蠣山 海に聳えて(同上・立石山)
生名島 巨石点在 景色佳し 最高峰の 立石山は(同上)
岩城島 積善山が 対岸に 近い将来 橋が架かると(同上・蛙石)
蛙石 いきなスポレク 公園に おとぎのような 体育館が(同上)
蛙石 絶対読めぬ 地名でも 海岸見ると 景色は読める(同上)
瀬戸内の 小島の浜の 草叢に 心ときめく ハマナスの花(同上)
弓削神社 物部氏による 創建で ニニギノミコト 主祭神とし(弓削島・法王ヶ原)
小規模な 法王ヶ原 松原で 弓削道鏡 伝説の浜(同上)
年ふりて 弓削高専の 学び舎に 心の中で 彷徨い歩く(同上)
インランド シー・リゾート フェスパあり 思いもよらぬ 日帰り入浴(同上)
弓削島の 石灰山は シンボルと 採掘跡を 評価するとは(同上・石灰山)
振り向けば 立石山は 忘れ得ず 弥生遺跡の 巨岩に接し(生名島)
土生までは 三百五十 メートルに 橋は架からず フェリー往来(因島)
三分で 最期はフェリー 土生港へ 三島めぐる 上島の旅(同上)
黄金の 蘭陵王の 舞楽像 宮島口の ロータリー内に(宮島口)
船上の 神社景観 圧巻は 五重塔と 千畳閣で(宮島・厳島神社)
海辺には 朱色の鳥居 また一基 長濱神社 両部鳥居が(同上・長濱神社)
祭神は 長濱神社 変遷し エビス様から かまどの神に(同上)
宮島を 海岸沿いに 踏み行くと 未知なる景色 数多広がり(同上・杉之浦)
一斉に こちら向くなり 鹿の群れ 人寄り付かぬ 杉之浦では(同上)
定期船 廃止されては 桟橋の 寂れた様子 哀れを誘う(同上・包ヶ浦/島めぐり26)
厳島 合戦跡を 懐古する 三大奇襲 一つとされて(同上)
日本の 白砂青松 百選に 宮島北の 包ヶ浦は(同上)
広島に ふた冬も居て 悔やまれる 恋し焦がれた 雪の宮島(同上)
公園の 管理センター 平屋建て 星のしずくの 食堂があり(同上)
海岸に 日本三景 石碑立ち 天橋立 松島去来(同上・フェリーターミナル)
九代目 明治前期の 大鳥居 両部鳥居は 国の重文(同上・厳島神社)
海辺より 眺める社殿 人集り 混ざりたくない 気持ちが胸に(同上)
潮引いた 社殿は何故か 奇妙でも 二度と拝めぬ 女神の館(同上)
聞こえ来る 平家物語 琵琶の音 残る社殿が 無常を拭う(同上)
朱の塗りの 五重塔は 桧皮葺き 室町期築 和様唐様(同上)
潮引いた 御手洗川に 船並ぶ 潮満ちるまで 漁業はできず(同上・御手洗川)
純和風 水質管理 センターは 景観重視 新築されて(同上・水質管理センター)
多々良潟 白浜沿いに カキの棚 思い起こせば ここも広島(同上・多々良潟)
秘境とも 言うべき景色 宮島に 中心部のみ 客密集し(同上)
観光の 農園既に 閉鎖され 宮島に来て みかん狩りとは(同上・上室浜)
広大の 研究施設 宮島に 原生林が 島に残され(同上)
宮島の 山間部へと 立ち入ると 民家トイレに 臭突が立ち(同上)
厳島 宝物館は 入母屋で 昭和前期の コンクリート造(同上・厳島神社)
現社殿 国宝六棟 重文は 十一棟と 西日本一(同上)
JR 西日本では ドル箱と 宮島フェリー 満員の客(同上・フェリーターミナル)
土生港を 岩城島へと カーフェリー 見残しの島 上島町に(長江フェリー)
海峡に 橋脚のない 斜張橋 PC箱桁 生口橋見る(同上)
牡蠣山は 印象的な 山容で 船の上から 再び望む(同上)
生名島 北の瀬戸から 小島見え 以前と違う 景観目にす(同上)
岩城島 積善山が シンボルで 最高峰で 岩城富士とも(岩城島/島めぐり27) 61歳
津波島と 赤穂根島の 無人島 積善山の 眼下に望む(同上・積善山)
円形の 展望台が 山頂に 大パノラマが 二階デッキに(同上)
またいつか 積善山の 東屋で 三千本の 桜眺めん(同上)
仰ぎ見る 白き山肌 巨石群 積善山の 景色麗し(同上)
入母屋の 拝殿左右 出入口 展望兼ねた 懸け造りなり(同上・妙見神社)
三つ石の 穴に神棚 祀られて 三つ大きな まゆ玉飾り(同上)
古代より 巨石崇拝 岩城富士 振り向き拝し 山降りるなり(同上)
菰隠 温泉ありし 岩城島 日帰り入浴 思い出刻む(同上・菰隠温泉ホテル)
唯一の 島の温泉 宿泊は またの来島 望むが如く(同上)
温泉に 未練を残し 島を去る また来る春に 思いを抱き(同上)
宇野港を 芸術の島 直島へ 旅客船にて 十五分ほど(直島旅客船)
大小の 島々沖に 横たわる 直島諸島 二十七島(同上)
一人では 一日二日 暮らしても 三日は無理な 無人島かな(同上)
直島は 宮ノ浦港 玄関で 最高峰の 地蔵山見る(直島・宮ノ浦)
船室は 三割ほどの 乗客で 冬休みでも 客は少なく(同上)
港には 小さな漁船 停泊し 寂れた様子 師走に浮かぶ(同上)
堤防に 水玉模様 赤かぼちゃ 草間彌生の 代表作と(同上)
直島の 地中美術館 風変り 安藤忠雄 設計せしと(同上・地中美術館)
直島に 前衛的な 美術館 島全体を アートに見立て(同上・ベネッセハウス)
琴弾地は 崇徳上皇 ゆかりの地 配流の讃岐 途中下船し(同上)
芸術と 言うのは難き 作品も サークル上に 流木並べ(同上)
船首立て 船底臥した 造形が 枯れた芝生の 上に置かれて(同上)
屋外の 抽象的な 展示より 好ましきもの 目の前に島(同上)
直島の 海水浴場 琴弾地は 小島も見えて 風光明媚(同上・琴弾地/島めぐり28) 61歳
琴弾地に ふるさと海の 家が建つ 町経営の 宿泊施設(同上)
積浦に 崇徳上皇 神社建つ 行在所跡 伝承されて(同上・崇徳天皇宮)
高野山 真言宗の 極楽寺 平安前期 聖宝開基(同上・極楽寺)
本堂は 入母屋造り 妻入りの 軒唐破風で 江戸中期築(同上)
重厚な 八幡神社の 石鳥居 桃山期築 県文化財(同上・八幡神社)
拝殿は 入母屋造り 向拝は 軒唐破風で 昭和初期築(同上)
住宅に 足場を架けて 雪だるま サンタクロース 様々展示(同上・家のアート)
山火事で 荒神島は 禿げ山に 松植栽し 緑地化進む(同上・荒神島)
アイラブユ 派手な装飾 銭湯の 美術施設に 度胆抜かれる(同上・銭湯)
廃れ行く 瀬戸内海の 島々に 新たな投資 芸術重視(直島旅客船)
上関 大橋渡ると 長島が 室津の沖に か細く続く(長島・上関大橋)
江戸末期 長州藩が 砲台を 長島側と 室津に築き(同上・砲台跡)
上関 漁港の眺め 穏やかに 砲台跡の 冬の見晴らし(同上)
対岸の 室津港には 道の駅 長島よりも 整備が進み(同上)
灯台を 模した塔建つ 山頂に 上盛山 展望台は(同上・上盛山)
見渡せば 室津半島 中央の 大星山に 風車が数多(同上)
緩やかな 円弧美し 上関 大橋の下 行き交う船も(同上)
四代沖 平郡島が 望まれる 四代港から 渡船あればと(同上・四代)
菱形の 虫籠窓見る 町角に 上関には 古民家多く(同上・上関)
藩屋敷 御茶屋正門 石垣が 藪の茂みに ポツンと残り(同上)
上関 関所の番所 復元し 往時を偲ぶ 雰囲気を目に(同上)
入母屋に 庇重ねた 平屋建て 旧秋月家 住宅移築(同上)
龍宮社 鳥居に祠 柵までも 全て石造 大橋背にし(同上・龍宮社)
博多から 高速船で 対馬へと 二泊三日の 未知なる旅路(博多港/島めぐり29) 61歳
様々な 歴史経て来た 志賀島 国宝金印 発見の島(超高速船)
椀ふせた 玄海島に 家を見る 周囲四キロ 四百人が(同上)
机島 玄海島に 横たわる 海蝕洞は 瀬戸に揉まれて(同上)
壱岐島 最高峰の 岳ノ辻 接近しては 寄港を知らす(同上・壱岐島)
郷ノ浦 ニールセン型 ローゼ橋 港に架かり 船を出迎え(同上)
対馬島 レンターカーで めぐるかな 先ずは岩山 城山眺め(対馬島・城山)
城山は 金田城跡 築城は 白鳳時代 特別史跡(同上)
今里で 眺める春の 浅茅湾 紺碧の海 浮かぶ島々(同上・今里)
金田城 白村江の 戦いに 破れた日本 対馬に築く(同上・城山)
石積みの 木坂の藻小屋 奇観なり ケルンのような ヤクマの塔も(同上・木坂)
木坂には 対馬国の 一宮 創建不詳 海神神社(同上・海神神社)
整然と 切石敷いた 石段が 社叢の中を 一直線に(同上)
拝殿は 入母屋造り 妻入りで 四方欄干 舞殿を兼ね(同上)
本殿は 神明造り 高床で 拝殿共に 大正期築(同上)
一宮 温泉もまた 空振りの 島となりけり 遥かな対馬(同上)
木坂には 展望台が 設置され 西海岸の 景色一望(同上・木坂展望台)
集落の 背後の山に 不規則な 段々畑 潮風を浴び(同上・青海)
鰐浦の 丘に韓国 展望所 道路入口 異様な門が(同上・韓国展望所)
六角の 韓国風の 東屋が 展望台を 兼ねて建てられ(同上)
海栗島に 自衛隊基地 レーダーが 五十キロ先 韓国向けて(同上)
韓人が 我が物顔で 闊歩する 仏像盗み 島も盗むか(同上)
豊地区で 砲台跡を 訪ね見る 対馬防衛 一大拠点(同上・豊砲台跡)
砲台は 戦艦長門と 同形で 発射はされず 幻となる(同上)
真珠の湯 温泉ホテル 満室で 空港近く 宿を確保す(同上・ホテル空港イン)
夕食に 尽きる初日の 島の旅 温泉ホテル 袖にされても(同上)
国史跡 根曽古墳群 美津島に 五・六世紀に 六基築造(同上・根曽古墳群)
小規模な 前方後円 墳を見る 一号墳と 二号墳二基(同上)
後円部 石室の壁 横たわり 復原されぬ 古墳が哀れ(同上)
二号墳 石室二ヶ所 発掘と 前方後円 謎の被葬者(同上/島めぐり30) 61歳
盛土消え 三号墳は 円墳か 時代が下り 古墳小さく(同上)
石室と 案内板に 表示され 規模を思うと 石棺であり(同上)
古墳群 海岸台地に 立地して 眼下に砂利の 浜辺を望む(同上)
被葬者は 県直 想定も いずれにしても 対馬の首領(同上)
様々な 副葬品も 出土して 写真に写し 掲示すればと(同上)
厳原は 対馬府中藩 城下町 藩主は宗家 十万石で(同上・厳原)
藩校の 日新館の 表門 平成前期 移築復元(同上・日新館門)
重厚な 入母屋造り 大門で 脇に中間 部屋を設けて(同上)
対馬藩 朝鮮国と 交易し 低き石高 補うほどに(同上・厳原)
氏江家の 家老屋敷の 長屋門 九百石の 面影残し(同上・家老屋敷跡)
国史跡 金石城は 江戸前期 宗義真が 新たに築く(同上・金石城跡)
入母屋の 二重櫓門 石垣に 平成二年 復原されて(同上)
李王家と 宗伯爵家 婚礼の 記念碑見ると 良き時代かと(同上)
城の庭 池泉築山 回遊で 千五百坪 国の名勝(同上)
心字池 海と見立てて 石組は 対馬沿岸 景観模して(同上)
石垣に 板を渡した 長イスが 武家屋敷跡 奇妙に眺む(同上・厳原)
対馬にも 奈良期創建 国分寺 室町期から 曹洞宗に(同上・対馬国分寺)
山門は 切妻造り 四脚門 江戸後期築 市の文化財(同上)
本堂は 入母屋造り すがる破風 近年築で 本尊は釈迦(同上)
美津島に 上見坂公園 展望所 堡塁跡に 展望台が(同上・上見坂公園)
浅茅湾 リアス海岸 一望に 今里よりも 眺め壮大(同上)
矢立山 古墳群あり 小茂田地区 三基の古墳 国の史跡に(同上・矢立山古墳群)
佐須川の 下流段丘 上にある 積石塚の 方形墳で(同上)
石室の 天井石は 金網に 置き換えられて 奇妙に見える(同上)
墳丘は 一号墳が 良好で 美意識感ず 石の積み方(同上)
石室で 木棺の釘 太刀片が 発見されて 往時を偲ぶ(同上)
元寇の 古戦場跡 佐須浦に 宗助国の 討ち死に哀し(同上・小茂田浜神社)
小茂田浜 神社創建 鎌倉期 宗助国ら 殉死者祀り(同上)
蒙古軍 九百隻が 佐須浦に 小茂田浜には 八十騎のみ(同上・小茂田浜/島めぐり31)
椎根には 石屋根倉庫 点在す 独自の技法 県文化財(同上・椎根)
農家には 瓦の屋根は 禁止され 平たい石で 屋根を葺いたと(同上)
石屋根は 四面の軒に 柱立て 床は高くし 薪を積んだり(同上)
対馬では 一般的な 石屋根も 数を減らして 椎根地区だけ(同上)
対馬には 砲台十ヶ所 築かれて 今も豆酘崎 砲座が残る(同上)
西岸の 最南端の 豆酘崎は 対馬・朝鮮 海峡分かち(同上・豆酘崎)
白色の 豆酘埼灯台 塔形で 出窓設けた 洒落た外観(同上)
対馬島 ナイフの如き 形して 朝鮮半島 向かい対峙し(同上)
切妻の 主藤家住宅 平屋建て 江戸末期築 国の重文(同上・豆酘)
住宅は 上層農家 好例で 屋根本瓦 配置三間取り(同上)
山門は 両脇赤い 仁王門 万松院で 最古の堂宇(同上・万松院)
江戸前期 万松院は 創建で 天台宗の 宗家菩提寺(同上)
本堂に 恭順示す 歴代の 徳川将軍 位牌を安置(同上)
国史跡 対馬藩主の 宗家墓所 石灯籠と 石段続く(同上)
大スギは 千二百年 樹齢とか 寺創建の 遥かな昔(同上)
宗家墓所 初代藩主の 義智と 十五代まで 一族の墓(同上)
守護代の 宗助国を 家祖として 明治初期まで 対馬を統治(同上)
石高は 二万石でも 格式は 十万石で 墓所それ以上(同上)
厳原に 歴史民俗 資料館 対馬の学び 本より勝る(同上・対馬歴史民俗資料館)
固有種の ツシマヤマネコ 剥製が 最近ニュースの 話題にされず(同上)
展示品 万松院の 宝物が 有ればと思う 館内めぐり(同上)
国史跡 清水山城 桃山期 朝鮮侵攻 基地とし築く(同上・清水山城跡)
厳原に 八幡宮の 神社建つ 白鳳時代 創建されて(同上・八幡宮神社)
清水山 三韓征伐 帰路の折 神功皇后 天神祭祀(同上)
本殿は 神明造り 大規模で 妻入り側に 入口備え(同上)
せわしない 対馬の名所 訪ね終え 厳原港を 壱岐へと向う(同上・厳原港)
壱岐島 優先順位 第一位 特別史跡 原ノ辻から(壱岐島・原ノ辻遺跡)
交易を 司る者 建物は 方形壁立 茅逆葺きで(同上)
原ノ辻 七万三千 坪の中 十八棟の 建屋復元(同上)
一支国の 王都とされし 原ノ辻 弥生時代の 環濠集落(同上/島めぐり32) 61歳
交易の 倉は切妻 高床で 一間半の 奥行き二間(同上)
大型の 竪穴住居 迎賓の 建物とあり 使節の宿で(同上)
竪穴の 住居の隅は 床高く 莚を敷いた 座席はベット(同上)
集会所 部落の長の 会議の場 一支国内の 平和を求め(同上)
原ノ辻 三重環濠 村内は 三十万坪 三千人が(同上)
原ノ辻 ガイダンス館 遺跡内 最初にここを 訪ねるべきと(同上)
一支国の 博物館が 遺跡側 展望台の 円塔聳え(同上・一支国博物館)
ジオラマで 弥生集落 再現し 当時の舟も 復元されて(同上)
収蔵は 国の重文 二十点 人面石は ムンクの叫び似(同上)
内海湾 大橋架かる 青島に 昭和後期築 島最長と(同上)
海印寺 安国寺へと 改める 足利尊氏 壱岐国にも(同上・安国寺)
安国寺 県の史跡で 現宗派 臨済宗の 大徳寺派で(同上)
仏殿は 切妻造り 裳階付き 江戸後期築 本尊地蔵(同上)
校倉の 宝物館は 平成の ふるさと創生 事業で建てる(同上)
古墳期の 住吉神社 創建と 神功皇后 三神祀り(同上・住吉神社)
拝殿は 入母屋造り 妻入りで 向拝切妻 コンクリートで(同上)
クスノキは 二つに幹が 分かれてか 通称名は 夫婦クスノキ(同上)
壱岐国 一宮を 調べると 天手長男 神社が自称(同上・天手長男神社)
創建は 平安初期で 主祭神 アメノオシホミミ アメノタナガオ(同上)
一宮 天手長比売 神社跡 男神は残り 女神は消えて(同上・天手長比売神社跡)
猿岩は 黒崎半島 突端に 横向く猿の 顔にそっくり(同上・猿岩)
黒崎の 先に三島 岩礁と 連なる眺め 猿より勝り(同上)
黒崎に 砲台跡が 保存され 模擬弾頭を 入口に見る(同上・黒崎砲台跡)
カノン砲 三十五キロ 射程距離 発射はされず 終戦迎え(同上)
今日の宿 湯ノ本温泉 予約とる 国民宿舎 壱岐島荘に(同上・湯ノ本温泉/島めぐり33)
島々の 温泉めぐる 壱岐の宿 高温泉が 壱岐にあるとは(同上)
客室は ベランダ付きの 六畳間 窓の外には 湯本湾が(同上)
国史跡 双六古墳 勝本に 前方後円 墳は大規模(同上・双六古墳)
石室は 江戸時代から 開口し 松浦静山 著書に記述す(同上)
円墳の 笹塚古墳 木々覆う 古墳末期の 築造とされ(同上・笹塚古墳)
壱岐国 風土記の丘も 古墳群 百合畑古墳 その中心に(同上・百合畑古墳)
壱岐島 勝本地区の 古墳群 長崎県の 六割を占め(同上)
蛤の 殻を思わす 大石が 玄門上に 奇妙に置かれ(同上)
端正な 掛木古墳は 円墳で 築造時より 縮小せしと(同上・掛木古墳)
木々茂る 鬼の窟は 円墳で 石室のみが 姿現し(同上・鬼の窟古墳)
芦辺では壱岐国分寺 跡を見る 伽藍配置は 他と異なり(同上・壱岐国分寺跡)
国分寺 平安後期 衰退し 江戸期再興 臨済宗に(同上)
城山は 勝本城の 城跡で 朝鮮出兵 基地とし築く(同上・城山公園)
方位盤 沖の島々 表示して 展望台の 景色深まる(同上)
芭蕉死後 消息不明の 河合曽良 巡見使となり 諸国をめぐる(同上)
能満寺 明治初年の 再興で 真言宗の 智山派末寺(同上・能満寺)
新城に 文永の役 古戦場 平景隆 奮戦偲ぶ(同上・文永の役古戦場)
谷江にも 千本供養の 塚があり 虐殺された 島民多く(同上・千本供養塚)
壱岐神社 昭和中期の 創建で 蒙古退散 天皇祀る(同上・壱岐神社)
拝殿は 入母屋屋根に 千鳥破風 軒を伸ばした 向拝設け(同上)
瀬戸浦の 弘安の役 古戦場 少弐資時 主従玉砕(同上・弘安の役古戦場)
元寇で 海に沈んだ 碇石 調査の結果 和船とされて(同上)
海辺には はらぼげ地蔵 六体が 満潮時には 海に沈むと(同上・はらぼげ地蔵)
故松永 安左ェ門の 記念館 壱岐出身の 電力王で(同上・松永記念館/島めぐり34)
松永氏 関わりのある 福岡市 路面電車が 壱岐に贈られ(同上)
館内は 九十五年 生涯の 貴重な遺品 保存展示し(同上)
壱岐島 最高峰の 岳ノ辻 最後の火山 砕屑丘で(同上・岳ノ辻)
石組みの 円形状の 烽火台 岳ノ辻にも 古代に設置(同上)
眼下には 渡良三島 郷ノ浦 展望台の 眺め素晴らし(同上)
憧れの 九州郵船 カーフェリー 郷ノ浦港 入港を見る(同上)
郷ノ浦 大橋アーチ シンボルで 港の入江 白く浮き立つ(同上)
壱岐からは 高速船で 福岡へ 春の海原 約一時間(同上・郷ノ浦港)
髭達磨 海鮮丼が 千円で 破格の値段 目が白黒に(同上)
壱岐国の 弥生遺跡の 原の辻 曽良終焉地 温泉もあり(同上)
青海島 国の名勝 記念物 日本百景 憧れの島(青海島・仙崎港)
念願の 遊覧船の 島めぐり 海上アルプス 青海島へと(同上)
島周囲 四十キロの 青海島 八十分の 洋上の旅(同上・大泊)
白亜紀の 凝灰岩は 火砕流 芸術的な 島を形成(同上・花津浦)
洞門は 数千年の 海蝕で 三メートルの 髙さに達す(同上)
赤瀬だけ 鉄分含む 岩層で 奇妙と思う 景観続く(同上・赤瀬)
コウモリが 両翼広げた 形に似て 洞窟内に コウモリ棲むと(同上・コウモリ洞)
夫婦洞 二つの洞門 横並ぶ 黄金洞の 別名もあり(同上・夫婦洞)
黄金の 輝きを増す 夕暮れ時 眺められない 未練が胸に(同上)
平らなる 平家台では 落武者が 集結しては 刺し違えたと(同上・平家台)
陸地には 散策歩道 無いために 遊覧船に 乗るざる得ず(同上)
駒つなぎ 洞門重なる 景観で 灯籠のあし 名の由来とも(同上・駒つなぎ)
断崖の 一部が白く 横たわる 白旗岩は その名の如く(同上・白旗岩)
海蝕の 観音洞は 最大で 遊覧船が 出入りしたり(同上・観音洞)
東西に 紫津浦湾で 島くびれ 遊覧船は 東に進む(同上・寺山/島めぐり35) 61歳
究極の 海上アルプス 二キロほど 島中央の 北海岸に(同上・海上アルプス)
剣の先 連なる景観 格別で 東尋坊と 比較にならず(同上)
海鳥の 営巣もなく 岩肌は 美しきまま 景観保つ(同上)
青海島 日本の渚 百選で 特異な浜辺 所々に(同上・長浜群洞)
中の浦 NHKの 朝ドラの ロケ地となりて 和っこの浦に(同上・中の浦)
静ヶ浦 自然研究路 整備され 東地区では 陸からも見え(同上・静ヶ浦)
静ヶ浦 十六羅漢に カモメ岩 絶景望む 海岸であり(同上)
島見門 光り射すまで 気が付かず 大岩下の 縦長の洞(同上・島見門)
洞門の 下がり天井 アクセント 海蝕作用 手心加え(同上)
様々な 形呈する 岩礁も 隆起以外は いずれは海に(同上・高崖)
青海島 日本の奇岩 百景に 島丸ごとは 如何なものか(同上・潮鼻)
岩壁の 上は緩やか 丘続く 深い緑が 途切れもせずに(同上)
青海島 海上アルプス パノラマの 写真撮影 プロに期待する(同上)
青海島 奇勝奇岩の 宝庫でも 知名度低く 長門の海に(同上・仏岩)
屏風岩 部屋に飾れる 大きさに 写真に撮りて 持ち帰るかな(同上・屏風岩)
松島に 男鹿半島の 鹿落とし 船の上から 眺め見るとは(同上・松島)
通には 鯨位牌の 向岸寺 船の上から 伽藍を拝す(同上・通)
大島は 遊覧コース 最終の 青海島側 寄り添う島で(同上・大島)
鋭角の 岩壁の下 三角に 岩は削られ 海蝕進む(同上)
集落は 仙崎湾に 集中し 島の人口 千九百人(同上・紫津浦湾)
船上に 青海大橋 見えて来て 遊覧船は 仙崎港に(同上)
大橋を 隔てた先に 平戸島 細長くとも 四十五キロ(平戸島・平戸大橋)
平戸城 江戸享保期の 面影が 狸櫓と 北虎口門(同上・平戸城)
模擬天守 三層五階 資料館 昭和中期の コンクリ造り(同上/島めぐり36) 61歳
小富士山 ザビエル教会 尖塔が 重なる景色 城から望む(同上)
天守ほか 櫓四棟 再建し 六万石の 城らしくなり(同上)
最教寺 三重塔 赤い色 白い天守と シンボル競う(同上)
山鹿流 平山城で 唯一と 五万四千 坪の城郭(同上)
城内の 亀岡神社 江戸前期 松浦氏祖霊 祀り創建(同上・亀岡神社)
明治期に 明神・八幡 合祀して 現存五棟 社殿新築(同上)
最教寺 真言宗の 智山派で 松浦鎮信 江戸初期開基(同上・最教寺)
大規模な 三重塔 拝観可 最上階の 展望が良く(同上)
どこからも 平山城の 天守閣 平戸の街で 眺められたり(同上・平戸城)
国史跡 平戸オランダ 商館は 長崎出島 以前の施設(同上・オランダ商館)
二万個の 砂岩の外壁 二階建て 数年前に 復元されて(同上)
町家でも 喫茶御家紋 洒落た店 教会風の 小窓を設け(同上・町並み)
石造の 幸橋が 城門に 江戸中期築 国の重文(同上・幸橋)
高欄の 単アーチ橋 美しく オランダ橋の 別名もあり(同上)
温泉を 知らずに帰る 平戸島 日本は広し 歴史は深く(同上)
福江島 長﨑港を カーフェリー 三時間弱 五島灘行く(カーフェリー椿)
往来の 長﨑港の 旅客船 九州商船 独壇場で(同上)
県道の 女神大橋 有料で 料金安く 黒字路線に(同上)
神ノ島 修道院の 建物が 青い海原 白亜を浮かべ(同上)
堤防が 四郎ヶ島に 架けられて 鍋島藩の 台場の跡が(同上)
伊王島 大橋架かり 陸地化し リゾート開発 島を急変(同上)
椛島が 船の上から 見えて来て 五島列島 島々浮かぶ(同上)
屋根尾島 海中公園 指定され 海の散歩は シュノーケルかな(同上)
長﨑を 出港しての 島めぐり 竹ノ子島が 最期の島に(同上)
カーフェリー 入港先は 福江港 翁頭山が 入江に聳え(福江島/島めぐり37) 61歳
福江島 五島列島 最大で 三万人が 島に暮らすと(同上)
珍しき 消波ブロック 防波堤 中空タイプ 三角形で(同上)
二の丸に 天守閣風 建物が 五島観光 歴史資料館(同上・歴史資料館)
石田城 江戸文久期 築城で 五島盛徳 福江藩主が(同上)
五島家は 平家末裔 祖としたり 桃山期から 五島を名乗り(同上)
キリシタン 信仰守る 気高さを 資料眺め 改めて知る(同上)
天守風 旧翠仙閣 建物を 図書館として 市がリニューアル(同上・図書館)
本丸の 跡に高校 建てられて 成章館の 藩校思う(同上・石田城跡)
室町期 城山神社 創建と 宇久家盛の 家祖を祀りし(同上)
福江藩 一万二千 石高で 過酷な課税 明治に及ぶ(同上)
石田城 五島氏庭園 名勝で 江戸末期築 隠殿屋敷(同上・五島氏庭園)
金閣寺 鏡湖地模した 池とされ 葦原島も 池中央に(同上)
クスノキは 八百年の 樹齢とか 作庭前の 面影残し(同上)
蓮の葉が 心字ヶ池の 一面に 花咲く頃の 景色が浮かぶ(同上)
隠殿の 建屋復原 工事中 数寄屋造りは 足場に隠れ(同上)
濠の橋 歴代当主 名を記す 三十四代 盛輝までを(同上・石田城跡)
樫の浦 アコウの巨木 県天記 推定樹齢 百五十年(同上・樫の浦)
根回りは 十五メートル 木の高さ 十メートルで 枝葉は倍も(同上)
懐かしき デリック船を 二隻見る 船の暮らしが 奥浦港に(同上・奥浦)
巨大なる 玉石二つ 引き潮に 逢瀬重ねる 男女の如く(同上)
奥浦の 堂崎教会 レンガ造 明治後期の 県文化財(同上・堂崎教会)
美しき シンメトリーの 天主堂 ペレー神父の 設計による(同上)
マルマンと ペレー神父と 殉教の 慈愛と悲劇 像立ち並ぶ(同上)
堂崎の 神学校の 教室を 資料館へと 変更保存(同上・堂崎民俗資料館)
教室は 平屋の民家 利用して 畳の上に 洋物ズラリ(同上)
島北部 城岳に建つ 展望所 鉄骨造り 五層の塔で(同上・城岳展望所)
福江島 最高峰の 父ヶ岳 展望所より 先ずご挨拶(同上)
小規模な 風力発電 岐宿地区 八朔鼻の 北端に見る(同上/島めぐり38) 61歳
柏崎 遣唐使船 寄港地で 近世捕鯨 主要な基地に(同上・柏崎)
三井楽の 風光明媚な 海岸は 昨年の秋 国の名勝に(同上・三井楽)
渕ノ元 カトリック墓碑 群立す 東シナ海 見晴らす丘に(同上)
嵯峨ノ島 長﨑鼻の 沖に見る ひょうたん形の 有人島で(同上)
海岸の 草地淋しく 思うかな 牛の放牧 何処にも見えず(同上)
高浜は 日本の渚 百選で オーシャンブルー 白い砂浜(同上・高浜)
嵯峨ノ島 一日四便 旅客船 一般的な 離島の便で(同上・貝津)
京ノ岳 自衛隊基地 レーダーが 楯状火山 山頂に見え(同上)
鯛を手に 魚籃観音 像が立つ 見晴らしの良い 貝津の丘に(同上)
国道は 日本の道 百選で 遣唐使から 伊能忠敬も(同上)
褐色の 砂岩に黒の 泥岩が 重なる地層 大瀬崎かな(同上・大瀬崎)
大瀬崎 最西端の 断崖で 島山島と 橋で結ばれ(同上)
灯台は 明治前期の 開設で 昭和後期に 再建されて(同上)
広場には 祷りの女神 像が立つ 北村西望 晩期の作で(同上)
シンプルな ラジオ放送 アンテナを 大瀬崎にて 懐かしく見る(同上)
高野山 真言宗の 大宝寺 奈良期に唐僧 道融開基(同上・大宝寺)
帰朝した 大師が先ずは 大宝寺 真言教義 初講釈を(同上)
玉之浦 地域福祉 センターの 荒川温泉 高温泉で(同上・荒川温泉)
大正期 荒川温泉 開湯で 旅館の権利 市が継承し(同上)
切石の 富江陣屋の 石蔵が 一万坪の 跡地に残る(同上・富江陣屋跡)
石積みの 倉庫の屋根は 崩れ落ち カンコロ棚も 時代遅れに(同上)
今日の宿 さんさん富江 キャンプ村 久々ぶりに 自前のテント(同上・富江キャンプ村)
暮れて行く 沖の島々 眺めつつ 飲む酒旨し キャンプの空気(同上)
鬼岳は スコリア丘の 活火山 島のシンボル 全山芝生(同上・鬼岳)
山頂に 構築物は 何もなく 看板一つ 立つシンプルさ(同上)
福江港 北に島々 従えた 久賀島だけ 海を遮る(同上)
武家屋敷 石垣通り ヤシの木が 途中に聳え ふと立ち止まる(同上・厳原/島めぐり39)
奈良尾港 中通島 寄港地で 五島列島 福江島に次ぐ(中通島・奈良尾港)
島内に 二十九ヶ所 教会が フェリーの上で 思い巡らす(同上)
温泉が 中通島 二ヶ所あり 未練は残る 島山もまた(同上)
大島は しまなみ海道 南端に 亀老山へと 初め下車す(大島・亀老山)
亀老山 展望台が 山頂に 眺める景色 来島海峡(同上)
島の名に 疑問を抱く 島もあり 周囲一キロ 大突間島(同上)
全国に 一万八千 山の名が 大島八座 見渡す中に(同上)
日本には 一万四千 島々が 名のある島は 七百島と(しまなみ自転車道・津島)
小島には 村上水軍 末裔が 住むともされる 要塞の島(同上・小島)
橋にある エレベーターで 馬島へ 島民以外 車は不可で(同上・馬島)
来島の 波止浜港に クレーン群 日本屈指の 造船所あり(同上・来島)
糸山の 展望館の ミドリ屋根 春の景色に 融け込む如く(同上・来島海峡大橋)
潮流を 橋の上から 眺められ 車に勝る 自転車の旅(同上)
道の駅 いきいき館を 出港す 来島海峡 観潮船は(来島海峡急流観潮船)
自転車で 走りし橋を 海上の 観潮船で 仰ぎ見るとは(同上)
来島は 鳴門と関門 海峡の 日本三大 急潮流で(同上)
潮流の 速さ最大 十ノット 自転車ほどの 流れに見える(同上)
潮流に 合わせて船は 停船し ダイナミックな 現象写す(同上)
急潮の 日本最大 比べれば 鳴門渦潮 趣異にし(同上)
来島の 中磯灯標 緑色 小島を背にし 瀬戸に建つなり(同上)
糸山に 大潮荘の 宿が建つ 絶景と酒 酔うことは夢(同上)
五十分 観潮船は 好評で 四十四人 空席は無し(同上)
過疎の波 小島人口 十人に 周囲三キロ 今も昔も(同上/島めぐり40) 61歳
造船の シェアは他国に 奪われて 海国日本 漂流続く(同上)
来島は 今治造船 牙城なり 期待膨らむ 日の丸の旗(同上)
岸壁に 灯明台の 石造が 波止浜港に 江戸後期築(同上)
来島の 洲ノ埼灯台 四年前 新設されて 景色移ろう(同上)
寄棟の 松井真珠店 二階建て 昭和初期築 なまこ腰壁(賢島・松井真珠店)
英虞湾に 観光拠点 賢島 昭和初期から 電車乗り入れ(同上・桟橋)
来年の 伊勢志摩サミット 会場に 宝生苑も 選ばれたとか(同上・宝生苑)
スペインの 帆船模した 豪華船 エスペランサで 湾を遊覧(同上・クルーズ)
騒音と 白波を立て 疾走す 水上バイク 好きにはなれず(同上)
英虞湾の 小島は黄金 咲く如く 光りを放ち 人引き寄せる(同上)
クルーズは 養殖場に 寄港して 見学がてら 金落させる(同上)
空港を 除くと電車 入る島 弁天島と 賢島なり(同上)
千五百 メートル鹿島 周囲とか 太古の歴史 伝える島で(北条鹿島)
山頂に 展望台が 建てられて 恋人の聖地 鐘も設置し(同上・展望台)
島に建つ 鹿島神社の 創建は 神功皇后 征韓の折(同上・鹿島神社)
鹿島にも 秋は来にけり 桜の葉 高縄山に かかる夕月(同上・桟橋)
かしまーる 鹿島博物 展示館 島の歴史や 自然をガイド(同上・かしまーる)
句碑や歌碑 島全周に 十六基 渥美清は 風天の名で(同上)
遍路旅 太田屋旅館 お奨めと 五十四番 向う途中に(同上)
遊歩道 地震で壊れ 放置され 通行止めは 苦肉の策で(同上)
興居島の 最高峰の 伊予小富士 フェリーの前に 聳え立つなり(興居島・伊予小富士)
由良湾で 漁船ひしめき 漁をする 何が獲れるか 気にかかる秋(同上/島めぐり41)
島周囲 二十四キロ 人口は 千百人で 地形は歪(同上・黒崎)
コンビニの スターバックス エスプレッソ 飲まない日あり 島の船旅(同上・御手洗)
ボックスに 石の本尊 安置した 八十八ヶ所 ミニ霊場が(同上)
名を知りて 恋人峠で 相棒の 自転車共に 記念撮影(同上・恋人峠)
瀬戸挟み 有人島の 釣島が ミカン栽培 島に恵みを(同上・釣島)
鷲ヶ巣の 海岸沖に カモセ島 前に怪石 カサネ石あり(同上・鷲ヶ巣海岸)
鷲ヶ巣に 昭和天皇 採集地 戦後間もない 巡幸の折(同上)
高台に 稲荷神社の 赤鳥居 予期せぬ眺め また参拝に(同上・稲荷神社)
拝殿は 入母屋造り すがる破風 欄干だけを 赤い色塗り(同上)
伊予小富士 脳裏に過る 安芸小富士 共に島山 標高類似(同上・伊予小富士)
クレーン付き 貨物船見る 中島に 好きな船には 手を振り送る(同上・中島)
あいらんど 約五百トン カーフェリー 平成元年 バブルの遺産(同上・由良港)
巨大なる 鉱石専用 貨物船 煙突マーク かのKライン(同上・由良)
観音寺 行基菩薩の 開基とか 真言宗の 豊山派の寺(同上・観音寺)
霊山寺 ミニ霊場の 一番も 観音寺から スタートとなる(同上)
山頂に 石鎚神社 社殿建つ 蔵王権現 復活させて(同上)
船越に 和気比売神社 社殿建つ 創建不詳 女神を祀り(同上・船越和気比売神社)
拝殿は 入母屋造り 妻入りで 八幡宮の 扁額もあり(同上)
伊予小富士 最高峰に 登山して 眺める景色 泉都松山(同上・伊予小富士)
島四国 霊場の寺 弘正寺 フェリーの上で 手を合わせ観る(ごごしまフェリー)
松山の 観光港を 眺めれば 広島行きの フェリー停泊(同上)
宇和島の 九島の山は 鳥屋ヶ森 大橋架かり 山近くなる(九島・九島大橋)
菱形の 九島は周囲 十二キロ 三つの地区に 九百人が(同上・百之浦)
対岸に 旧赤松 遊園地 廃墟の中に 鳥居が残る(同上・蛤)
願成寺 鯨大師 奥ノ院 第四十番 観自在寺の(同上・鯨大師)
本堂は 入母屋造り すがる破風 阿弥陀如来を 本尊として(同上/島めぐり42) 62歳
橋架かり その橋を見る 展望所 望橋園も 合わせ開設(同上・望橋園)
瀬戸内の しまなみ海道 十橋で 来島海峡 大橋が好き(大島・来島海峡大橋)
島四国 へんろみちあり 大島に 約五十キロ 自転車乗り(同上・椋名)
小型船 ロープ係留 安価でも 荷卸し不便 吉海港は(同上・吉海港)
愛媛側 しまなみ海道 各島は 造船業が 主力を占めて(同上)
島の沖 大型船は 見て飽きぬ 貨物船なら 興味は深く(同上)
善如庵 四十八番 西林寺 準ずる御堂 椋名に建ちて(同上・椋名)
長浜の 海岸沖を 行くフェリー 六つの航路 途切れもせずに(同上・長浜海岸)
橋脚に 一般用の 昇降機 高速道路 徒歩にて島へ(馬島・来島海峡大橋)
馬島は 周囲四キロ 人口は 十五・六人 西海岸に(同上)
今年こそ 今年こそはと 思っても 40年ぶりの 沖縄遠し(沖縄本島・那覇空港)
那覇に来て 国際通り 首里城は 必ず訪ね 入るはそば屋(同上・首里城)
園比屋武 御嶽石門 重文で 戦後間もなく 復原されて(同上)
石垣の 歓会門に 櫓建つ 日本の城の 大手門なり(同上)
夢なのか 現実なのか 分からない 四十年ぶり 沖縄の旅(同上)
正殿に 至る経路に 門五ヶ所 奉神門が 最期の門で(同上)
正殿は 入母屋造り 三階で 弁柄色の 屋根と外壁(同上)
正殿の 王と謁見 大広場 日本の国は 大広間なり(同上)
仰ぎ見る 淑順門は 櫓門 近年復元 不開門で(同上)
国史跡 円覚寺跡 懐かしき 昔のままの 総門今に(同上・円覚寺跡)
円鑑池 カモ科バリケン 放し飼 見慣れぬ鳥は 沖縄らしく(同上/島めぐり43) 63歳
首里城は 平山城に 類似する 麓の境 一部水濠(同上・首里城)
白旗を 軍司令部が 掲げれば 悲惨な地獄 見ることはなく(同上)
歴代の 王の骨壺 写真展 首里杜館の ビジダーロビーに(同上)
玉陵 第二尚氏の 歴代墓 室町後期 築造されて(同上・玉陵)
玉陵 沖縄戦で 破壊され 復原しては 国の史跡に(同上)
陵域は 七百余坪 重文の 墓室三棟 石牆二棟(同上)
中室で 骨となるまで 放置され 洗い清めて 優美な壺に(同上)
平成期 尚氏が那覇市へ 寄贈して 世界遺産に 登録される(同上)
首里城の 金城町の 真球道 一部を保存 石畳道(同上・金城町)
その昔 知名度低く 口にせず 沖縄そばは 今やブランド(同上・国際通り)
公園に 大綱挽の 綱展示 最古最大 ギネス認定(同上)
閑散期 大衆食堂 繁昌す 国際通り 道頓堀は(同上)
モノレール ビジネスホテル 前走る 六十年経て 鉄道復帰(同上・ビジネスホテル)
総鎮守 波上宮 那覇港に 琉球国 新一宮(同上・波上宮)
拝殿は 入母屋造り 千鳥破風 本殿共に 平成初期築(同上)
本殿 神明造り 三間社 イザナミの神 主祭神とし(同上)
創建は 察度王の 南北期 真言宗と 合わせ伝来(同上)
沖縄は 日支両属 経た後の 明治前期に 沖縄県に(同上)
那覇市営 識名霊園 破風墓が 道路の側に 軒並みに建つ(同上・識名霊園)
屋形墓 亀甲墓に 破風墓は いずれも沖縄 独自の墓で(同上)
識名園 尚温王が 江戸後期 作庭をした 琉球庭園(同上・識名園)
庭園は 一万二千 坪もあり 特別名勝 世界遺産で(同上)
心字池 石橋優美 築山も 十二万石 王朝の庭(同上)
池の水 育徳泉の 湧水で 珍しき藻は 国記念物(同上)
御殿は 寄棟造り 平屋建て 百六十坪 戦後復元(同上)
別邸は 明治末期に 改築し 日本様式 混在させる(同上)
密林を ガラサームイと 称すなり その景観を 庭に再現(同上)
東屋は 勧耕台の 展望所 冊封使など 招き入れたと(同上/島めぐり44) 63歳
バナナ園 水田なども 庭にあり 沖縄風の 庭の特色(同上)
日本の 百名園を 選ぶなら 外せないのが 識名園かな(同上)
国史跡 斎場御嶽 南城に 尚真王の 室町期築(同上・斎場御嶽)
御門口 香炉六個に 石畳 かつてはここで 遥拝をして(同上)
大庫裡 香炉並べた 祭壇で 正殿二階 部屋に由来し(同上)
寄満は 首里城内の 台所 ここも祭壇 食への感謝(同上)
御嶽には 二百五十種 植物が 自然崇拝 最適地なり(同上)
王族の 聞得大君 お新下り 女神就任 祭事御嶽で(同上)
拍手を 打つのも可笑し アニミズム 触らぬ神に 祟りなしとも(同上)
六ヶ所の 拝所をめぐり 御嶽の 海にも礼し 平和を祈る(同上)
三庫裡 斎場御嶽 シンボルで 三角洞門 パワーが宿る(同上)
国史跡 中城城 築城は 室町後期 護佐丸による(同上・中城城)
城郭は 三万三千 坪もあり 中城湾 見晴らす丘に(同上)
首里城と 中城城と 今帰仁城 沖縄県の 百名城で(同上)
最高部 一ノ郭は 広大で 正殿が建ち 観月台も(同上)
沖遠く 火力発電 給油口 城の眺めも 様変わりして(同上)
日本軍 陣地構築 試みて 断念された 城壁の穴(同上)
中城 高原ホテル 廃墟見る 四十七年 放置が続く(同上)
天空の 城壁歩き 二ノ郭 眺望優れ 曲線優美(同上)
幕末期 ペリー提督 驚愕す 中城城 城壁アーチ(同上)
城の井戸 北ノ郭に 大井戸と 西ノ郭に 夫婦井戸あり(同上)
中村家 住宅国の 重文で 豪農家屋 五棟が残る(同上・中村家住宅)
寄棟の 母屋は平屋 瓦葺き 江戸後期築 屋根にはシーサー(同上)
台所も 寄棟瓦 平屋建て 明治期築で 火の神祀り(同上)
石造の フールが三基 横並ぶ 排泄物を 豚に食べさせ(同上)
前の屋は 寄棟瓦 二階建て 牛馬飼育し 黒糖作り(同上)
国史跡 勝連城は うるま市に 勝連按司 中世築造(同上・勝連城)
城域は 四万坪の 広大さ 七千坪が 公開される(同上)
平成の 地震で崩れた 城壁は 一ノ曲輪で 修復今も(同上)
ウミチムン 石垣積みの 祭壇で 城の中にも 火の神祀る(同上/島めぐり45) 63歳
洞窟の ウシヌジガマは 抜け穴で 一ノ曲輪と 下とを結ぶ(同上)
沖縄の 最古の城は 山城で 三つの曲輪 階段状に(同上)
曲輪には 玉ノミウヂの 御嶽あり 日本と同じ 磐座拝所(同上)
パノラマの 一ノ曲輪は 展望所 櫓が有れば 現実的で(同上)
首里城の 琉球王と 交戦し 十六世紀 按司は滅ぶ(同上)
沖縄の 世界遺産の 城五つ 残り二ヶ所と 更なる北へ(同上)
国史跡 読谷村の 座喜味城 十六世紀 護佐丸築く(同上・座喜味城)
城域は 二千二百坪 郭二ヶ所 優雅曲線 城壁は稀有(同上)
戦後から 米軍基地に 使用され 返還後から 史跡修復(同上)
恩納村 琉球村の 施設あり 昭和後期の テーマバークで(同上・琉球村)
琉球の 原風景の 古民家を 十棟移築 三万坪に(同上)
前の家は 寄棟造り 茅葺きで 来客泊める 離れとされる(同上)
寄棟の 旧仲宗根家 住宅は 明治期築の 豪農の家(同上)
蝶々園 鳥居や祠 意味不明 ドームの中に 花は咲きしも(同上)
数寄屋風 旧國場家の 住宅は 昭和初期築 四面ガラス戸(同上)
寄棟の 旧玉那覇家 シンプルな 明治期築の 直屋の平屋(同上)
久米島の 旧花城家 移築とか 母屋とアサギ 二棟Lの字(同上)
神職の 西石垣家 旧宅を 石垣島から 遥々移築(同上)
豪農の 旧島袋家 住宅は 明治期築の 寄棟造り(同上)
共食いや 猫を飲み込む ハブを見る ホルマリン漬け なのに恐ろし(同上)
最大の ハブは体長 二メートル 体重二キロ 想像絶す(同上)
旧比嘉家 主屋寄棟 平屋建て 明治初期築 名主の家で(同上)
玉城は 稲作発祥 聖地とか 受水走水 比嘉家が所有(同上)
寄棟の 旧大城家 住宅は 江戸末期築 役人の家(同上)
一対の シーサー見ると 狛犬で 家と神社の 置き場の違い(同上)
サトウキビ 牛馬に引かせ 搾り取る サーターヤーは 製糖遺構(同上)
国史跡 今帰仁城の 築城は 十三世紀 湧川王子(同上・今帰仁城/島めぐり46) 63歳
七五三 石段先に 大隅が 今は庭園 昔は広場(同上)
城域は 一万二千 坪もあり 郭十ヶ所 山城の中(同上)
雄大な 大庭城壁 屏風型 曲線描き 頭上に聳ゆ(同上)
予期もせぬ 今帰仁城の 花見かな カンヒザクラが 六百余本(同上)
ソイツギは 北殿跡の 御嶽なり 男子禁制 女官の部屋も(同上)
主郭には 礎石が数多 点在し 健気に生える 灌木を見る(同上)
寄棟の 火神の祠 灯籠が 主郭に残る 建造物で(同上)
長城の ミニ風景を 見る如し 今帰仁城の 主郭城壁(同上)
一時的 北山監守 設置され 江戸前期頃 廃城となる(同上)
今帰仁村 歴史文化 センターが 開設されて 学び直しを(同上・歴史文化センター)
主郭から 監守来歴 碑記写し 拓本にして 堂々展示(同上)
瀬底島 瀬底大橋 架けられて 本部半島 西の一部に(瀬底島・瀬底大橋)
瀬底島 周囲七キロ 人口は 八百人の サンゴ礁島(同上・民宿)
高野山 真言宗の 観音寺 室町時代 日秀開基(沖縄本島・金武観音寺)
参道に 常緑高木 フクギ見る 推定樹齢 三百余年(同上)
本堂は 入母屋造り すがる破風 沖縄戦で 焼失もせず(同上)
本尊は 聖観音で 脇侍には 阿弥陀と薬師 逆転させて(同上)
日秀は 西方浄土 目指すとも 金武に漂着 寺を開山(同上)
観音寺 鍾乳洞が 地下にあり 開基に因み 日秀洞と(同上・日秀洞)
全長は 二百七十 メートルで 地下の深度は 三十メートル(同上)
洞内の 大仏天蓋 眺めると 剣先下げた 天井に見え(同上)
戦時中 防空壕に 利用され 大蛇の兵士 探し出せずに(同上)
上ヌ毛 公園のある 高台に 六角屋根の 展望塔が(同上・上ヌ毛公園)
名ばかりの 金武城跡に 来て見れば 展望塔に 海の眺めが(同上)
唯一の 伊芸サービス エリア見る 金武インターを 入った先で(同上・伊芸SA)
金武湾を 物見台から 眺めると 海中道路 平安座島へと(同上/島めぐり47) 63歳
石川に 新旧二基の 煙突が 重油・石炭 火力発電所(同上)
戦争で 破壊されても 真玉橋 アーチ一連 復元展示(同上・真玉橋)
沖縄の 戦争被害 比類無き 橋の眺めに 涙が霞む(同上)
国場川 新真玉橋 架けられて 五連のアーチ 再び那覇に(同上・国場川)
漫湖には とよみ大橋 斜張橋 沖縄初で 街のシンボル(同上)
国場川 一部は漫湖 公園で 干潟の景色 野鳥の宝庫(同上・漫湖公園)
慌ただし さくら祭りの 準備見る 屋台や舞台 狭い敷地に(同上)
那覇港に 琉球海運 貨物船 四隻あまり 眼下に見えて(同上・那覇上空)
晴海から 二泊三日の 沖縄も 飛行機ならば 二時間半で(同上)
梅津寺 公園海で 眺め行く 中島汽船 船は忽那へ(中島汽船旅客フェリー・展望)
四十島 ターナー島の 別称も 岩礁ながら 景観優れ(同上・四十島)
三津浜の 沖は様々 船が行く 小型漁船や 大型貨物(同上・展望)
眺め見る 観光港の 埠頭には 小倉・松山 結ぶフェリーが(同上)
斎灘 遊覧兼ねた 定期船 九十九島と 白石ノ鼻(同上)
無人島 九十九島の 名がありき 観光港の 沖に眺める(同上)
名石山 高縄山の 霊山が 堀江湾上 目に懐かしく(同上)
花崗岩 巨石が五個も 集積す 白石ノ鼻 磐座とされ(同上)
沖を行く 小舟一艘 風任せ トラブルあれば 下は地獄で(同上)
伊予小富士 登山の記憶 去来して 船の上から 権現拝す(同上・興居島)
最北の 頭崎には 家もなく 白い灯台 一基が丘に(同上)
松山を 陸を広島 行くよりも 距離と時間は 半分以下で(同上)
東端 野忽那島の 人口は 百人ほどが 五キロ周囲に(同上・野忽那島)
睦月島 十三キロの 周囲には 二百人ほど 暮らすとされて(同上・睦月島)
芋子島 睦月島寄り 無人島 存在感は 諸島屈指で(同上・芋子島)
最高地 高松山は 果樹園で 港で眺め 登山気分を(同上・睦月島/島めぐり48) 63歳
芋子島 送電線の 鉄塔が 赤白塗装 奇妙に浮かぶ(同上・芋子島)
島の奥 伊予北条の 山々が 一体となり 島には見えず(同上・野忽那島)
地の孤島 沖の孤島と 中島の 北の歌崎 添景を見る(中島・歌崎)
中島は 三十キロの 斧形で 人口激減 三千人に(同上・大浦港)
中島の 大浦港へ 入港す 八十分の 片道航路(同上)
中島へ 秋田ナンバー 下船する おそらく島で 初めてかなと(同上)
乗船の 旅客フェリー なかじまは 定員五百 六百余トン(同上)
真福寺 真言宗の 豊山派と 山門脇の 石碑に記す(同上・真福寺)
本堂は 入母屋造り 唐破風の 向拝付けた 銅板葺きで(同上)
境内に 八十八ヶ所 お砂踏み 修行大師と 共に参拝(同上)
姫ヶ浜 トライアスロン 大会の 会場として 知名度高く(同上・姫ヶ浜)
砂浜に テトラポットが 埋もれて 腰掛石と 見紛うばかり(同上・神浦)
澄んだ空 紺碧の海 白い浜 山に柑橘 緑加わる(同上・神浦港)
赤崎の 沖に小島が 五・六島 小舟一艘 島に同化し(同上・赤崎)
城の名の 大岩と小岩 並び立つ 帽子の如く 樹木が茂り(同上・城)
二子瀬戸 二神島が 横たわる 周囲十キロ 島民百人(同上・二神島)
無人島 退屈しない 暮らし向き 晴耕雨読 晴釣雨筆(同上・二子島)
西端に 風光明媚 城ノ鼻 部屋ノ鼻なる 灯台も建ち(同上・城ノ鼻)
部屋ノ瀬戸 隔て先に 怒和島が 三百人の 有人島で(同上・怒和島)
正賢寺 創建不詳 中島に 浄土真宗 本願寺派とか(同上・正賢寺)
本堂は 入母屋造り すがる破風 五色垂れ幕 真宗でまれ(同上)
山門と 鐘楼の屋根 銅板で 瓦の屋根は 本堂だけで(同上)
中島の 最高峰の 大里山 ミカン畑を 登り行くなり(同上・大里山)
正賢寺 大里山から 眺めると 堂宇七棟 土塀の中に(同上)
クダコ島 城ノ鼻沖 無人島 室町時代 城塞跡が(同上・クダコ島/島めぐり49) 63歳
小島沖 重なる景色 無人島 大館場島 小館場島と(同上・小島)
中島の 西の玄関 フェリー着く 上怒和港から 西中港に(同上・西中港)
愛媛でも 瀬戸内海と 宇和海の 違い眺める 養殖いけす(同上・宇和間)
大浦で 再びフェリー 乗船し 三津浜までの 景色復習(同上・大浦港)
鋭鋒の 腰折山と 恵良山 名石山入れ 北条三山(中島汽船旅客フェリー・展望)
堀江湾 白石ノ鼻 すれすれに 小型タンカー 北へと向う(同上)
憧れの フェリーくるしま 停泊す 行きも帰りも 観光港に(同上)
膨大な 石油とガスの タンク見る 松山港の 埠頭の上に(同上)
地図からは 大丸山の 名は消える ロープウェイが 在りし時代も(同上)
梅津寺 黄檗僧の 雪广が 江戸元禄期 当地に開基(同上)
海岸に ブエナビスタの 洒落たカフェ 高床式の ベランダ長く(同上)
見残しの 忽那諸島の 津和地島 高浜港を 高速船で(高速船・高浜港)
興居島の 西の眺めは 初めてで 御手洗鼻の 景観変化(同上・展望)
台船で 大きな家を 曳航す 二度見られぬ 船のスケール(同上)
釣島は 周囲三キロ 人口は 八十人が 北に集中(同上)
中島は 神浦港 寄港して 海から港 眺め見るかな(同上・神浦港)
怒和島は 東と西に 港持ち 高速船は いずれも寄港(同上・怒和島)
洋上で 灯台などを 探す癖 船乗り時代 昔の名残り(同上)
沿岸の 灯台は約 九百基 白亜の色が 圧倒的で(同上)
眺め見る 上怒和港の 山並みの 段々畑 土むき出しに(同上)
二子島 いずれも樹木 生い茂り どんな動物 島の主かと(同上・二子島)
津和地島 海岸線は 十二キロ 二百七十 人暮らすとか(津和地島・津和地港)
高浜を 出港しては 一時間 津和地港へと 船は到着(同上)
津和地島 松山藩が 統治して 参勤交代 御茶屋を設置(同上/島めぐり50) 63歳
旗山は 眺めるだけの 山となり 島の上陸 またいつの日か(同上)
二子島 二神島に 見守られ 子供の如く 見えなくもなく(高速船・展望)
帰路の船 二神島に 寄港して 島の様子を 船より探る(同上)
島周囲 二神島は 十キロで 百人ほどが 島に暮らすと(同上)
魅力ある 島の創造 過疎防止 島の活力 人引き寄せる(同上)
船内は 数えるほどの 乗客で 長イス一人 うたた寝もせし(同上)
四基もの デリック載せた 貨物船 客船よりも 豪華に見えて(同上)
興居島の 相子ヶ浜の 海の家 一度ゆっくり 訪ねたいかな(同上)
江ノ島は 周囲四キロ 人口は 三百余人 年々目減り(江ノ島・遠望)
江ノ島は 訪ねる度に 変化する いつか知らねど 温泉もあり(同上・江島神社)
豊満な 弁財天の その乳房 何度見たらや 江ノ島に来て(同上)
江ノ島の 見晴台が 最高地 亀ヶ岡広場 屋上に建つ(同上・亀ヶ岡)
江ノ島の 波打寄せる 崖渕に 立ちて久しき 海を眺めん(同上・山二つ)
食事処 見晴亭は 懐かしき 四十年を 経ても変わらず(同上・稚児ヶ渕)
三女神 江島神社 別々に 離れた社殿 島に構えて(同上・奥津宮)
湘南は マリンレジャーの メッカにて 海の銀座と 思う賑わい(同上)
有料の 公園前で 待たされる 九時開園の 時間は長く(同上・サムエルコッキング苑)
昔見た 江ノ島灯台 今なく シーキャンドルに 改築されて(同上)
公園は 貿易商の サムエルの 別荘跡を 原形として(同上)
広場には 騁碧亭 東屋が 中国風の 異観を放ち(同上)
江ノ島で がっかりするや 温泉に 水着入浴 料金破格(同上・アイランドスパ)
城ヶ島 三浦半島 南端に 周囲四キロ 四百余人(城ヶ島・灯台広場)
橋架かり 三崎の一部 城ヶ島 白い灯台 大正期築(同上・灯台)
様々な 砂岩泥岩 火砕岩 黒灰色に 白色の柄(同上・長津呂崎)
平成の 三浦半島 八景に 城ヶ島では 落雁とされ(同上・展望所/島めぐり51) 63歳
段丘の 下の景観 急変し 黒磯と呼ぶ 岩礁となり(同上・赤羽根海岸)
赤羽根の 海成段丘 水平に 海岸線に 数キロ続く(同上)
海蝕の 馬の背洞門 景観は ダイナミックな 波の芸術(同上・馬の背洞門)
灯台が 城ヶ島では 格別で 存在感は ホテルを凌ぐ(同上)
東側 安房埼灯台 磯に建つ 三浦大根 模した外観(同上・安房埼灯台)
釣り客の 隣りでアベック 睦ましく 灯台前で 記念撮影(同上)
見渡せば 東京湾の 遠い果て 鋸山の 頭が見えて(同上・安房崎)
留鳥の ウミウ繁殖 城ヶ島 捕縛されては 鵜飼になるか(同上・ウミウ展望台)
剱崎 灯台鉄塔 二基が建ち いずれも白く 海に映えたり(同上・第二展望台)
宮川に 風力実験 発電所 二つの風車 役に立つかと(同上)
断層が 毘沙門海岸 露出して 波浪と対話 繰り返すのみ(同上)
城ヶ島 展望台が 三ヶ所も 海岸沿いに 建築されて(同上)
自転車の 専用道路 園内に 小春日和は 気分爽快(同上・城ヶ島公園)
公園に 集う人々 数知れず 学生たちの 散策らしく(同上)
相模湾 浦賀水道 そのはざま 三浦半島 二国を分かち(同上)
城ヶ島 大橋戦後 大事業 海面高さ 東洋一で(同上・城ヶ島大橋)
橋の上 渡船恋しく 思うかな 北原白秋 渡りし昔(同上)
猿島は 東京湾の 無人島 国の史跡で 船で見物(猿島・横須賀沖)
幕末の 猿島台場 日本初 明治に入り 要塞築く(同上・切通)
隧道は フランドル積み レンガ造 手間はかかるが 優美さ勝る(同上・隧道)
弥生期の 洞窟遺跡 猿島に 日蓮聖人 修行伝説(同上・日蓮洞穴)
洞穴に 江戸時代まで 人は住み その貝塚が 検証されて(同上)
肩落とす 展望台の 入口に 立入禁止 鎖を目にし(同上・展望台)
広場には テーブルとイス 設置され バーべキューの レンタルもあり(同上・広場)
西南に 三浦半島 最高地 大楠山の 鉄塔が見え(同上/島めぐり52) 63歳
桟橋の 近くに管理 センターの 建物があり 食堂も兼ね(同上・管理センター)
天空の 城ラピュタに 猿島は 連想されると 人気を集め(同上・砂鉄の浜)
海藻や 浮遊物など 流れ着き 砂鉄の浜は さえない浜に(同上)
歴史ある 仁右衛門島が 鴨川に 県の名勝 個人の所有(仁右衛門島・鴨川)
船着場 食堂兼ねた 売店が 周囲四キロ 島の拠点で(同上・船着場)
蓬島 弁財天祠 高台に 厳島より 勧請せしと(同上・弁財天祠)
平野家は 三十八代 島の主 高石垣に 冠木門見る(同上・平野家住宅)
寄棟の 主屋は平屋 妻入りで 江戸中期築 桟瓦葺き(同上)
日蓮が 朝日拝した 神楽岩 仁右衛門島に 残る伝説(同上・神楽岩)
平野家は 平安末期 頼朝を 島に匿い 名を轟かす(同上・頼朝隠れ穴)
頼朝の 再起の愛馬 太夫黒 その馬蹄石 仁右衛門島に(同上・馬蹄石)
新日本 百景の島 昭和初期 選ばれるほど 注目されて(同上・荒磯)
横浜の 金沢八景 大橋の 八景島は 人工島で(八景島・大橋)
複合の シーパラダイス 開園は 平成五年 八景島に(同上・タワー)
バイキング 海賊船の ブランコで 初老の身には 無理かと眺む(同上・バイキング)
日本一 ブルーフォール 眺め見る ドロップタワー 恐怖の落下(同上・ブルーフォール)
正月や 芸能人は ハワイ行き 金無き我れは 伊豆大島に(東海汽船大漁・久里浜港)
久里浜と 伊豆大島の 定期便 六十分の 気軽な航路(同上)
岡田港 テトラポットの 灯台が 無言のままに 島に導き(伊豆大島・岡田港)
定期船 百六十トン 定員は 二百五十人 高速船で(同上)
島周囲 五十二キロの 大島は 七千五百 人口有し(同上)
初詣 神社だけでは 片詣り 曹洞宗の 福聚寺へにも(同上・福聚寺)
乳ヶ崎 最北端の 断崖で 伊豆大島の ランドマークか(同上・乳ヶ崎)
大正期 大島灯台 点灯で 四角い塔は 霧笛舎備え(同上・大島灯台)
空港の 見知らぬ景色 新鮮で 用事なくても ぶらりと入る(同上・空港/島めぐり53)
大島は 車を借りず 自転車で 自由きまま 走りたいもの(同上・元町)
愛らんど センター御神火 温泉が 西海岸に 施設構える(同上)
対岸の 伊豆半島の 沖合を コンテナ船が 青色を添え(同上)
中心部 元町港の 埠頭には 突堤灯台 シンプルに建つ(同上・元町港)
三原山 三十二年 遠い空 島外避難 記憶は薄れ(同上)
長根浜 公園に立つ ゴジラ像 設置二年後 山は噴火し(同上・長根浜公園)
島民に 慕われながら 自害した 伝説の武士 為朝の碑が(同上)
源 為朝の館 赤門が ホテルの横に 再現されて(同上・為朝の館跡)
平家より 源氏は哀し 騙し合い 三十三の 為朝しかり(同上)
為朝の 生存説は 続くなり 八丈島や 琉球国に(同上)
茅葺きの 為朝神社 シート張る 茅職人は 島に不在か(同上)
潮音寺 安土時代の 創建で 本寺は下田 浄土宗とか(同上・潮音寺)
本堂は 入母屋造り 平入りの 軒唐破風で 江戸後期築(同上)
金光寺 天正二年 創建と 昭和の戦後 当地に移転(同上・金光寺)
五輪塔 島唯一の 石塔で 曹洞宗の 寺らしく見る(同上)
境内に 赤穂浪士の 遺児の墓 赦免の前に 一人病死し(同上)
三原山 吉谷神社の 御神体 噴火の度に 畏れ崇拝(同上・吉谷神社)
拝殿は 入母屋造り 千鳥破風 昭和後期に 再建と言う(同上)
弘法の 伝説無くも 浜に名が 遊泳場に 大師を偲ぶ(同上・弘法浜)
弘法と 聞くたび嫌な 気持ちする 空海大師 その名を知らず(同上)
室町期 阿治古神社が 移転して 大宮神社 野増に鎮座(同上・大宮神社)
拝殿は 神明造り 平入りで 本殿までは 廊下が結ぶ(同上)
本殿も 神明造り 主祭神 アマテラス神 アジコの命(同上)
椎樹叢 南国的な 密林で 野増大宮 神社境内(同上)
六角の 火の見櫓に 鐘を見る 白亜四階 野増の景色(同上・野増)
大島の カッパ伝説 笑えない 散歩の姉妹 姉が犠牲に(同上)
大島に 武田信道 配流され 野増の墓所に 家臣と眠る(同上/島めぐり54) 64歳
長根浜 公園内の 浜の湯は 噴火の後に 井戸温泉に(同上・元町浜の湯)
太陽に 見守られての 島めぐり 三原山には 満月昇る(同上・元町)
三原山 外輪山を 眺めると レストセンター 歌乃茶屋見え(同上・三原山)
火口には 八角形の 二階建て 展望台が 近年建てられ(同上)
正月の 大室山は 草紅葉 上に雪山 愛鷹連峰(同上)
新山は 中央火口 火砕丘 三原連山 最高峰で(同上)
自転車を 畳んで背負い 三原山 温泉ホテル コースを下山(同上)
大島の 三原の山の 登山終え 満足満腹 温泉三昧(同上)
中之橋 昭和前期の 築造で 二連アーチの メガネ石橋(同上・中之橋)
桜株 特別天然 記念物 花の咲く頃 また眺めたき(同上・桜株)
野生種の オオヤマザクラ 希少なり 推定樹齢 八百年と(同上)
筆の先 眺める如く 形状に 角礫岩が 海蝕されて(同上・筆島)
筆島は 日本の渚 百選に 日本の奇岩 選にはもれて(同上)
古民家の 島京梵天 たい焼き屋 三が日は 店は休みか(同上・波浮港)
切妻の 旧甚の丸 邸宅は 明治期築の 石造二階(同上)
別棟の 離れは二階 なまこ壁 旧甚の丸 邸宅広く(同上)
文学の 散歩道あり 波浮港 島を訪ねた 文人多く(同上)
波浮港 踊子の里 資料館 旧港屋の 旅館を利用(同上・旧港屋旅館)
入母屋の 旧館平入り 二階建て 明治の料亭 面影残し(同上)
小説の 伊豆の踊子 その舞台 人形飾り 雰囲気今に(同上)
二階では 丹前姿 泊り客 踊子の舞い 見ながら食事(同上)
海鵜像 波浮の港の 歌詞碑立つ 雨情の作詞 島に来たらずも(同上・波浮港)
木造の 三階建ての 旧旅館 前の廃屋 これも三階(同上/島めぐり55) 64歳
波布比咩 命神社が 波浮に建つ 創建不詳 地神を祀り(同上・波布比咩命神社)
拝殿は 入母屋造り 唐破風で 銅板屋根の 緑青美し(同上)
憧れた 伊豆七島の ジオバーク その大島を 訪ねし重み(同上・地層切断面)
断層は 髙さ三十 メートルで 長さ六百 メートルもあり(同上)
朝食が 今日の元気の 源で 丼ご飯 腹八分目(同上・旅館大島館)
和泉浜 飛鳥時代の 祭祀跡 南海トラフ 大島噴火(同上・和泉浜)
野田浜の 黒い岩礁 白い波 丘は枯草 山吹色に(同上・野田浜)
乳ヶ崎 クジラの頭 見る如く 景色重なる 野田浜先に(同上)
大島は サツマイモの 形した 七島唯一 ジオパークでも(同上・乳ヶ崎)
戦後処理 青年将校 大島に 最期は自決 碑拝す(同上)
岡田には 港が見える 丘があり 林芙美子は ナポリと評価(同上・港が見える丘)
大椿 三百年の 樹齢とか 仙寿椿の 別称もあり(同上)
富士見台 椿の少女 像が立つ あんこ椿の イメージ遠く(同上)
岡田港 白砂青松 隣接す 松山海岸 日本百選(同上・岡田港)
鉄砲場 岩陰遺跡 崖下に 縄文前期 海辺に懐古(同上・泉津)
大島に 遊泳場は 数多く 透明度では 秋の浜良き(同上・秋の浜)
砂浜は 殆ど無いが 秋の浜 小さなプール 設置もされて(同上)
古い船 泉津漁港に 見当たらず 豊かな漁場 豊かな水場(同上・泉津漁港)
神泉寺 山小屋風の 堂が建つ 真言宗の 泉涌寺派で(同上・神泉寺)
泉津地区 海岸線は 国天記 大島海浜 植物群落(同上・泉津)
椿園 二万千坪 敷地内 千種の椿 八千余本(同上・椿園)
華やいだ 雰囲気椿 無いけれど 冬に欠かせぬ 風物詩かな(同上)
椿とは 縄文からの 付き合いと ツバキの櫛が 発掘もされ(同上)
資料館 椿の着物 正面に 椿の絵柄 少々地味で(同上)
大島の 椿油は 様々に 頭髪用や 食用までも(同上)
震災後 島への架橋 開始され 旅客フェリーに 記念乗船(気仙沼大島/島めぐり56)
大島へ フェリー亀山 定員は 二百五十人 三百トンで(同上・フェリー亀山)
埠頭には 遠洋延縄 マグロ船 四百トンに 二十人乗り(同上)
気仙沼 港殆ど 復興し 新造船が 岸壁ズラリ(同上)
新橋は 中路アーチが 優美なり 外観はほぼ 完成したり(同上)
姉妹船 ドリーム大島 定員は 二百人弱 二百トンほど(同上)
出港し 二十五分で 大島の 浦の浜へと フェリー着岸(同上・浦の浜)
気仙沼 大島周囲 二十キロ 人口凡そ 二千二百人(同上)
いち早く 小島の祠 復旧か 神仏の加護 袖にされても(同上)
鳴き砂は 日本各地に 分布して 琴引浜が 殊に有名(同上・十八鳴浜)
鳴き砂は 幅は三十 メートルで 長さは二百 メートルとあり(同上)
大島の 十八鳴浜は 国天記 クックッと音し 十八と掛けたり(同上)
南端の 龍舞崎が くっきりと 展望台の 景色の中に(同上・亀山)
懸造り 展望台に 東屋が 工費百万 眺め千金(同上)
気仙沼 港の上に 室根山 頭を出して 海に挨拶(同上)
新しき レストハウスは 簡素なり にわか造りの 様子に見える(同上)
亀山の 大島神社 中腹に 稲荷を祀り 鎮座するなり(同上・大島神社)
拝殿は 入母屋造り 唐破風で 気仙大工の 彫物見事(同上)
光明寺 真言宗の 智山派で 平安前期 観空開基(同上・光明寺)
本堂は 入母屋造り すがる破風 不動明王 本尊として(同上)
島民の 三十四人 犠牲者が 冥福祈り 舎利礼文を(同上)
港には 解体を待つ 家残る 七年経ても 島には影が(同上・浦の浜)
留鳥の ウミネコ知らぬ シベリヤや アラスカなどの 北の故郷(同上)
ツツジ咲く 徳仙丈山 名所なり 日本最大 五十万本(同上・フェリー亀山)
遠洋の マグロ漁船が 停泊す 三十余隻 並ぶ景観(同上)
浮見堂 林の中に 神社建ち 更なる上に 教会の屋根(同上)
来年の 春に大橋 開通し 旅客フェリーは 何処へ消えるか(同上)

