写句集42

歴史的名所その3 長句(短歌・狂歌)

住む街を 深く見るたび 飽きが来る 古くて遠き 京に旅立つ(島原大門/歴史的名所1)

島原の 遊女を求め 紅灯の 巷を歩く 粋人夢に(島原角屋)

妖艶さ 弁柄(べんがら)壁に 染み込んで 恋しさつのる 遊郭(すみ)()(同上)

庭園に 風流極まる 柴の垣 俗世と()(がい) 画する如く(同上)

島原の 遊郭角屋は 重文で 江戸前期築 揚屋の遺構 (同上)

八木邸は 新選組の 屯所跡 大河ドラマで 人気に拍車(壬生八木邸)

腰ぬけた 旗本連中 知らぬ顔 百姓武士が 益荒男となり(壬生旧前川邸)

公事(くじ)宿(やど)の 二条陣屋は 重文で 江戸後期築 一部三階(二条陣屋)

暖簾わけ 二条陣屋に 踏み込めず 古民家として 人暮らしたり(同上)

寝る暇を 惜しみて読みし 西行と 芭蕉の書物 旅の鏡で(東山芭蕉堂)

西行の (いおり)の跡に 御堂あり 地蔵菩薩を 慎ましく見る(東山西行庵)

()(りん)(あん) 山県有朋 別荘で 南禅寺領 没収地跡(無鄰菴)

庭園は 池泉回遊 疏水引く 小川()兵衛(へえ)作 国の名勝(同上)

徳川の 眠りを覚ます 大維新 下級武士らは 貴族となりて(同上)

訪ねても 訪ね切れない 京の旅 一千年の 時の深さよ(京都御所)

仰ぎ見る 七百年の (れい)(ぜい)() 冷泉流の 歌道伝承(冷泉家住宅)

仮御所が 桂宮邸 跡に建つ 書院造りは 江戸後期築(桂宮邸跡)

運がよく 春の参観 入れたり 仙洞御所は 梅盛りなり(京都御所)

官軍も 幕軍も共に 闊歩せり 時代祭りの 御所の前かな(同上)

振り向けば 錦の御旗に 煽られて 露と消えたり 若き武士たち(同上)

門開き 閑院宮(かんいんのみや) 邸跡が 一般公開 待ってましたと(閑院宮邸跡)

五摂家の 旧九条家の 遺構あり (しゅう)翠亭(すいてい)の 庭園茶室(拾翠亭)

前沢の (だい)(こう)(てい)が 道路越し 入母屋造り 渋く重なり(前沢太田家住宅)

邸宅は 明治後期の 建築で 岩手県文 第一号に(同上)

明治期は 北上川に 橋はなく 藩政以来 渡船が頼り(北上川境渡跡)

前沢の 旧後藤家の 住宅は 茅葺き屋根の 直屋(すごや)造りで(前沢旧後藤家住宅)

寄棟に 越し屋根優美 茅葺きは 江戸中期築 中崎屋敷(同上)

三重県の 博物館は 同じ歳 五十余年で 取り壊される(三重県立博物館)

津藩主の 藤堂家築 山荘が 偕楽公園 前身と言う(津偕楽公園)

鈴屋(すずのや)は 本居(もとおり)(のり)(なが) 旧宅で 明治後期に 城址に移築(松阪鈴屋/歴史的名所2) 51

旧宅と 旧宅地跡 宣長の 業績評価 特別史跡(同上)

松阪の ()(じょう)(ばん)屋敷 三棟は 江戸後期築 国の重文(松阪御城番屋敷)

長屋には 紀州藩士が 二十人 四十石で 城の警備を(同上)

松阪は 石垣のみの 城となり 御城番屋敷 面影留む(同上)

松阪市 歴史民俗 資料館 明治末期築 旧図書館で(松阪市歴史民俗資料館)

予期もせず 四日市市に 国天記 ()(いけ)(しょう)(たく) 植物群落(御池沼沢植物群落)

堀田家は 津島神社の 神主で 江戸中期築 国の重文(津島堀田家住宅)

風雪に 百年耐えて 味深く 文化的価値 高まる家屋(同上)

複雑な 家屋の配置 堀田家は 平屋に二階 屋根も様々(同上)

津島でも 遊郭の跡 偲ぶかな 旅館きのやの 楼閣建屋(津島旅館きのや)

長屋門 引き寄せられる 展示館 犬山祭り かくくり人形(犬山からくり展示館)

()(らく)(えん) 国宝(じょ)(あん) 移築して 昭和後期に 名鉄築く(有楽苑)

岩栖門(いわすもん) (がん)翠門(すいもん)も 三井家の 大磯邸から 移築されしと(同上)

元庵は 古図を踏まえた 復元で 織田有楽斎 茶室再び(同上)

江戸初期に 茶室如庵は 有楽斎 正伝院(しょうでんいん)の 創建の寺に(同上)

有楽斎 洗礼名が ジョアンなり 軒の扁額 当て字に用い(同上)

飛石の 左つくばい 右は井戸 中途半端な 庭の設え(同上)

有楽斎 正伝院が 隠居所で 暮らした書院 国の重文(同上)

唐門は (えん)()の先の 添景で 徳源寺から 三井家が買い(同上)

桑名市の 石取会館 資料館 大正期築 旧銀行で(桑名石取会館)

六華苑 (もろ)()()住宅 重文で 明治後期に 桑名に建てられ(桑名六華苑)

洋館は 寄棟造り 二階建て 四階建ての 搭屋連結(同上)

主庭園 池中心の 回遊で 芝生は広き 国の名勝(同上/歴史的名所3) 51

土蔵造 一番蔵は 二階建て 外観見れば 三階に見え(同上)

庭園に 昔の栄え 偲びつつ 一人静かに 鈴虫を聴く(同上)

細長き 和館は一部 二階建て 縁側で観る 庭は雄大(同上)

切妻の 隅に寄棟 入母屋の 玄関棟の 屋根面白く(同上)

諸戸氏の 本邸跡も 重文で 庭園もまた 国の名勝(桑名西諸戸邸)

通常は 西諸戸邸 非公開 外観のみの 見物となり(同上)

油島 千本松原 国史跡 薩摩藩士の 悲哀は消えず(油島千本松原)

多治見では 修道院に 目を見張る 昭和初期築 木造三階(多治見修道院)

尾張家の 大曽根屋敷 改修し 徳川園と 名付け公開(徳川園)

寄棟の (ほう)()文庫の 旧書庫は 昭和前期の コンクリ平屋(同上)

本館は 城郭風の 美術館 昭和前期に コンクリ二階(同上)

龍仙(りゅうせん)() 観仙楼(かんせんろう)が 池に建ち 西(せこ)()(つつみ)の 石橋優美(同上)

大津では 坂本界隈 勝るかな 叡山・日吉の 門前として(坂本旧竹林院)

名勝の 旧竹林院 庭園は 築山(つきやま)()(せん) 鑑賞式で(同上)

坂本は 重伝建の 里坊で 国名勝の 庭園十も(同上)

里坊は 廃仏希釈で 衰退し 竹林院は 個人に譲渡(同上)

本邸は 入母屋造り 二階建て 楼閣風に 明治期建てる(同上)

芙蓉園 旧白毫院(びゃくごういん) 庭園で 明治時代に 料亭となり(坂本芙蓉園)

庭園は 築山池泉 回遊で 穴太(あのう)(しゅう)積み 洞穴もあり(同上)

里坊は 天台僧の 隠居所で 重伝建は 五十数える(坂本の里坊)

歌枕 小夜の中山 訪ねれば 東海道の 難所は消えて(小夜の中山)

大須賀の 廻船問屋 清水邸 江戸中期築 庭園残り(清水邸庭園)

庭園は 回遊式の 林泉で 池に湧水 活用されて(同上)

天守閣 三重塔 上に建つ 岐阜公園の 多様な眺め(岐阜公園)

記念碑は 大河ドラマの 影響か 一豊と千代 婚礼の地に(同上)

最大の 濃尾地震の 痕跡が ()()(だに)断層 特別天記(根尾谷断層/歴史的名所4) 52

琵琶湖(そば) 近江八幡 町並みは 重伝建の 在郷(ざいごう)(まち)で(近江八幡)

豊かさを 廃れた城下 もたらした 近江商人 新町通り(同上)

重文の 旧西川家 住宅は 江戸中期築 町家造りで(同上)

安土駅 南広場で 目を引くは 相撲櫓の 上の時計台(安土の景観)

柳原(りゅうげん) 学校校舎 擬洋風 二階の上に 鼓楼を載せて(近江風土記の丘)

茅葺きの 宮地家住宅 重文で 江戸後期築 入母屋造り(同上)

旧安土 巡査駐在所 モルタルで 明治中期の モダンな二階(同上)

長浜と 言えば秀吉 目に浮かび 城と町並み 往時を偲ぶ(長浜)

北近江 一豊と千代 博覧会 幟を掲げ ドラマを祝う(同上)

安藤家 入母屋造り 二階建て 明治後期の 商家建築(同上)

長浜の 慶雲館は 国史跡 今年一月 国名勝に(慶雲館)

天皇の 御在所として 実業家 明治中期に 慶雲館建て(同上)

七代目 小川治兵衛 作庭で 京都仕込み 技法を駆使し(同上)

奥庭に 築山池泉に 水はなく 国の名勝 淋しき景色(同上)

国史跡 (すう)広堂(こうどう)は 藩校で 藤堂藩が 江戸後期築(伊賀上野崇広堂)

講堂の 崇高堂の 扁額は 米沢藩主 鷹山筆と(同上)

要塞を 思わすような 石垣が 旧柳生藩 家老屋敷に(旧柳生藩家老屋敷)

旧屋敷 小山田(しゅ)(れい) 隠居宅 一万石の 財政再建(同上)

戦後期に 山岡荘八 購入し 春の坂道 小説を練る(同上)

屋敷前 田んぼの中の 駐車場 意外と高い 料金を取る(同上)

集落に ポツンと一軒 茅の家 奈良月ヶ瀬の (きく)()住宅(菊家家住宅)

入母屋の 茅葺き屋根は 軒低く 江戸中期築 国の重文(同上)

可動式 末広橋梁 重文で 昭和六年 運河に架かる(四日市末広橋梁)

運河には 相生(あいおい)(ばし)の アーチ橋 係留された クルーザー密に(四日市相生橋)

三代目 臨港橋も 可動式 千歳運河の 岸辺で眺む(四日市臨港橋)

山と川 郡上八幡 城下町 重伝建の 北町通り(郡上八幡/歴史的名所5) 52

川沿いに 建つ旧庁舎 記念館 昭和前期の 洋館二階(同上)

岐阜大和(やまと) (とう)()(やかた)跡 庭園は 室町期作 国の名勝(東氏館跡庭園)

庭園の 池の石組 復原し 再び池に 夏雲映る(同上)

重文の 旧遠山家 住宅は 江戸後期築 合掌造り(旧遠山家民俗館)

茅葺きの 家にあこがれ 四十年 愛しき風景 日本の宝(同上)

荻町は 合掌造り 集落で 五十九棟 重伝建に(白川郷荻町)

燃えやすく 造り(がた)きが 木の住まい 憧れて見る 合掌造り(同上)

旧庄屋 和田家住宅 重文で 三階建ては 江戸末期築(同上)

二・三階 養蚕(ようさん)含めた 作業場で (かいこ)の糞で 塩硝(えんしょう)作り(同上)

大木と 共に歩むや 茅の家 まだ生きている 樹木の強さ(同上)

シンブルな 合掌造り 四階は これも日本の 宝と思う(同上)

集落の 規模も大きな 萩町の 世界遺産を 展望台で見る(同上)

五箇山の 菅沼集落 九棟の 合掌造り 世界遺産に(五箇山菅沼)

菅沼は 庄川沿いに ひっそりと 観光地化せず 素朴なままで(同上)

五箇山に ポツンと構える 村上家 江戸中期築 国の重文(五箇山村上家住宅)

相倉 合掌造り 二十棟 白川郷と 雰囲気異にす(五箇山相倉)

仮そめの 世の中かなと 思いしも 目覚めさせるは 五箇山の里(同上)

高山の 重伝建は 商家町 (しも)二之町に (かみ)三之町(飛騨高山)

天領の 飛騨高山は 豊かなり 豪華な屋台 今も名残りが(同上)

北畠(きたばたけ)() (やかた)(あと)の 庭園は 国名勝で 室町期築(北畠氏館跡庭園)

庭園は 細川高国 作庭で 日本三大 武将庭園(同上)

苔の生す 枯山水の 中心は 高き立石 孔子岩とか(同上)

立石は 阿弥陀如来で 横石は 渦巻き状の 菩薩ともされ(同上)

宇治橋は 僧(どう)(とう)が 架けたとか 白鳳時代 日本最古で(宇治橋)

浮島の 十三重の 石塔は 鎌倉期築 国の重文(浮島十三重石塔)

大池の 白鳥(しらとり)庭園 開園は 平成前期 名古屋市による(白鳥庭園)

築山は 御嶽山に 擬えて 滝の流れを 木曽川として(同上/歴史的名所6) 52

庭園は 一万余坪 広大さ ミニ木曽川は 池の伊勢湾に(同上)

明治村 昭和中期の 開園で 重文建物 十四棟が(明治村)

忘れ得ぬ 帝国ホテル ラウンジに 遠き明治の 残像を見る(同上)

映画見て 予備知識あり 雑居房 実際見ると 生身の墓場(同上)

アーチ形 金沢監獄 正門は 左右に脇門 看視塔付く(同上)

京都から 聖ザビエル 天主堂 白亜の教会 犬山の地に(同上)

東京の 向島から ()(ぎゅう)(あん) 幸田露伴の 借家移され(同上)

西園寺 公望(きんもち)別邸 ()(ぎょ)(そう)は 東海道の 興津にありし(同上・重文)

茶の湯には 裏表(うらおもて)なし 茶の心 心一つに 持てなす心(同上)

伊勢鳥羽の 菅島灯台 退(たい)息所(そくじょ) 灯台離れ ポツンと移築(同上・重文)

寄棟の 神戸山手 異人館 二面ベランダ 独自の二階(同上)

別館が 渡り廊下で 結ばれて 一階部分 使用人住み(同上)

陸軍の 名古屋衛戍(えいじゅ) 病院は 西洋式の 平屋建物(同上)

ブラジルの 移民住宅 二階建て 苦難の末の 努力の証し(同上)

鉄橋の 蒸気機関車 優美かな 尾西鉄道 輸入一号(同上)

長崎の 小島にありし 聖パウロ 教会堂は 芝居小屋風(同上)

日本橋 川崎銀行 本店は 当時は街の シンボルタワー(同上)

正門の 飾電灯 移設され 昭和で消えた 皇居の明かり(同上)

明治期の 赤坂離宮 図書館が 内閣文庫 ルネサンス調(同上)

新潟の 高田小熊 写真館 洋風二階 ハイカラな店(同上)

入母屋の 宮津裁判所 法廷は 和洋折衷 明治期らしき(同上)

西宮 芝川邸は 震災で 半壊するも 移築保存へ(同上)

刈谷から 菊の世酒蔵(さかぐら) 移築する 大迫力の 切妻造り(同上)

呉服座は 大阪池田の 芝居小屋 木造二階 切妻の屋根(同上・重文)

本郷の 床屋の二階 間借りした 石川啄木 終の棲家は(同上)

国営の ガラス工場 品川に レンガ造りの 洒落た建物(同上)

兵舎跡 名古屋鎮台 歩兵隊 洋館二階 縮小移築(同上)

金沢の (だい)()高校 武道場 切妻造り 平屋移築(同上)

寄棟の 札幌電話 交換局 外壁石張り 洋風二階(同上・重文/歴史的名所7) 52

(だい)()(こう) 物理化学の 教室は 煙突目立つ 洋風平屋(同上)

擬洋風 東山梨 郡役所 ベランダ付きの 木造二階(同上・重文)

木曽路から 清水医院 移築する 洋風二階 窓アーチ形(同上)

入母屋の 木造三階 (とう)(まつ)() 名古屋堀川 町家を移築(同上・重文)

黒塗りの 土蔵造り 二階建て 安田銀行 会津支店は

コの字形 三重県庁舎 シンメトリ 洋風二階 ベランダ付きで(同上・重文)

近衛局 本部付属舎 平屋建て 印象的な ベランダアーチ(同上)

聖ヨハネ 教会堂は ゴシックで 三角屋根の 双塔優美(同上・重文)

旧目白 学習院の 長官舎 和館洋館 木造二階(同上)

大臣の 西郷従道 邸宅は ベランダ付きの 洋館二階(同上・重文)

文豪の 旧宅残す 明治村 森鴎外と 夏目漱石(同上)

バロックの 北里本館 研究所 腰折れ屋根の 木造二階(同上)

慎ましき 茅葺き屋根の 四畳半 四季にとけあう 侘び寂びの味(諸戸氏庭園)

室町期 江の奥殿と 称されて 江戸前期には 長者屋敷と(同上)

庭園は 築山池泉 回遊で 明治期改修 国の名勝(同上)

入母屋の 御殿広間は 重文で 明治後期に 諸戸氏建てる(同上)

句碑ありて 芭蕉の声ぞ 聞こえ来る 木曽ノ(かけはし) 猿の鳴く声(木曽ノ桟)

果てるまで 心に残る 思い出を 叶えてくれた 木曽路の旅は(同上)

三河から 中馬(ちゅうま)街道 信州へ 足助は宿場 商家町でも(足助)

訪ねたき 名所旧跡 数あれど 浮世を渡る 船に時あり(同上)

山里の 原風景を 再現す 三州足助 屋敷の施設(三州足助屋敷)

橿原の 大和三山 訪ね終え 古き家並みの 寺内町見る(奈良今井町)

古都奈良に 重伝建が あると聞き また訪ね来る まだ見ぬ名所(同上)

寺ひとつ 今井の景色 同化して 大和は深し 奈良は麗し(同上)

今井(ちょう) 今西家住宅 重文で 江戸前期築 八棟造り(同上)

戦国期 織田信長が 本陣に 旧今西家 利用したとか(同上)

地味ながら 奈良の都に 寺内町 江戸創建の 景観維持し(同上)

勇壮な 八棟造り シンメトリ 明治後期の 旧博物館(同上)

茅葺きの 糸姫の館 直屋建て 養蚕製糸 歴史紹介(浅井歴史民俗資料館)

浅井氏の 滅亡の悲話 遠のいて お市の里に 新たな名所(同上)

甲賀流 忍術屋敷 望月家 江戸中期築 茅葺き平屋(甲賀流忍術屋敷)

山裾の 吉野川にも 桜咲き 古き家並に (いろどり)添える(吉野山麓/歴史的名所8) 53

片岡家 住宅を見る (おお)()()で 江戸前期築 国の重文(片岡家住宅)

森野家の 旧薬園は 国史跡 江戸享保期に 開園されて(森野旧薬園)

入母屋の 瓦に切妻 茅葺きの (とう)(がく)(あん)は 隠居の離れ(同上)

結構な 観光客が 薬園に 宇陀松山は 以外な穴場(同上)

江戸時代 宇陀松山は 陣屋町 その後商家の 重伝建に(宇陀松山)

久保酒造 明治期築の 店構え 三百年の 創業誇る(同上)

仙醸の 酒屋の土蔵 豪華なり 切妻二階 越し屋根を付け(高遠)

西三河 旧糟谷(かすや)邸の 見所は 江戸中期築 主屋と庭で(旧糟谷邸)

田原市の 洋風二階 資料館 昭和初期築 旧女子校舎(田原市民俗資料館)

池ノ原 渡辺崋山 終焉地 幽閉屋敷 復元されて(池ノ原公園)

琵琶湖西 ()(そめ)()所有 庭園は 江戸前期作 国の名勝(天然図絵亭)

堅田には 湖族の郷の 資料館 町家建屋の 保存も兼ねて(湖族の郷資料館)

名古屋市の 大高(ちょう)の 町並みに 造り酒屋が 三軒も建つ(大高町)

鳴海宿 南に逸れた 高見には 黒い板張り 町家や酒屋(同上)

琴ノ浦 温山荘園 庭園は 潮入式の 池泉回遊(温山荘園)

昭和初期 別荘として 築造し 個人の所有 日本最大(同上)

見渡せば 三つの大池 庭を占め 三つの建屋 池に点在(同上)

紀州にも 一万坪の 庭園が 養翠園を 旅で知るかな(養翠園)

作庭は 江戸文政期 徳川家 大名庭園 国の名勝(同上)

寄棟の 養翠亭は 平屋建て 江戸後期築 藩主の御茶屋(同上)

敦賀市の 柴田氏庭園 作庭は 江戸寛文期 国の名勝(柴田氏庭園)

庭園は 築山池泉 回遊で 甘棠館(かんとうかん)の 別名もあり(同上)

豪農の 邸宅及び 庭園は 小大名を 凌ぐ規模なり(同上)

港から 西方ヶ岳(さいほうがたけ) 眺めれば 芭蕉の姿 脳裏を過る(敦賀港)

旧駅舎 敦賀鉄道 資料館 尖がり屋根の 洋館二階(同上)

高岡は 鋳物の町で 名が知られ 重伝建の 家並みが残る(高岡山町筋)

赤レンガ 富山銀行 本店は 大正期築 ルネサンス調(同上)

黒土蔵 菅野家住宅 重文で 明治後期の 町家建築(同上/歴史的名所9) 53

旧商家 土蔵造りの 資料館 山町筋(やまちょうすじ)で 貴重な公開(同上)

一階は アーチの飾り 仏壇屋 二階は土蔵 眺め白黒(同上)

葛西家と 清水家二軒 移築して 足軽屋敷 資料館とす(金沢長町)

野村家は 入封からの 加賀藩士 千二百石 中級武士で(同上)

庭以外 大正時代 再建で 武家屋敷跡 唯一公開(同上)

武家屋敷 通りに続く 築地塀 ベージュの色に 統一されて(同上)

大屋家は 明治改修 あずまだち 約五百石 (へい)()級とか(同上)

明治期の 中屋薬舗を 移築した 町家造りの 老舗記念館(同上)

風変り 西検番の 事務所かな 大正期築 洋館二階(金沢にし茶屋街)

片町を 竜宮城に 例えれば 語り伝えん トヨタマヒメを(金沢片町)

脇田氏が 玉泉園を 作庭す 江戸前期から 百年要し(玉泉園)

明治期に 庭は転売 西田氏に 昭和後期に 一般公開(同上)

海の幸 山の幸にも 恵まれた 百万石の 食の豊かさ(金沢東山)

東山 平入り二階 お茶屋志摩 江戸後期築 国の重文(同上)

浮ついて 茶屋の梯子に 転ぶ夢 今宵の酒は 月を偲ばん(金沢主計町)

国学者 橘曙覧(あけみ) 旧宅で 偲ぶは(わら)() 清貧の和歌(福井照手)

思想家の 橋本()(ない) 生誕地 啓発録の 石碑眺める(福井春山)

福井市の (よう)浩館(こくかん)の 庭園は 江戸前期作 国の名勝(養浩館庭園)

戦災で 庭園屋敷 焼失し 戦後復元 養浩館は(同上)

立山の 教算坊の 庭園は 江戸後期作 宿坊の庭(立山教算坊)

豪商の 丸大扇谷 屋敷内 江戸と明治の 建屋七棟(長井旧丸大扇谷)

長井一 豪商と言う 岩城屋は 衰退しても 店舗に暖簾(のれん)(長井旧岩城屋)

郡役所 明治前期の 擬洋館 中央二階 白壁優美(長井旧郡役所)

茅葺きの 隣りは二階 瓦屋根 明治と昭和 町に混在(長井古民家)

()梁館(りょうかん) 三度の移築 繰り返し 加賀大聖寺 終の移築か(大聖寺蘇梁館)

橋立の 北前船の 繁栄を 偲ぶに余る 船主(やかた)(同上/歴史的名所10) 53

懐古館 旧飯田家の 住宅で 江戸後期築 茅葺き直屋(七尾城跡懐古館)

茅葺きの 入母屋造り 重文で 江戸中期築 (しも)(とき)(くに)()(下時国家住宅)

庭園は 鑑賞式の 林泉で 江戸中期作 国の名勝(同上)

奢れては 四方八方 散るばかり されども平家 落ち人栄え(同上)

江戸初期に (かみ)(しも)とに 時国家 加賀領天領 それぞれ分れ(上時国家住宅)

重文の 上時国家 住宅は 江戸後期築 茅の入母屋(同上)

附帯する 上時国家 庭園も 国の名勝 芝地が広く(同上)

白駒の 造り酒屋の 影ひそむ 軒先に立つ 輪島朝市(輪島の風景)

西能登の (たいら)()庭園 前庭(ぜんてい)は 天領庄屋 江戸中期作(平家庭園)

緩やかな 築山の下 心字池 枯滝を組み 出島を配し(同上)

後庭(こうてい)は 大正時代 作庭で 京都の庭師 広瀬万次朗(同上)

無名時の 棟方志功 滞在し お礼の襖絵 断られたとも(同上)

平家は 六千坪の 広大さ 江戸中期築 邸宅も建つ(同上)

南越の 北前船主 右近家は 江戸延宝期 創業せしと(北前船主の館)

庭園は 山に築いた 林泉の 鑑賞式で 眺望も良く(同上)

邸宅は 明治後期の 再建で 切妻屋根に 壁は黒塗り(同上)

丸岡の 千古の家は 坪川家 江戸初期築の 母屋は重文(千古の家)

茅葺きの 千古の家は 風変り 前は入母屋 後ろ寄棟(同上)

洋風の 粋な丸八 百貨店 木構造の 三階建てで(朽木市場)

古くから 鯖街道の 陣屋町 町家点在 (くつ)()市場に(同上)

白峰の (ぎょう)(かん)()庫裡 石置きの 二階の屋根に 鼓楼が聳え(白峰集落)

白山の 山村集落 白峰は 重伝建の 大壁続く(同上)

城下町 越前大野 起点地は (ゆい)(らく)()建つ 結ステーション(越前大野)

擬洋風 平成大野屋 二階建て 通称名は はいから茶屋と(同上)

ゆっくりと 千古の家を 眺めたき 十日のちには また訪ねたり(千古の家)

坪川家 源頼政 末裔と 言われて知るは 千古の意味を(同上)

庭園は 山田宗偏(そうへん) 作庭の 築山池泉 鑑賞式で(同上/歴史的名所11) 53

懐かしき 山中温泉 五明館 閉館されて 芭蕉の(やかた)に(山中温泉芭蕉の館)

富山港 展望台の モチーフは 金刀比羅宮の 常夜灯とか(富山港展望台)

岩瀬浜 予期せぬ町家 点在し 北国街道 行くが楽しき(富山岩瀬浜)

船問屋 森家住宅 重文で 明治前期の 豪華な町家(旧森家住宅)

入母屋の 茅葺きが建つ 屋敷林 浮田家住宅 国の重文(浮田家住宅)

浮田家は 豪農ながら 加賀藩の 三千石の 山廻り役(同上)

主屋には 二十四畳 大広間 江戸文政期 灯りは昭和(同上)

橋立に 北前船の 資料館 旧(さか)()家の 主屋再生(北前船の里資料館)

酒谷家は 切妻造り 二階建て 明治初期築 紅瓦屋根(同上)

日本一 富豪の村と 称される 重伝建の 橋立家並み(加賀橋立)

橋立の 蔵六園も 酒谷家で 明治初期築 切妻二階(蔵六園)

酒谷家の 蔵六園が 本家とか 庭の名前は 藩主命名(同上)

野々市の 喜多家住宅 重文で 江戸末期築 商家の遺構(喜多家住宅)

喜多家では 造り酒屋も 営むが 昭和後期に 廃業せしと(同上)

様々な ドラマが過る 油屋に 北陸街道 野々市の宿(同上)

猩々(しょうじょう)は 喜多家醸造 銘柄で 庭を眺めつ 夢で痛飲(同上)

魚住家 旧住宅を 移築して 野々市(まち)の 郷土資料館(野々市町郷土資料館)

(まえ)町家 奥は農家の 外観で 江戸末期築 複合建屋(同上)

園内で 霞ヶ池が 最大 蓬莱島の 松美しき(兼六園)

出羽遊佐(ゆざ)の 青山本邸 重文で 明治後期の 木造御殿(旧青山本邸)

切妻の 大屋根三棟 Tの字に 母屋の建築 比類なき規模(同上)

青山氏 貧家の出でも ニシン漁で 蝦夷で財成し 故郷に錦(同上)

庭園は 枯山水の 鑑賞で 古木の松は ニシンの恵み(同上)

琵琶湖より 藩主が種子を 取り寄せた 兼六園の 唐崎の松(兼六園/歴史的名所12)

片脚を 池に潜らす 灯籠は 兼六園の (こと)()灯籠(同上)

バスに乗り 兼六園で 花見酒 春爛漫に ただ酔いしれる(同上)

兼六園 金沢城の 桜こそ 百万石の 名残なりけり(同上)

金沢の 藩老本多 蔵品館 村雨の壺 五万石とか(藩老本多蔵品館)

金沢の 犀川大橋 トラス橋 スカイブルーは 大正期築(犀川大橋)

梅ノ橋 ひがし茶屋街 架かる橋 浅野川(うえ) 高欄優美(梅ノ橋)

武家屋敷 寺島蔵人(くらんど) 邸跡は 江戸後期築 金沢名所(寺島蔵人邸)

下級武士 百万石の 恩恵が 三百坪の 庭を構えて(同上)

松任の ふるさと館の 紫雲園 旧吉田家の 邸宅移築(松任ふるさと館)

切妻の 大きな主屋 二階建て は明治後期の 妻入民家(同上)

庭園は 築山池泉 回遊で 大正期築 名石多し(同上)

白山の 多川家主屋 あずまだち 大正期築 豪農の家(多川家住宅)

屋敷内 庭園備え 茶室建つ 千二百坪 建屋十棟(同上)

(つる)()には 加賀一の宮 旧駅舎 昭和前期の 入母屋造り(加賀鶴来)

鶴来(まち) 博物館は 模擬天守 昭和中期の コンクリート造(同上)

目を引くは 菊姫酒造 町家かな 四百年の 創業誇り(同上)

町家風 鶴来横町 うらら館 江戸後期築 旧小松屋邸(同上)

伏木には 越中国守 館跡 気象資料館 訪ねた場所に(越中国守館跡)

伏木港 北前船の 資料館 旧秋元家 住宅活かし(伏木北前船資料館)

入口の 主屋は粋な あずまだち 明治後期に 再建されて(同上)

旧通り 棚田家住宅 町家建つ 明治中期の 商家の遺構(棚田家住宅)

明治期の 和洋折衷 二階建て 商工会議所 旧銀行で(高岡商工会議所伏木支所)

高岡の 武田家住宅 重文で 江戸中期築 茅の曲り屋(武田家住宅)

武田家は 信玄実弟 後裔(こうえい)で 豪農にして 肝煎を兼ね(同上)

松田江に 氷見市海浜 植物園 展望台で 樹木を俯瞰(氷見市海浜植物園)

口能登の ()主家(すけ)住宅 重文で 江戸中期築 茅の入母屋(座主家住宅)

民家風 そばの館が 利賀(とが)に建つ 全国初の そば資料館(利賀)

茅葺きの 鐘楼門建つ 西勝寺 江戸中期築 利賀の秘境に(同上)

五箇山に 復元された ()(けい)小屋 江戸中期頃 加賀藩による(五箇山/歴史的名所13)

古民家に 過ぎし昔を 懐かしむ 茅葺きの家 棚田の景色(五箇山相倉)

相倉 合掌造り 半数は 宿と食堂 土産屋が占め(同上)

城端(じょうはな)の きよべ呉服店 切妻の 大きな屋根は 白亜四階(城端)

池川に 鋸屋根と 煙突が 川島織物 工場群で(同上)

重文の 旧中村家 住宅は 江戸前期築 茅葺き直屋(大町旧中村家住宅)

戸隠に 茅葺きの宿 点在す 旅館横倉 ユースホステル(戸隠神社)

宿坊の 徳善院も 茅葺きで 江戸後期築 入母屋二階(同上)

戸隠の 忍者からくり 屋敷あり 入母屋造り ここも茅葺き(同上)

信濃町 一茶を祀る 俳諧寺 明治末期に 創建されて(俳諧寺)

奥信濃 一茶一色 稲光 芭蕉の句碑が 無いのがゆかし(同上)

国史跡 一茶旧宅 土蔵建つ 終の棲家が 復元されて(小林一茶旧宅)

風流や 西行・長明 身を捨てて 芭蕉の気負い 一茶の我慢(一茶旧宅)

北飛騨の ()()下館(しもやかた) 国史跡 会所復元 昨年の秋(江馬氏下館)

会所内 枯山水の 庭園も 復原されて 国名勝に(同上)

関川の 渡邊邸は 重文で 江戸後期築 母屋は石置き(関川渡邊邸)

渡邊家 豪農にして 豪商で 九千俵に 大名貸しも(同上)

遠州流 池泉回遊 庭園は 江戸中期作 国の名勝(同上)

津野邸は 茅葺き屋根は L字形 江戸後期築 旧商家なり(関川津野邸)

佐藤邸 茅葺き屋根は T字形 江戸中期築 国の重文(関川佐藤邸)

村営の 東桂(とうけい)(えん)は 明治期に 渡邊家より 分家し築く(東桂苑)

清水園 新発田藩主の 下屋敷 回遊庭園 国の名勝(清水園)

庭園は 近江八景 擬えて 幕府の庭師 江戸前期作(同上)

寄棟の 足軽長屋 茅葺きで 江戸末期築 国の重文(旧新発田藩足軽長屋)

荻町に 合掌造り 民家園 二十五棟を 移築開設(合掌造り民家園)

明治期の 旧中野宅 再建で 加須(かず)()の庄屋 面影残す(同上/歴史的名所14) 54

加須良から 旧東しな宅 同伴す 江戸後期築 合掌造り(同上)

島地区の 旧山下家 住宅は 江戸中期築 能登の大工が(同上)

合掌の お休み処 加須良から 旧中野家の 分家も移築(同上)

民家園 白川村の 六地区の 合掌造り 保存も兼ねて(同上)

管理棟 合掌造り 二階建て 旧荒井宅 下田地区より(同上)

板倉が 天生峠(あもうとうげ)の 道中の 庄川向い 群立したり(天生峠)

瀬戸川に 白壁土蔵 建ち並ぶ 飛騨古川は 以外な穴場(飛騨古川)

通りには (かば)酒造場(しゅぞうじょう) 町家建ち 裏の土蔵と 景観異にす(同上)

(しん)(ぱく)は 八百年の 樹齢とか 飛騨の匠の 文化館にて(同上)

飛騨の里 民俗村が 高山に 重文四棟 県文七棟(飛騨の里)

荘川の 旧若山家 住宅は 江戸後期築 合掌造り(同上・重文)

卯之原の 旧田中家の 住宅は 江戸後期築 切妻二階(同上・重文)

神岡の 旧富田家の 住宅は 江戸末期築 茅の入母屋(同上)

冬頭(ふゆとう)の 旧田中家の 住宅は 江戸中期築 石置き平屋(同上・重文)

白川の 旧西岡家 住宅は 江戸後期築 合掌造り(同上)

白峰に 古民家移築 資料館 重文二棟 県文四棟(白山ろく民俗資料館)

杉原家 切妻平入り 三階で 江戸後期築 県下最大(同上)

切妻の 織田家住宅 二階建て 明治後期の 白峰商家(同上・重文)

表家(おもてけ)は 入母屋妻入り 茅葺きで 江戸末期築 寺の道場(同上)

茅葺きの ()田家(たけ)住宅 入母屋で 江戸後期築 後ろ屋根奇妙(同上・重文)

丹生川の 国重文の 荒川家 江戸後期築 切妻二階(荒川家住宅)

高山や 飛騨の京都と 呼ばれたり 三大曳山 高山祭(高山陣屋)

天領の 高山陣屋 代官所 復元されて 国の史跡に(同上)

旧役場 高山市政 記念館 明治中期の 木造二階(高山市政記念館)

木曽谷に 山村代官 屋敷あり 江戸享保期 遺構が今に(山村代官屋敷)

庭園は 築山泉水 鑑賞で ローソク仕立て イヌマキ見事(同上)

駒ヶ根の 旧竹村家 住宅は 江戸前期築 国の重文(旧竹村家住宅)

寄棟の 主屋は直屋 茅葺きで 長屋門との 調和美し(同上/歴史的名所15) 54

郷土館 旧駒ヶ根の 市庁舎で 大正期築 洋館二階(駒ヶ根市郷土館)

木曽町に (よし)仲館(なかやかた) 建てられる 巴御前の 武勇新たに(義仲館)

辺境の 地にも文化は 根を生やす 江戸より続く 檜枝岐歌舞伎(檜枝岐鎮守社)

武佐(むさ)宿(しゅく)の 本陣跡の 表門 中山道を 近江で偲ぶ(武佐宿本陣跡)

また訪ね 古き柳原(りょうげん) 学校舎 開館中で 内覧したり(近江風土記の丘)

五個荘(ごかのしょう) 近江商人 発祥地 重伝建に 屋敷が数多(近江五個荘)

中江邸 切妻妻入り 二階建て 昭和初期築 百貨店王(同上)

外村(とのむら)家 入母屋妻入り 二階建て 江戸後期築 呉服商人(同上)

明治期は 全国長者 番付で 常連とされた 外村()兵衛(べえ)(同上)

庭園は 築山池泉 回遊で 松の刈込 雲の如くに(同上)

邸内に 天秤担いだ 像が立つ 近江商人 初心忘れず(同上)

関ヶ原 合戦再現 ウォーランド 九千坪に リアルな武将(関ヶ原ウォーランド)

越前の 梅田氏庭園 夢窓流 室町期作 国の名勝(梅田氏庭園)

梅田氏は 倶利伽羅戦の 落武者で 南に逃れ 池田に土着(同上)

待ちかねた 兼六園の 雪見かな 金沢離れる 直前の日に(兼六園)

雪の日も 穴開くほどに 眺めたり 兼六園の 徽軫(ことじ)燈籠(同上)

雪吊りの 唐崎松の 遺伝子は 琵琶湖恋しと 涙ぐむかな(同上)

庭園の ヤマトタケルの 銅像は 明治初期作 日本最古で(同上)

風流な 内橋亭(うちはしてい)が 池に建つ 藩主(はる)(なが) 江戸後期築(同上)

金沢や カニに甘えび ノドグロと 香林坊の 居酒屋恋し(同上/歴史的名所16) 55

懐かしき 関善酒店 廃業し 明治期築の 建物だけに(旧関善酒店)

江戸後期 菅江真澄も 訪れた 花輪の里の 老舗は消える(同上)

異人館 阿仁鉱山の 重文で 明治前期の 洋館二階(旧阿仁鉱山外人宿舎)

枯れ尽きた 日本の鉱山 見るにつけ 技術の力 空しく思う(同上)

善導寺 門前町の 繁栄を 三階建ての 民家に偲ぶ(阿仁善導寺)

西洋も 和洋も一つ 建物に 康楽館の 芝居小屋かな(康楽館)

明治期の 小坂鉱山 旧事務所 移築復元 国の重文(小坂鉱山事務所)

洋館の 三階建ては シンメトリ 鉱山事務所 ルネサンス調(同上)

振り向けば 銀の産出 日本一 明治後期の 小坂鉱山(同上)

天使館 昭和初期築 保育園 キリスト教の 平屋洋館(小坂天使館)

小坂駅 駅舎を模した 展示館 明治開業 偲ぶ館内(小坂駅)

珍しき ()(ぞり)を見るや 小坂駅 船形をした 箱のタイプで(同上)

名を聞いて 訪ねて見れば トタン屋根 されど大きな 寄棟造り(旧工藤家住宅)

閉山後 製錬工場 改修し 金銀銅の リサイクルへと(小坂製錬工場)

悲観する 日本各地の 宝山(たからやま) 昭和中期で 資源は朽ちて(同上)

田沢湖の 金色観音 健在で 二十二年も 辛抱強く(田沢湖金色大観音)

木村屋は 土蔵二階の 菓子店で 明治中期に 旧街道に(横手の風景)

坂道の 日新館は 異人邸 明治後期の 洋館二階(同上)

白鳥が 田久保(たくぼ)(つつみ)に いなくなり 淋しさ癒す 桜咲くなり(同上)

庭石に 雁がね橋の 三連が 知られもせずに 春に佇む(同上)

図書館は 旧鹿角郡 公会堂 大正期築 擬洋館建て(旧鹿角公会堂)

桜山 鹿角の里の 展望所 ソメイヨシノが 二百本咲く(桜山公園)

弘前の 青森銀行 記念館 明治後期築 国の重文(青森銀行記念館)

木造で ルネサンス風 二階建て 旧第五十九 銀行本館(同上)

二階には 格子天井 シャンデリア 堀江佐吉の 代表作で(同上/歴史的名所17) 55

田麦俣 番所の跡に 時計台 六角形の 洒落た外観(田麦俣集落)

淋しさや 多層民家が 二軒のみ 博物館に 移築されては(同上)

茅葺きの 旧遠藤家 住宅は 江戸後期築 資料館となり(同上)

かやぶき屋 江戸末期築 民宿で 兜造りの 三階建てで(同上)

注目度 合掌造りに 比べると 兜造りは 意外と低く(同上)

朝市や 浴衣姿に 下駄の音 不況の中の 山の賑わい(肘折温泉)

湯治場は 六百余年 歴史あり 下駄の音にも 地蔵倉にも(同上)

湯治客 共同浴場 ハシゴして 自炊しながら のんびり過ごす(同上)

居酒屋も スナックもある 湯治場は 辺鄙な山の ユートピアかな(同上)

草薙家 住宅国の 重文で 江戸後期築 茅葺き主屋(しゅおく)(草薙家住宅)

主屋には 江戸末期築 土間(どま)足され 全体的に 曲り屋造り(同上)

生保内の 上層農家 草薙家 百七十年 暮らしは今も(同上)

温泉は 老舗旅館に 限るかな 文人墨客 脳裏を過る(湯田川温泉)

黒塀に 旧白幡邸 冠木門 数寄屋造りは 大正期築(同上)

豪商の 八百坪の 屋敷内 三棟の蔵 既に散財(同上)

田麦俣 旧渋谷家の 住宅は 博物館に 移築復元(致道博物館)

住宅は 江戸後期築 重文で 兜造りの 茅葺き多層(同上)

重文の 旧西田川 郡役所 明治中期の 擬洋風二階(同上)

酒井家の 江戸中屋敷 赤門を 博物館に 移築保存(同上)

鶴岡の 博物館の 敷地内 国名勝の 酒井氏庭園(同上)

旧藩主 ()(いん)殿(でん)北の 庭園で 旧三ノ丸 七百余坪(同上)

庭園は 築山池泉 回遊で 鳥海山を 借景として(同上)

御隠殿 江戸中屋敷の 移築とか 大広間には 武具等展示(同上)

旧鶴岡 警察署庁舎 重文で 明治中期の 和洋折衷(同上)

城跡に 大寶館(おおほうかん)の 擬洋館 大正期築 偉人記念館(鶴岡大寶館)

鶴岡の 旧()道館(どうかん) 藩校は 江戸後期築 国史跡なり(旧致道館)

講堂や 建屋七棟 現存す 藩校遺構 東北唯一(同上)

講堂は 入母屋妻入り すがる破風 外観見ると 寺院建築(同上/歴史的名所18) 55

御入間(おいりのま) 寄棟造り 平入りで 藩主御成りの 特別な居間(同上)

ハリストス 正教会の 聖堂が 明治中期に 北鹿に建つ(北鹿ハリストス正教会聖堂)

聖堂は ビザンチン調 平屋建て 下見板張り 屋根は寄棟(同上)

湯上りは 春雨庵に 立ち寄りて 沢庵和尚の 威徳を偲ぶ(春雨庵)

寄棟の 春雨庵は 茅葺きで 昭和中期に 再建される(同上)

江戸前期 沢庵和尚 冤罪で 上山藩 預かりの身に(同上)

三年の 蟄居終えた 沢庵と 藩主土岐氏と 交流続く(同上)

庭園の 井戸は沢庵 手掘りとか 茶の湯に使用 山の井の水(同上)

富岡の 製糸工場 国史跡 建屋七棟 国重文で(旧富岡製糸場)

工場は 明治五年の 操業で 外人技師の 首長館建ち(同上)

操糸所は トラス構造 木骨(もっこつ)で 八十間は 驚く長さ(同上)

レンガ壁 (ひがし)(おき)(まゆ)(じょ) 二階建て 長大な屋根 また目を見張る(同上)

製糸場 世界遺産を 目指すとか 石見銀山 二の舞いに見ん(同上)

富岡の 旧茂木家の 住宅は 戦国期築 国の重文(旧茂木家住宅)

茂木氏は 後北条氏の 一門で 江戸期帰農し 名主も務め(同上)

切妻の 屋根は板葺き 石を置き 三方軒屋根 一階建てで(同上)

建物は 昭和後期に 移築され 宮崎公園 古木に合致(同上)

六角の しののめ堂が 園内に 茶会や句会 催されると(宮崎公園)

大鹿の 松下家宅 重文で 江戸後期築 本棟(ほんむね)造り(松下家住宅)

松下家 大河原村 名主格 南アルプスに 歴史は眠る(同上)

茅葺きの 旧豊坂家 住宅を 移築保存 平湯温泉に(旧豊坂家住宅)

吉島家 住宅が建つ 高山は 二十歳に受けた 感動今も(吉島家住宅)

住宅は 明治後期の 町家建て 座る座敷は 国の重文(同上)

ディスガー ジャパンの言葉 思い出す 飛騨高山が 注目されて同上/歴史的名所19)

日下部家(くさかべけ) 民藝館に 名を変えて 明治前期の 町家公開(日下部民藝館)

重文の (しゅ)(おく)は切妻 段違い 一部二階の 桟瓦葺き(同上)

天領の 御用商人 日下部家 土蔵に眠る 豪商の夢(同上)

高山の 重伝建の 町並みに 宮地家住宅 塔屋に窓が(宮地家住宅)

宮地家は 半農半商 中流で 明治初期築 町家を残す(同上)

古き日の 家並が今も 佇みて 山の都に 秋風ぞ吹く((飛騨高山))

からくりの 獅子会館は ミュージアム 八百点の 獅子頭あり(同上)

ダム湖へと 奈良田集落 消えて行き 石置き民家 移築復元(奈良田)

古民家に 白籏史朗 写真館 南アルプス 魅力を激写(同上)

日本一 誕生地跡 石碑かな 千早赤坂 (なん)(こう)史跡(楠公誕生地)

陣屋跡 名張藤堂家 屋敷兼ね 江戸後期築 邸宅残る(名張藤堂家邸跡)

奥御殿 八棟(やつむね)造り 書院風 座敷四室 茶室も備え(同上)

藤堂家 本家の津には 遺構なく 名張を旅し 思わぬ出合(同上)

中奥の 六畳間には 床の間も 一万余石 空気に触れる(同上)

小説家 小林多喜二 振り返る 七沢温泉 福元館で(七沢温泉)

昭和初期 左翼の多喜二 留置所で 二十九歳 哀れ拷問死(同上)

温泉に 多喜二滞在 離れあり 拷問死する 二年前かな(同上)

()()(がわ)の 伊勢河崎に 商家街 町家や蔵が 軒を連ねる(伊勢河崎)

村田家は 年寄衆の 旧家とか 所有の蔵が 六棟現存(同上)

建つ町家 切妻妻入り 二階建て 昭和初期築 屋根に(すみ)(ぶた)(同上)

河崎に 船で物資が 運ばれて お伊勢参りの 台所とも(同上)

また消える 古くゆかしき 旅の宿 思い遠のく 二見(ふたみ)(がうら)に(賓日館)

重文の (ひん)日館(じつかん)は 元旅館 明治中期築 木造二階(同上)

岡山の 後楽園は 江戸前期 藩主造営 特別名勝(岡山後楽園)

池泉式 後楽園は 広大で 四万余坪 大名庭園(同上)

茅葺きの 小さな(いおり) 名が長く 何と寒翠(かんすい) (さい)(きょう)(けん)と(同上)

空襲で 庭園建屋 焼失し 鶴鳴館(かくめいかん)は 旧吉川邸(同上)

池の側 藩主好んだ (れん)()(けん) 戦火免れ その後復原(同上/歴史的名所20) 57

雪景色 後楽園が 残されし 三名園の 夢の三景(同上)

烏帽子岩 旧慈眼堂 前に立つ 六つ割りにして 瀬戸の島より(同上)

江戸前期 池田光政 開校す (しず)(たに)学校 特別史跡(閑谷学校)

校門の (かく)鳴門(めいもん)は 重文で 切妻造り 左右付属屋(同上)

聖廟に 並ぶ八棟 重文で 廟舎の配置 権現タイプ(同上)

永遠に 孔子の思想 叶わざる 世に悪党の 種が尽きねば(同上)

校内の 閑谷神社 創建は 光政死後に 威徳を称え(同上)

講堂は 入母屋造り 国宝で 桁行十間 梁間九間(同上)

校内は 一万余坪 広大で 日本最古の 庶民学校(同上)

小斎(しょうさい)は 入母屋造り 藩主の間 屋根は唯一 (こけら)葺きなり(同上)

切妻の 飲室門(いんしつもん)は 簡素なり 生徒の使う 通用門で(同上)

白壁の 土蔵造りの 文庫には かつては蔵書 八千点と(同上)

コの字型 木造二階 資料館 明治後期の 中学校舎(同上)

全国の 藩校私塾 地図見れば 三十四ヶ所 割りと少なし(同上)

振り向けば 津田(なが)(ただ)は 名を残す 閑谷学校 後楽園と(同上)

清流に 黄葉亭(こうようてい)の 茶室建つ 江戸後期築 宝形の茅(同上)

教授役 武元(くん)(りゅう) 宅跡は 茅葺き屋根の 古農家風で(同上)

青少年 教育センター 敷地内 昭和中期の 県の学び()(同上)

国史跡 大石良雄 屋敷跡 千五百石 風格今に(大石内蔵助屋敷跡)

内蔵助 藩主切腹 書状読む 蝋人形を リアルに展示(同上)

屋敷跡 築山池泉 庭園を 模擬作庭し 観光地化す(同上)

本邸に 大石神社 創建し 屋敷の跡は その管理下に(同上)

展示館 入母屋長屋 裳階付き 外観だけは 古き雰囲気(同上)

大楠は 三百年の 樹齢とか 大石家悲喜 知る語り部で(同上)

高塔屋 名古屋市庁舎 五階建て 昭和八年 世間に見栄を(名古屋市庁舎/歴史的名所21)

城で持つ 尾張愛知の 県庁舎 昭和前期に 城郭風に(愛知県庁舎)

旧庄屋 岡田家住宅 復元し 四日市での 新たな名所(楠歴歴史民俗資料館)

真新し 切妻造り 段違い 屋根の瓦は 輝くばかり(同上)

鹿児島の 仙巌園は 江戸前期 光久造営 国の名勝(仙巌園)

鹿児島や 城山公園 桜島 未だ知らぬは 祭りの様子(同上)

現御殿 八棟造り 広大で 明治中期に 改築されし(同上)

庭園の (ぼう)嶽楼(がくろう)は 江戸前期 琉球国王 島津に贈る(同上)

江戸中期 曲水の庭 作庭し 大名貴族 鄙びた宴(同上)

園内の 江南竹林 日本での 孟宗(もうそう)(ちく)の 発祥地とも(同上)

石積みの 水力発電 ダム跡は 明治中期に 作造されて(同上)

高台に 徒然庵の 名の茶室 昭和後期の 新たな景色(同上)

桜島 錦江湾を 借景に 磯庭園は 島津別邸(同上)

山国(やまくに)の (かみ)尾家(おけ)住宅 重文で 組頭役 豪農民家(神尾家住宅)

寄棟は 三度に折れた 茅葺きで 江戸後期築 九州最古(同上)

大濠の 日本庭園 作庭は 昭和後期に 中根金作(大濠公園日本庭園)

庭園は 三千六百 坪もある 築山池泉 回遊式で(同上)

入江から 大濠公園 大池に 昭和初期築 福岡名所(大濠公園)

住吉の 楽水園の 作庭は 明治後期の 博多商人(楽水園)

焼け石と 瓦埋め込む 博多塀 楽水園に 古きリサイクル(同上)

回遊の 築山池泉 庭園は 七百余坪 樹木が多し(同上)

宮地嶽 神社境内 民家村 全国各地 五棟を移築(民家村自然広苑/歴史的名所22) 57

寄棟の コの字形した くど造り 佐賀の農家の 成富家から(同上)

茅葺きの 二棟(ふたむね)造り 江戸期築 熊本()(すい) 寺の庫裡とか(同上)

寄棟の (かぎ)()造りは 曲り屋で 福岡()(ごおり) 中島家から(同上)

茅葺きの 合掌造り 三階は 富山利賀(とが)村 谷内家から(同上)

高床の 平柱小屋 石葺きで 長崎対馬 独自の小屋で(同上)

レンガ風 ヒガシマル醤油 資料館 昭和初期築 木造二階(ヒガシマル醤油資料館)

(じゅ)遠亭(えんてい) 藩主脇坂氏 屋敷跡 江戸中期築 別邸残り(聚遠亭)

書院風 茶室は寄棟 江戸後期 孝明天皇 下賜されたとか(同上)

楽庵は 昭和後期に 建てられた 醤油会社の 寄贈の茶室(同上)

数寄屋風 脇坂氏別邸 ()(すずみ)(じょ) 飛石交差 前庭構え(同上)

武家屋敷 たつの市立の 資料館 江戸後期築 旧芝辻家(武家屋敷資料館)

芝辻家 龍野藩士の 鍛冶職で 切妻平入り 門塀構え(同上)

下呂温泉 合掌村は 昭和中期 合掌民家 十棟移築(下呂温泉合掌村)

妻入りの 旧岩崎家 住宅は 江戸中期築 五箇山離れ(同上)

重文の 旧(おお)()家の 住宅は 江戸後期築 村最大で(同上)

御母(みぼ)()ダム 計画された 集落で 大戸家母屋(おもや) 合掌村へ(同上)

宅内に 蝋人形が 飾られて 合掌民家 暮らしを偲ぶ(同上)

小規模の 旧伊並家の 住宅は 食堂兼ねた 茶屋に改修(同上)

板倉は 江戸後期築 御母衣から 旧遠山家 切り離されて(同上)

(くち)能登の 岡部家住宅 茅葺きで 江戸中期築 入母屋直屋(岡部家住宅/歴史的名所23)

岡部家は 加賀藩抱え 二千石 十村役所で 本陣も兼ね(同上)

小規模な 築山池泉 庭園は 能登の駒造 作庭とされ(同上)

三棟の 土蔵の壁は 剥離して 旧家のメンテ 知らぬ苦労も(同上)

十村役 喜多家住宅 豪邸で 江戸後期築 重文三棟(喜多家住宅)

表門 茅葺き屋根の 長屋門 二千三百 石高らしく(同上)

重文の 主屋(しゅおく)桁行 九間で 梁間は何と 十一間も(同上)

喜多家には 藩主も来たり 三畳間 面影残す 武者かくしの間(同上)

ハニベなる 巌窟院は 奇観かな 釈迦牟尼頭部 大仏として(ハニベ巌窟院)

金沢の 湯涌江戸村 懐かしき 一度廃業 市が移築保存(金沢湯涌江戸村)

重文の 旧松下家 住宅は 江戸後期築 石置き平屋(同上)

古き日の 日本をさぐる 江戸村の 主なき家の 居間は淋しく(同上)

二階建て 旧山川家 住宅は 江戸後期築 屋根が三重(同上)

金沢の 竪町にありし 山川家 米仲買の 豪商と言う(同上)

永井家は 旧足軽の 住宅で 江戸末期築 石置き平屋(同上)

重文の 旧石倉家の 住宅は 江戸末期築 切妻妻入り(同上)

石倉家 鯖波宿の 本陣で 表門には 風格にじむ(同上)

白壁に 腰壁黒い 板張りで 瓦は紅い 三色の蔵(同上)

茅葺きの 旧(だいら)家の 住宅は 江戸後期築 入母屋直屋(同上)

野本家も 平家同様 奥能登で 築年造り ほぼ類似する(同上)

茅葺きの 旧高田家の 住宅は 江戸中期築 地元の農家(同上)

道の駅 類似の駅も 登場し (さかな)の駅が 黒部(いく)()に(魚の駅生地/歴史的名所24) 57

越屋根の 切妻造り 木造で 魚の駅の とりたて館は(同上)

生地では 田村家住宅 垣間見る 千三百石 十村役とか(田村家住宅)

邸宅は 明治初期築 あづまだち 二階の上に 物見台付け(同上)

旧森田 銀行本店 洋館は 大正期築 三国(みなと)に(旧森田銀行本店)

岸名家の 町家の屋根に 千鳥破風 江戸後期築 三国の商家(旧岸名家住宅)

岸名家の 初代惣助 俳人で 芭蕉の掛軸 床の間に見る(同上)

道の駅 てんのうで知る 新名所 神話の里に スサノオの村(道の駅てんのう)

入母屋の 物見櫓は 四階で 復元ながら 日本最大(同上)

スサノオの 館は入母屋 茅葺きで 弥生時代の 首長が浮かぶ(同上)

阿字ヶ浦 ()観亭(かんてい)跡 高台に 江戸寛政期 水戸藩主建て(比観亭跡)

重文の 旧平山家 住宅は 江戸後期築 庄屋の遺構(旧平山家住宅)

寄棟の 母屋(もや)の桁行 十七間 梁間六間 茅も壮大(同上)

別棟(べつむね)は 大切妻の 二階建て 大正期築 鉄板葺きで(同上)

別棟の 二階に豪華 座敷あり 宿泊させて 活用すべき(同上)

(ぬの)嘉屋(かや)は 津軽の富豪 佐々木家で 秋田の民家 移築再現(布嘉屋)

現建屋 入母屋平入り 越屋根で 江戸末期築 茅が瓦に(同上)

木造の 橋では長さ 日本一 津軽富士見湖 鶴の(まい)(はし)(鶴の舞橋)

鶴の里 ふるさと館は 古民家で 旧川村家 住宅移築(鶴の里ふるさと館)

寄棟の 屋根には八方 煙出し 津軽独自の 茅葺き直屋(同上)

道の駅 増田家住宅 移築され 食事(どころ)の 案山子と称す(旧増田家住宅/歴史的名所25)

茅葺きの 寄棟平入り 中二階 明治中期の 地主の遺構(同上)

弘前の 藤田記念の 庭園は 大正期作 築山池泉(藤田記念庭園)

庭園は 六千余坪 回遊で 洋館和館 それぞれ構え(同上)

木造の 旧図書館は 三階で 観光館に 様変わりする旧(弘前市立図書館)

重文の 石場家住宅 切妻で 江戸中期築 こみせを構え(石場家住宅)

板敷の 居間の囲炉裏の 柱には 火気厳禁の 表示面白く(旧平山家住宅)

別棟に 大きな座敷 六室も 往時の地主 豊かさ偲ぶ(同上)

斜陽館 太宰治の 記念館 以前は旅館 宿泊したり(旧斜陽館)

入母屋の 屋敷の前の 食堂は 山小屋風の 三角屋根で(食事処あいや)

ふかうらの 文学館は 旧旅館 昭和初期築 木造二階(ふかうら文学館)

旧旅館 秋田屋の名で 宿泊者 太宰治や 大町桂月(同上)

ドライブで ふと見かけたり 常夜灯 江戸後期築 野辺地湊に(浜町の常夜灯)

公園に (くす)()()住宅 移築する 明治中期の 豪華茅葺き(旧楠美家住宅)

平入りの 寄棟造り 桁行は 十六間に 梁間七間(同上)

浪岡の 坪田家住宅 中世の 館の敷地 移築保存し(旧坪田家住宅)

茅葺きの 寄棟造り 中二階 江戸末期築 八方付きで(同上)

弘前に 吉田松陰 来遊地 伊東梅軒 武家屋敷かな(弘前松陰堂)

武家屋敷 松陰堂と 名付けられ 史跡保存 会見の跡(同上)

八角の 左右の塔の 図書館は 明治後期の ルネサンス調(旧弘前市立図書館)

東奥(とうおう) ()(じゅく)外人 教師館 明治後期の 洋風二階(旧東奥義塾外人教師館)

弘前に 明治大正期 建てられた 十四棟を ミニチュア版に(ミニチュア博物館)

精緻なる 十分(じゅうぶん)(いち) スケールの 建物群は お(とぎ)の世界(同上)

黒石の 大型商家 高橋家 江戸後期築 国の重文(高橋家住宅)

黒石の こみせ通りの 中町は 四十二棟 重伝建に(黒石の風景)

函館の (こう)(せつ)(えん)は 岩船氏 明治後期作 国の名勝(香雪園)

園内は 四万坪の 広大さ 風景式の 庭園とされ(同上)

函館市 昭和中期に 買収し 見晴公園 整備改名(同上/歴史的名所26) 58

温室は レンガ造りの 洋風で 明治末期に 岩船氏建て(同上)

園亭は 寄棟造り 茅葺きで 数寄屋と書院 融合されて(同上)

大正期 梅村庭園 作庭で 八雲の豪商 梅村氏とか(梅村庭園)

庭園は 八百坪と 中規模な 池中心の 回遊式で(同上)

入母屋の 梅雲亭が 池の上 九年前に 茶室新築(同上)

青森で 旧営林局 庁舎見る 明治後期の 洋風二階(青森市森林博物館)

映画ロケ 局長室は 使用され 思い出すかな 八甲田山(同上)

函館に 高田屋()兵衛(へえ) 名を残す 江戸後期の 廻船業者(高田屋嘉兵衛資料館)

資料館 明治大正 蔵二棟 高田屋嘉兵衛 業績偲ぶ(同上)

函館に 明治後期の 金森の 赤レンガ倉庫 七棟並ぶ(金森赤レンガ倉庫)

函館の 重伝建の 倉庫群 末広(ちょう)の 区域に入る(同上)

瓦屋根 旧イギリス 領事館 大正期築 平屋と二階(開港記念館)

領事室 双眼鏡で 何を見る 蝋人形の 領事の姿(同上)

開拓使 函館支所の 書籍庫は 明治前期の レンガ造りで(旧開拓使函館支所書籍庫)

重文の 旧函館区 公会堂 明治後期の 洋風二階(旧函館区公会堂)

優美かな コロニアル風 シンメトリ 中央左右 二階バルコニー(同上)

御座所には 大正・昭和 天皇も 宿泊された 歴史を留む(同上)

二階には 迎賓館の 雰囲気が 往時の港 賑わいを見る(同上)

幾度も 訪ねて飽きぬ 北の海 ああ函館に 心は燃える(同上)

水色の 天井壁に アイボリー 柱や窓の 通路縁取り(同上)

豪商の 相馬哲平 函館区 公会堂を 建てた人物(旧相馬邸)

相馬邸 明治後期の 再建で 和洋折衷 八棟造り(同上)

外壁は 格子模様の 板張りで 一部は二階 楼閣風に(同上)

函館の 重伝建は 広範囲 元町めぐり 坂道多し(チャチャ登り/歴史的名所27) 58

ハリストス 正教会は 重文で 大正期築 ビザンティン様(函館ハリストス正教会)

開港の 翌年ロシア 領事館 正教会も 共に建設(同上)

函館の ヨハネ教会 明治初期 イギリス人の 宣教師布教(函館ヨハネ教会)

聖堂は 昭和後期 再建で 茶色い屋根の 壁に十字架(同上)

カトリック 元町教会 江戸末期 フランス人の 神父が開く(カトリック元町教会)

聖堂は 大正期築 ゴシックで 尖塔百尺 天にそばだつ(同上)

太刀川家 住宅店舗 重文で 明治後期の 土蔵の二階(太刀川家住宅店舗)

寄棟の 瓦の屋根に レンガ造 白漆喰の 壁美しく(同上)

旧金森 洋物店は 資料館 明治前期の レンガ漆喰(旧金森洋物店)

はこだての 旧郵便局 明治館 レンガ造りに 蔦が二階へ(旧函館郵便局)

旧ロシア 領事館は レンガ造 明治後期の 洋館二階(旧ロシア領事館)

函館市 旧領事館 所有して 再生される 見通し暗し(同上)

函館の 中華会館 レンガ造 明治後期に 華僑が建てる(函館中華会館)

会館は 関帝廟も 兼ねていて 屋根の棟には ()()高々と(同上)

旧道に 取り残された 宿場跡 今は会津の 銭箱となり(大内宿)

会津西 街道沿いの 宿場町 大内宿は 重伝建に(同上)

本陣は 昭和後期の 復元で 寄棟造り 玄関に破風(同上)

昭和期の 大内宿は 様変わり 驚くほどの 観光客で(同上)

茅葺きの 民家軒数 三十余 白川郷の 荻町に次ぐ(同上)

土産屋や 民宿旅館 食堂と 商売をせぬ 民家少なく(同上)

大内の 昔の宿と 星空と 雪降る里は みな美しく(同上)

旧日生 九州支店 重文で 辰野金吾の 西の秀作(旧日本生命九州支店)

福岡の 旧公会堂 貴賓館 明治後期築 国の重文(旧福岡県公会堂貴賓館)

貴賓館 木造二階 モルタルで 八角塔屋 ルネサンス調(同上)

模型のみ 福岡県の 公舎堂 明治は遠く 小さな家に(同上)

島原に 思いも寄らぬ 武家屋敷 水路挟んで 石垣続く(島原武家屋敷)

大内氏 石見銀山 発見し 争奪戦が 江戸期に続く(石見銀山跡)

閉山で 鉱山町は 滅ぶけど 大森地区は 重伝建に(同上)

黄土色 外壁塀に 多々見られ 白壁わずか 町に変化を(同上)

六年目 石見銀山 町静か 世界遺産の 登録されて(同上)

ひろた屋は 泊まりたい宿に 見えるけど 今夜の宿は 三瓶温泉(同上)

銀山は 江戸最盛期 二十万 今は人口 四百人に(同上/歴史的名所28) 59

寄棟の 旧裁判所 平屋建て 明治中期に 大森(ちょう)に(同上)

主な家 切妻の屋根 壁黒く 漆喰部分 黄土色かな(同上)

町並みは 三キロ近く 続くなり 商家民家に 武家屋敷建つ(同上)

金森家 役人泊まる (ごう)宿(やど)で 江戸後期築 土蔵の町家(同上)

郷宿は 切妻平入り 二階建て 壁は漆喰 全面白く(同上)

大正期に 廃坑された 銀山は 八十年後 観光資源に(同上)

明治初期 小学校は 開校し 木造校舎 昭和前期築(同上)

往時には 八十余ヶ寺 銀山に 現在寺は 二十五ヶ寺に(同上)

江戸初期の 銀の製錬 (ふき)()跡 一貫生産 鎖国の時代(同上)

国史跡 渡辺邸は 切妻で 江戸後期築 役人屋敷(同上)

広島の 原爆ドーム 大正期 県物産の 陳列館で(広島原爆ドーム)

建物は 地上三階 地下一階 塔屋はドーム コンクリート造(同上)

戦後には 平和記念碑と 称されて 特別史跡 世界遺産に(同上)

生命は 一瞬のうち 過ぎること ふと思いやる 広島の街(同上)

旧日銀 広島支店 国史跡 昭和初期築 被爆建物(旧日本銀行広島支店)

箱型の 地上三階 地下一階 コンクリートの 壁は石張り(同上)

儒学者の 頼山陽の 居室跡 戦後復元 国の史跡に(頼山陽史跡資料館)

城よりも 錦帯橋が 美しく 桜の頃は 更に美し(錦帯橋)

錦川 錦帯橋に 桜咲き 国の名勝 天下の眺め(同上)

重文の 旧()加田(かた)家の 住宅は 江戸後期築 入母屋平入り(旧目加田家住宅)

目加田家は 岩国藩士 俸禄は 百七十石 中級武士で(同上)

園内に 家老香川家 長屋門 江戸前期築 茶室も備え(吉香公園)

吉川家 八百年の 歴史あり 昌明館は その史料館(吉川史料館)

明治まで 昌明館は 本邸で 七千点の 家宝を所蔵(同上)

軽井沢 旧三笠ホテル 重文で 明治後期の 洋館二階(旧三笠ホテル/歴史的名所29)

(しも)()()の 姫街道の 本宿(ほんしゅく)は 町家が並ぶ 宿場の情緒(下仁田本宿)

国史跡 徳川光圀(みつくに) 隠居所の 西山荘(せいざんそう)は 常陸太田に(西山荘)

光圀の 死後に建屋は 撤去され 西山御殿 享保期再建(同上)

寄棟の 茅葺き屋根が 幾重にも 建つ景観が 西山御殿(同上)

ばっさりと 悪代官を 懲らしめる 水戸黄門の 面白さかな(同上)

晩年は 大日本史の 編纂が 水戸光圀の ライフワークに(同上)

御殿横 昭和天皇 御座所跡 遥拝石は 京向いたまま(同上)

池の側 豪華な茶室 晏如(あんじょ)(あん) 近年築の 数寄屋造りで(同上)

細長の 西山荘の 庭園は 四万余坪 国の名勝(同上)

戦国期 柴田勝家 道開く (とち)ノ木峠 板取(いたどり)宿(じゅく)を(板取宿)

妻入りの 兜造りの 二階建て 明治後期築 旧竹沢家(同上)

茅葺きの 入母屋妻入り 二階建て 江戸末期築 旧村田家は(同上)

福井藩 板取宿に 関所置く 松尾芭蕉も 取り締まられて(同上)

旧庄屋 旅籠を兼ねた 増尾家は 茅葺き屋根の 兜造りで(同上)

()()(しょう)は 高石ともや 名を広め 初めて訪ね 憧れ満たす(道の駅名田庄)

道の駅 入母屋妻入り 茅葺きの 古民家移築 宿に再生(同上)

南丹の ()(やま)(ちょう)(きた) 茅の里 重伝建の 山村集落(美山かやぶきの里)

屋根の棟 民家の千木(ちぎ)は 雪割りで 美山町北 茅の特徴(同上)

公開は 美山民俗 資料館 十年前に 復元されて(同上)

土間高く 田の字の間取り 壁は木 北山型の 民家と言われ(同上)

建つ家屋 三十四棟 茅葺きで 集落の中 半分ほどで(同上/歴史的名所30) 59

北側に 山を背にした 集落は ほぼ平行に 家屋建てられ(同上)

南側 石垣築き 段々に 民家の屋敷 連続するや(同上)

茅葺きを トタンの屋根に 葺き替えた 民家が目立つ 集落の中(同上)

川沿いの 食事処と 土産屋は ただ二軒ある 観光施設(同上)

弧を描く 川の流れに 浮かび建つ 重伝建の 山村景色(同上)

マキノ町 在原集落 訪ねれば 十一軒の 茅葺民家(在原集落)

古民家は 入母屋妻入り 棟高く 殆ど小規模 塀めぐらさず(同上)

盛時には 四十八軒 在原に 業平ゆかり 地とも言われて(同上)

重文の 旧瓜生(うりう)家の 住宅は 鯖江神明社 宮司邸宅(旧瓜生家住宅)

茅葺きの 入母屋造り 妻入りで 江戸中期築 福井最古と(同上)

篠山に 重伝建の 河原町 妻入商家 白壁群立(篠山河原町)

昭和初期 (えん)(じょう)(せん)の バス路線 開通されて 記念碑が立つ(同上)

入母屋の 高き平屋の 瓦屋根 鳳凰山(ほうおうやま)の 鉾山(ほこやま)収納(同上)

江戸前期 町家の地割 勧められ 六百メートル 百五十軒(同上)

平入りの 鳳凰会館 二階建て 明治前期の 旧銀行で(同上)

小林家 昭和中期の 町医者で 明治前期の 住宅残る(同上)

河原町 二階の窓は 様々で 格子に(むし)() 千本格子(同上)

篠山は 整備次第で 向上し 飛騨高山に 比肩するかと(同上)

小南家 篠山藩の 下級武士 百七十石 屋敷が今に(小南家住宅)

切妻の 江戸後期築 長屋門 八年前に 復原されて(同上)

江戸中期 篠山藩校 開校し (しん)徳堂(とくどう)と 後に称され(篠山藩校跡)

御徒町 重伝建の 武家屋敷 十棟ほどが 門塀構え(篠山の風景)

武家屋敷 茅葺き屋根が 鉄板に 葺き替えれて 異観に見える(同上)

小林家 入母屋造り 長屋門 江戸後期築 茅葺きに千木(ちぎ)(小林家住宅)

武家屋敷 (あん)()家住宅 史料館 江戸後期築 徒士(かち)の旧宅(武家屋敷安間家資料館)

入母屋の 主屋茅葺き 曲り屋で 武家屋敷では 唯一公開(同上)

安間家は 篠山藩士 禄高は 十七石の 三人扶持で(同上/歴史的名所31) 59

畳敷き 主屋の中に 五つの間 中級武士の 部屋の間取りで(同上)

青山家 篠山藩主 別邸が 昭和後期に 歴史村となり(青山歴史村)

長屋門 旧澤井家の 移築とか 江戸文化期の 茅の入母屋(同上)

南側 土蔵切妻 二階建て 一階二階 家宝を展示(同上)

(けい)園舎(えんしゃ) 切妻造り 平屋建て 明治中期に 庄屋を移築(同上)

北側の 土蔵二棟は 文書(くら) 振徳堂の 蔵書も所蔵(同上)

大正の 旧町庁舎 ロマン館 和洋折衷 塔屋を備え(大正ロマン館)

純和風 篠山歴史 美術館 明治中期の 旧裁判所(篠山市立歴史美術館)

妻入りの (じん)陽楼(ようろう)は 二階建て 明治創業 割烹旅館(篠山潯陽楼)

江戸前期 旅館近又 創業と 桂小五郎 ゆかりの宿で(篠山旅館近又)

篠山の 江戸親伝(しんでん)は レストラン 御殿医(ごてんい)屋敷 アンテークにし(篠山江戸親伝)

若宮家 住宅を観る 白鳥で 江戸後期築 旧宮司宅(若宮家住宅)

長屋風 切妻造り 平屋建て 囲炉裏にヤカン 暮らし息づく(同上)

武家屋敷 模した建物 休憩所 越前大野 結楽座内(越前大野結楽座)

県内の 古民家五棟 移築して おさごえ民家 園を開設(おさごえ民家園)

移築した 五棟はすべて 茅葺きで 旧(しろ)()家は 江戸後期築(同上)

城地家は 大野蕨生(わらびょう) 庄屋なり 畳の部屋が 五室もありて(同上)

岡本家 入母屋造り 平入りで 隅の()(むね)は 中二階建て(同上)

岡本家 若狭有田の 庄屋なり 五室の中で 座敷は一間(同上)

土屋家は 金津前谷 庄屋なり 江戸末期築 曲り屋風で(同上)

箕輪家は 越前八石(はちこく) 庄屋なり 江戸後期築 三重(みえ)の入母屋(同上)

梅田家は 浄教寺町 豪農で 漆採取を 生業として(同上)

梅田家は 入母屋造り 厩付き 棟の形は L型をして(同上)

家よりも 仏壇大事 火災時は 外板外し 運び出すとか(同上)

入母屋の 江戸末期築 板倉は アルミ梯子で 二階に登る(同上)

民家園 豪農庄屋の 茅葺きに 特化をしたり 比較も楽し(同上/歴史的名所32) 59

三国には 独自の家並み かぐら建て 平入りの奥 入母屋主屋(三国の風景)

町並みに 往時の富みが 点在す 北前船の 三国湊は(同上)

堀口家 住宅を見る 池田にて 江戸初期築の 国の重文(堀口家住宅)

住宅は 入母屋造り 平入りで 屋根は茅葺き 床は土座式(同上)

堀口家 庄屋務めた 家柄で その後の様子 当時のままに(同上)

三方湖に 合掌造り 舟小屋が 茅葺き屋根が 優美に架かり(三方湖の風景)

小浜には 商家茶屋町 町並みは 重伝建の 小浜西組(にしぐみ)(小浜西組)

町並みに 百三十件 主屋建ち 寺社含めれば 二百七十余(同上)

電柱は 重伝建の 大敵で 地下埋設の 義務化を願う(同上)

祠には 丹後街道 標識が 小浜西組 宿場も兼ねし(同上)

街道に 旅人癒す 瀧の水 若狭名水 さすがに旨し(同上)

洋風の 高鳥歯科は 異観かな 大正期築 木造二階(同上)

白壁の 土蔵の間 鳥居立つ 参道奥に 八幡神社(同上)

紙の字の 看板壁に 吹安は 入母屋二階 小浜紙店舗(同上)

西組の 町並み保存 資料館 木造二階 京町家風(同上)

資料館 大正期築 小間物屋 市が借り受けて 一般公開(同上)

薬屋の 白鳥(しらとり)会館 土蔵造 明治中期築 腰壁レンガ(同上)

モニュメント 海岸テラス 日時計で 翼広げた 白鳥が立つ(同上)

炭焼きの 山村集落 四ヶ所は 加賀東谷 重伝建に(加賀東谷荒谷)

切妻の 二階の屋根に 煙山し 一階部分 一間広く(同上)

集落の 共通点は 赤瓦 妻入り平入り 不揃いに建つ(同上)

江戸期から 昭和にかけた 家々が 四集落に 百三十余(同上)

赤瓦 鞍掛山の 山麓に 山村集落 優美さ放つ(同上)

今立(いまだち)は 同じ妻入り 並び建ち 荒谷(あらたに)よりも 調和とれて(加賀東谷今立)

赤瓦 煙出しの里 東谷 重伝建の キャッチフレーズ(同上/歴史的名所33) 59

今立に 規模の小さな 切妻が 江戸末期築 屋根湾曲し(同上)

東谷 重伝建の 集落に 県民の森 キャンプ場あり(石川県民の森)

廃村の 茅葺き屋根の 古民家を 移築保存す 県民の森(同上)

江戸初期の 九谷磁器窯 跡残る 調査が成され 国の史跡に(九谷磁器窯跡)

(すぎの)(みず) そば工房の 権兵衛(ごんべえ)は 重伝建の 古民家活かし(加賀東谷杉水)

大土(おおづち)は 重伝建の 最奥部 個性豊かな 民家が多く(加賀東谷大土)

足場組み 修復される 民家には ブルーシートが 掛けられたまま(同上)

昭和初期 火災で集落 焼失し 社殿と土蔵 唯一残り(同上)

千束に 北陸街道 一里塚 片側のみが 今に残され(千束一里塚)

赤壁の 木造校舎 松阪に 明治後期の 切妻造り(松阪工業高校)

長谷川家 松阪三大 豪商で 江戸中期築 邸宅今に(長谷川家住宅)

邸宅は 見学不可で 外観の 土蔵と主屋 まじまじ眺む(同上)

旧小津家 松阪商人 館とし 江戸後期築 町家公開(松阪商人の館)

松阪を (さか)内川(ないがわ)が 二分して 堀坂山(ほっさかさん)が 先に聳える(松阪の風景)

三井家の 発祥地碑が 松阪に 江戸元和期に 高利生まれ(三井家発祥地)

平入りの 町家が二軒 棟並べ 庶民の家も 通りに残り(松阪の風景)

明治期に 本居(もとおり)(のり)(なが) 鈴屋(すずのや)は 城址に移築 跡地も保存(本居宣長宅跡)

内宮の おはらい町は 百店舗 善光寺に次ぐ 門前町で(伊勢おはらい町)

小田原に 二宮尊徳 誕生の 家を訪ねて 威徳に涙(二宮尊徳誕生の家)

茅葺きの 寄棟造り 平屋建て 江戸中期築 移築復元(同上)

金次郎 十六の時 二宮家 一家は離散 家は売却(同上)

平成や 二宮尊徳 求む声 我れのみ思う 願いなのかな(同上)

丹沢湖 沈む集落 三保の家 旧渡辺家 住宅移築(三保の家)

三保の家 入母屋造り 茅葺きで 江戸末期築 中規模家屋(同上)

資料館 切妻造り 平屋建て 昭和前期の 八丈庁舎(八丈島歴史資料館/歴史的名所34)

高倉は 寄棟造り 茅葺きで 四脚六脚 規模は様々(同上)

茅家屋 ふるさと村に 集約す 八丈島の 大里地区に(八丈島ふるさと村)

牛いても 八丈島に 馬はなく それでもマヤと 牛小屋称す(同上)

高倉の 最大規模は 十二脚 島に一棟 残ると聞きし(同上)

建つ母屋(おもや) 寄棟造り 壁はなく 軒の四隅に 風除けの板(同上)

築山(つきやま)の 唯心山(ゆいしんざん)の 東屋に 天守重なる 景観優美(岡山後楽園)

砂利(じゃり)(じま)に 白鷺一羽 羽根休め 松と灯籠 愛でるが如し(同上)

切妻の 舟小屋の先 太鼓橋 その中の島 (しま)茶屋(ぢゃや)も建ち(同上)

竹原は 製塩酒造 廻船で 栄えた家並み 重伝建に(竹原)

角に建つ 町家は二階 入母屋て グレーの漆喰 明治期築か(同上)

本堂は 入母屋造り すがる破風 江戸前期築 木部弁柄(西方寺)

普明閣 宝形造り 二重屋根 江戸中期築 舞台を備え(同上)

舞台から 眺める家並み 格別で 重伝建の 瓦一望(同上)

町並みに 巨大煙突 製錬所 昭和中期に 塩田消えて(竹原の風景)

復古館 春風館と 並び建つ 重文ながら 公開されず(同上)

入母屋の 頼(ただ)(すが)の 旧宅は 江戸中期築 二階白壁(頼惟清旧宅)

大正期 光本(みつもと)邸は 復古館 離れ改修 公開されて(旧光本家住宅)

入母屋の 松阪邸は 二階建て 江戸末期築 菱の出格子(旧松阪家住宅)

笠井邸 開放的な 二階建て 明治初期築 無料公開(旧笠井家住宅)

竹原に 頼山陽の ルーツあり 昭和後期に 銅像立てる(竹原の風景)

予想外 森川邸の 薬医門 大正期築 塩田屋敷(旧森川家住宅)

街角に 旧日の丸 写真館 昭和初期築 木造三階(旧日の丸写真館)

帰り際 頼惟清の 旧宅を 再び訪ね 内部見学(頼惟清旧宅)

切妻の 離れシンプル 平屋建て 妻の壁には 枯れ蔦模様(同上)

城下町 豊後竹田の 町並みに 町家や商家 武家屋敷あり(豊後竹田の風景)

切妻の 白壁造り 二階建て 明治創業 椎茸問屋(同上)

武家屋敷 創生館に 名を変えて 主屋と蔵で イベント開く(竹田創生館)

殿町(とのまち)に 古田家仲間(ちゅうげん) 長屋門 棟の半分 江戸後期築(竹田武家屋敷)

江戸時代 十三軒の 武家屋敷 二百石以下 中級武士と(同上)

キリシタン 礼拝堂は 洞窟で 弾圧の中 隠れ信仰(キリシタン洞窟礼拝堂跡)

洞窟は 凝灰岩を くり抜いた 屋根形をした 礼拝堂で(同上)

高台に 竹田(ちくでん)()(りょう) 二階建て 城下一望 温泉宿で(竹田茶寮)

武家屋敷 旧竹田(ちくでん)(そう) 国史跡 ()()(むら)竹田 江戸後期築(旧竹田荘)

画聖堂 昭和前期の 建築で 竹田像が 厨子に祀られ(同上)

竹田は 藩医辞して 画家となり 詩文に長けた また旅人で(同上)

入母屋の 雪月楼は 二階建て (おも)()広間は 竹田アトリエ(同上)

補拙廬(ほせつろ)は 門人たちの 塾跡で 切妻造り 小さな平屋(同上)

角に建つ 入母屋造り 山本屋 老舗の種屋 桃山期から(山本屋種苗店)

(ふく)寿(じゅ)()は 萱島種類 蒸留所 店舗と蔵の 切妻古風(萱島種類岡城蒸留所)

防府(ほうふ)では 毛利家本邸 忘れ得ず 大正期築 建屋と庭は(旧毛利家本邸)

コンクリの 塀に重厚 薬医門 本邸含め 国の重文(同上)

邸内は 一万六千 坪もあり 約千坪の 本館が建つ(同上)

入母屋の 二階の窓は 庇付け 楼閣風の 外観優美(同上)

桟瓦 粉は炭酸 カルシウム 瓦の劣化 示す白色(しろいろ)(同上)

中庭は 枯山水で 建屋には 踏石飛石 それぞれ並べ(同上)

洋間でも 応接室に 床の間が ただ床だけは ジュウタン敷きで(同上/歴史的名所36)

十棟の 本館内の 客室は 六十室と 旅館彷彿(同上)

奥居間は 書院造りの 女性部屋 貞明皇后 ゆかりの梅も(同上)

家臣らが 殿様超える 身となりて 薩長土肥の 藩主は隠居(同上)

借景は 瀬戸内海の 向島 街並み越しに 眺め見るかな(毛利氏庭園)

良く見れば 雪見灯籠 笠以外 近代的な セメント製で(同上)

池の上 枯山水の 石組みに 本邸二階 優美に聳え(同上)

瓢箪(ひょうたん)の くびれに架かる 石橋が 庭の中心 側に東屋(同上)

庭園の ひょうたん池は 広大で 千六百坪 国の名勝(同上)

大池に 小舟無いのが 不自然で 池の藻屑を 何とするやら(同上)

遣水は ひょうたん池の 注ぎ口 野菊と紅葉 水に含ませ(同上)

宮島の 旧江上家の 住宅は 江戸末期築 歴史資料館(宮島歴史民俗資料館)

江上家は 醤油醸造 豪商で 明治末期は 岩惣(いわそう)別荘(同上)

土蔵から 醤油の香り 遠く消え 民俗資料 一・二階展示(同上)

切妻の 瓦直列 美しき 旧江上家の 二階の眺め(同上)

珍しき 石灯籠の 笠の(かた) 土鍋を伏せて 手水(ちょうず)の横に(同上)

長崎の 隠れキリシタン 明治初期 弾圧されて 津和野へ流罪(乙女峠マリア聖堂)

殉死者を 三十七名 追悼し マリア聖堂 昭和に建立(同上)

聖堂は 切妻造り 平屋建て 尖塔を載せ 軒をめぐらす(同上)

切妻が 平屋二階と 棟続き 紙の喜多屋は 無住の様子(津和野の風景)

温故館 藩主亀井家 別邸で 門は閉ざされ 外観眺む(亀井温故館)

大岡家 家老屋敷 薬医門 江戸後期築 庁舎に移築(旧大岡家表門)

津和野(ちょう) 役場庁舎は 入母屋で 左右に翼屋 大正期築(津和野町役場)

津和野藩 養老館は 藩校で 江戸安政期 移転再建(藩校養老館/歴史的名所37) 60

武術棟 二十四間 間口あり 切妻造り 長屋門風(同上)

教育は 国家の要 藩校は 古き明治の 礎となり(同上)

郷土館 入母屋妻入り 二階建て 昭和前期に 津和野川辺に(津和野町郷土館)

番所付き ()()()老門(ろうもん) 薬医門 江戸後期築 家老屋敷に(多胡家老門)

津和野まち 重伝建の 町並みに 突如聳える 教会の屋根(津和野カトリック教会)

カトリック 教会は建つ 津和野にも 昭和初期築 ゴシック調に(同上)

切妻の 町家商家 様々で 妻入平入 百四十棟(津和野の風景)

平入りの 河田商店 二階建て 明治後期築 店舗に菓子屋(河田商店)

白壁の 土蔵の腰は なまこ壁 更に土台は 矢来設え(某家土蔵)

分銅屋 切妻造り 二階建て 江戸末期築 最古の町家(分銅屋)

江戸後期 ささや呉服店 創業で 平入り町家 妻入り土蔵(ささや呉服店)

平入りの ()(せん)酒造は 二階建て 江戸末期築 左右に土蔵(華泉酒造)

町家風 葛飾北斎 美術館 平成二年 個人が開館(葛飾北斎美術館)

人ひとり 歩いていない 駅通り 明暗分ける 観光地かな(津和野の風景)

山里の 津和野北西 立地する 堀庭園は 国の名勝(堀庭園)

天領の 代官配下 堀氏なり 銅鉱(やま)() 元締め役で(同上)

平入りの 主屋入母屋 二階建て 江戸後期築 間口が長く(同上)

庭側の 書院造りの 客間には 飛ぶ鳳凰が 欄間が透ける(同上)

主屋横 枯山水の 庭園は 江戸後期作 景石多し(同上)

土蔵前 四十五度の 松の木は 添え木なしでは 倒れんばかり(同上)

入母屋の 楽山荘は 客殿で 明治後期築 一部二階で(同上)

中国の 銅山王の 堀氏でも 銅山尽きて 家も没落(同上)

二階には 欄干立てた 外廊下 眺める景色 堀氏の遺構(同上)

堀氏邸 一万八千 坪もあり 本邸向かい 和楽園入れ(同上)

庭園に 描く世界は 無限大 深山幽谷 白砂青松(同上)

主庭園 小池配した 回遊で まだ紅葉の 彩り残る(同上)

斜面には 丸石を積み サツキ玉 小さな池と 微妙に調和(同上)

添景は 十三重の 石塔に 六角灯籠 雪見灯籠(同上)

和楽園 病院含み 大正期 白石川を 挟み造営(和楽園)

和楽園 堀氏描いた ユートピア 跡継ぐ人の 無きが空しき(同上)

石碑には 説明文が 欠かせない 堀氏顕彰 何とか理解(同上)

町家風 喫茶売店 建つけれど 閉店されて 哀れを誘う(同上)

瀬戸内の 大崎下島(しもじま) 御手洗(みたらい)は 重伝建の 港町なり(大崎下島御手洗)

御手洗の 住吉神社 詣でれば 社殿珍し 住吉造り(住吉神社)

()砂子(さご)波止(はと) 江戸後期築 麗しき 六十五間 (たか)灯籠も(千砂子波止)

集落を 千砂子波止より 眺めれば 古き家並みに 新しき船(同上)

(とも)()(てい) 寄棟平入り 二階建て 明治初期築 なまこ壁なり(なまこ壁の屋敷)

薩摩藩 船宿跡は 脇屋とか 江戸後期築 町家造りで(船宿脇屋)

越智医院 大正期築 擬洋館 水色の壁 半切妻屋根(越智医院)

家並みは 妻入平入 二階建て 屋根は瓦で 壁は板張り(御手洗の風景)

遊郭は 広島藩の 公認で (わか)胡子屋(えびすや)の 茶屋跡残る(若胡子屋跡)

入母屋の 若胡子屋は 二階建て 江戸中期築 広い妻入り(同上)

御手洗の 中村春吉 自転車で 大正時代 世界一周(天満宮記念碑)

旧柴屋 住宅豪華 切妻で 江戸後期築 年寄役邸(旧柴屋住宅)

往時には 広島藩主 本陣で 伊能忠敬 三泊したと(同上)

土間の中 一間ほどの 畳の間 二階に上がる 階段備え(同上)

宿泊の 記念に因み 蔵を替え 伊能忠敬 測量絵図館(同上)

平入りが 向かい合わせの 町家群 常盤通りは 目を見張るほど(常盤通り)

港町 交流館は 洋風で 横板壁を 水色に塗り(港町交流館)

古民家に お多福の顔 看板が 酒王(せん)(ぷく) 呉の名酒で(御手洗の風景)

半円の 石段珍し 満舟寺 小さな堂は 宝形造り(満舟寺)

(しら)(いち)は 東広島 丘陵地 赤い瓦の 町並み残り(白市の風景)

(しげ)(みつ)() 切妻平入り 蔵造り 江戸末期築 旧酒屋で(重満家)

重文の 旧木原家 住宅は 江戸前期築 切妻二階(旧木原家住宅/歴史的名所39) 60

伊原家は 入母屋平入り 二階建て 明治初期築 鋳物師屋敷(伊原惣十郎家)

入母屋の 妻入り左 破風一つ 大正期築 稀有な地主邸(伊原八郎家)

ふと見れば 稲荷神社の 鳥居際 塔のサイレン 奇妙に鎮座(稲荷神社)

本堂は 江戸前期築 入母屋で 赤い瓦が 冬空に映え(養国寺)

西条の 酒蔵通り 国史跡 白い酒蔵 レンガ煙突(福美人酒造)

入口に 入母屋造り 事務所建つ 大正期築 洋風二階(同上)

賀茂泉 ここもレンガの 煙突が 造り酒屋の シンボルタワー(賀茂泉酒造)

酒泉館 昭和初期築 洋館で 腰折れ屋根の 塔屋二階に(同上)

西条に 酒蔵八軒 賀茂鶴は 知名度高き 造り酒屋で(賀茂鶴酒造)

酒蔵が 二階三階 連立し 三号蔵は 大正期築(同上)

平屋建て 見学室の 酒蔵は 洗練された 土蔵造りで(同上)

利き酒は 車で来たので ままならず 次回は電車 決意新たに(同上)

(こう)(さん)() 潮聲閣(ちょうせいかく)の 洋館は 昭和初期築 三角屋根で(潮聲閣洋館)

洋館の 応接室の 正面に 鹿の剥製 頭部を飾り(同上)

平屋建て 書院造りの 和館には 築山池泉 庭園備え(潮聲閣和館)

実業家 母のふるさと ()(くち)(じま) 豪邸建てて 親孝行を(同上)

書斎の間 金本耕三 掛軸が 偉業を讃え 床の間飾る(同上)

母の居間 折上げ天井 床の間に 母堂尊像 まだ住む如し(同上)

吉原家 住宅を見に 向島(むかいしま) しまなみ海道 途中で降りる(吉原家住宅)

長屋門 明治中期の 再建で 入母屋造り 壁は新し(同上)

寄棟の 主屋茅葺き 重文で 江戸前期築 間口六間(同上)

鞆の浦 国の名勝 港町 瀬戸内海に 歴史を刻む(鞆の浦)

鞆の津の 商家の土蔵 (むし)()(まど) 明治期築の 切妻妻入り(鞆の津の商家)

鞆の津の 商家の主屋 二階建て 江戸末期築 切妻平入り(同上)

(ほう)(めい)(しゅ) 鞆の名産 薬味酒で 江戸前期から 醸造されて(鹿島屋)

洋館の 信用金庫 二階建て 昭和前期の コンクリート造(しまなみ信用金庫)

かの桝屋 (せい)()衛門(えもん)宅 角に建つ 坂本龍馬 隠れ部屋あり(枡屋清右衛門宅)

枡屋宅 座敷床の間 保命酒 岩谷(いわたに)(やき)の 酒壺を置き(同上/歴史的名所40) 60

静観寺 最澄大師 開創後 臨済宗の 妙心寺派に(静観寺)

(ほう)(せん)() 南北朝期 創建の 日蓮宗の (みょう)(けん)()派で(法宜寺)

妙蓮寺 江戸慶長期 開創の 日蓮宗で 本尊が釈迦(妙蓮寺)

(けん)(しょう)() 江戸慶長期 中興で 足利義昭 鞆幕府置く(顕政寺)

本願寺 一遍上人 開基する 備後における 時宗の拠点(本願寺)

(しょう)(ぼう)() 江戸慶長期 創建で 東福寺派から 妙心寺派に(正法寺)

安国寺 南北朝期 中興で 足利尊氏 備後(びんごの)(こく)に(安国寺)

入母屋の 主屋二階に 切妻の 土蔵接続 敷地ぎりぎり(鞆の浦の風景)

遠からず 重伝建に なるのでは 町並み眺め 思う鞆の津(同上)

江戸期築 太田家住宅 重文で 本邸別邸 十二棟建つ(太田家住宅)

別邸の 朝宗亭(ちょうそうてい)は 向かい側 入母屋切妻 主屋の造り(同上)

杉玉に 旧所有者の 中村家 保命酒蔵元 面影残す(同上)

(せん)()(てん) 江戸元禄期 創業で 町家造りは 雑貨の店に(澤村舩具店)

下関 旧英国の 領事館 明治後期築 国の重文(旧英国領事館)

旧秋田 商会ビルは 大正期 西日本初 コンクリート造(旧秋田商会ビル)

外観は 三階建ての 三角で 正面角に ドームの塔屋(同上)

()()(ちょう)の 郵便局は 洋風で 明治後期築 レンガの二階(下関南部町郵便局)

美術館 縮景園が 窓縁に どんな絵よりも リアルに見える(縮景園)

広島の 縮景園の 雪景色 待ち焦がれても 夢とうつつに(同上)

江戸前期 藩主浅野氏 作庭す 縮景園は 大名庭園(同上)

庭園は 一万二千 坪もあり 池泉回遊 国の名勝(同上)

濯纓(たくえい)() 二千四百 坪もあり 中国西湖 縮小したと(同上)

原爆で 縮景園も 荒廃し 昭和中期に 再築される(同上)

島に建つ 茅の四阿(あずまや) 超然(ちょうぜん)(きょ) 山水画でも 眺める風情(同上)

超然居 下に(まん)(ざい) 手水鉢 牛田山(うしだやま)より 水を導き(同上)

(こけら)葺き 清風館は 平屋建て 数寄屋造りが 園中央に(同上)

江戸時代 清風館に 甦る 書院に座せば 藩主の気分(同上)

柳井津の むろやの園は 旧商家 江戸中期築 小田家住宅(むろやの園/歴史的名所41)

入母屋の 主屋大きな 妻入りで 四百余坪 建屋は続く(同上)

様々な 生活用品 ショーケース 町家の暮らし 脳裏をめぐる(同上)

切妻の 平屋の上に 小屋を載せ 増築された 二階は奇妙(同上)

細長き 七百余坪 敷地には 十一棟の 建屋が並ぶ(同上)

中庭に 円形状に 瓦埋め 瓦の庭と 絵図にはありき(同上)

室屋邸 博物館に 名を変えて 西日本一 商家屋敷と(同上)

主屋奥 庭の上には 入母屋の 楼閣風の 二階建つなり(同上)

半閑舎 岩国藩主 来遊の 本陣として 建てられたとも(同上)

山頭火 室屋隣りの 藤田宅 度々訪ね 句碑が室屋に(同上)

小田家では 家庭教師を 雇い入れ 師匠居宅の 部屋に住まわす(同上)

井戸端で 大海を知る 人は稀 毎日同じ 噂話で(同上)

柳井津の 古市(ふるいち)(かな)() 商家町 重伝建の 家並が続く(柳井の風景)

国森家 住宅商家 重文で 江戸中期築 妻入り町家(国森家住宅)

奥座敷 主の趣味が 息づいて 床の間飾る 鷹の剥製(同上)

平入りに 妻入り合体 蔵造り 佐川家住宅 江戸後期築(佐川家住宅)

佐賀重の 離れの二階 洋風で (あり)()(かわの)(みや) 明治期泊まる(同上)

しらかへの 学遊館は 平成期 江戸末期築 町家改修(しらかべ学遊館)

館内は 生活用品 展示する 希少な物を 見るが楽しみ(同上)

入母屋の (さら)田家(だけ)住宅 妻入りで 明治後期築 造り酒屋で(皿田家住宅)

柳井津の 重枝(しげえだ)醸造 江戸後期 甘露醤油を 藩主に献上(重枝醸造場)

角に建つ 町家は白い 壁汚れ 第一印象 町並み大事(柳井の風景)

唯一の (かけ)()(しょう)()は 抜け道で 白壁通り 柳井川へと(掛屋小路)

比類なき 白壁通り 町家数 四十数戸 向い合わせに(白壁通り/歴史的名所42) 60

白壁の 家並(やな)み景観 絶句する 倉敷以来 感動胸に(同上)

白壁の 町家一階 洒落た店 かみゆい処 ベル美容室(かみゆい処)

醤油蔵 切妻造り 違い屋根 大正期築 白壁土蔵(佐川醤油店)

醤油蔵 内部公開 資料館 大樽並ぶ 大屋根の下(同上)

別棟(べつむね)の やない西蔵 醤油蔵 市に譲渡され 観光施設に(やない西蔵)

弘前の 金魚ねぶた ヒントとか 金魚提灯 柳井の顔に(同上)

尾道屋(おのみちや) 神辺(かんなべ)宿(じゅく)の 本陣で 数寄屋造りは 江戸後期築(神辺本陣)

本陣は 筑前少将 宿とあり 福岡藩が 専ら利用(同上)

御成の間 外に中庭 灯籠も 殿様だけの 一夜の眺め(同上)

(れん)(じゅく)と (かん)茶山(ちゃざん)の 旧宅は 江戸後期築 特別史跡(廉塾及び菅茶山旧宅)

菅茶山 神辺(かんなべ)生まれ 儒学者で 藩公認の 廉塾開く(同上)

表門 入れば畑 (よう)(ぎょ)()と 自給自足の 学び舎であり(同上)

廉塾の 小講堂は 慎ましく 側面入母屋 平屋平入り(同上)

旧城下 山陽道の 神辺に 宿場の遺構 あちらこちらに(神辺宿)

町並みに (てん)(ぽう)(いち)の 看板が 造り酒屋の 酒蔵の上(同上)

宿場には 神辺駅跡 石碑立つ 太閤秀吉 館ともされ(同上)

昭和初期 福寿会館 城跡に 鰹節王 別邸築く(福山福寿会館)

会館は 二千二百坪 敷地あり 洋館和館 庭園備え(同上)

洋館は 三角屋根の 二階建て 和館は平屋 数寄屋造りで(同上)

庭園は 林泉式の 回遊で 福山城の 天守借景(同上)

旧海軍 兵学校が 江田島に 大講堂は 大正期築(旧海軍兵学校)

石造の 大講堂は 二階建て 平民口の 左右に塔屋(同上)

生徒館 明治中期の レンガ造 寄棟屋根は スレート葺きで(同上)

教育 参考館は 二階建て 昭和前期築 ルネサンス調(同上)

純粋な レンガ造りの 平屋建て 切妻の上 越屋根を載せ(同上)

山陽の (ぶん)(とく)殿(でん)の 建立は 昭和前期の 没百年に(山陽文徳殿/歴史的名所43) 60

宝形の 切妻屋根は 洋風で 頼山陽の 記念の建屋(同上)

昭和期に 入船山の 記念館 旧東郷家 離れを移築(入船山記念館)

軍港の 面影呉に 残すかな 入船山の 番兵塔(ばんぺいとう)も(同上)

重文の 旧呉(ちん)(じゅ)() 司令官 官舎の二棟 洋館和館(同上)

洋館は イギリス風の 二階建て ハーフデンバー 明治再現(同上)

鎮守府の 長官室で ふと思う 日露戦争 勝利の祝い(同上)

軍人の 夢の一つは 食堂で 豪華な食事 口にすること(同上)

平屋建て 和館は質素 数寄屋風 内玄関の 引き戸に障子(同上)

海軍も (おか)に上がれば 河童なり 座敷に住めば 居心地悪く(同上)

洋館と 廊下で和館 結ばれて 赤ジュータンが 座敷の前に(同上)

記念館 三千六百 坪の中 庭園もあり 散策に良し(同上)

宮川の 粋な大橋 渡り行く 重伝建の 津山城東(宮川大橋)

城東の 出雲街道 商家町 新たに見える 電柱と道(城東の風景)

城下町 津山城東 町割りは 江戸中期頃 形成されて(同上)

大町家 旧苅田家は 塔屋付き 江戸後期築 造り酒屋で(旧苅田家住宅)

木造の 火の見櫓が 町角に 思い出すかな 寅さんロケ地(城東の風景)

土蔵には だんじり四基 展示され 津山だんじり 二十八基と(だんじり展示館)

気を遣い 家のエアコン (しつ)(がい)() 板張り化粧 町家の屋根に(城東の風景)

町並みは 二百七十 棟数で 近世以降 六割ほどと(同上)

国史跡 ()(つくり)(げん)() 旧宅は 江戸中期築 平屋平入り(箕作阮甫旧宅)

津山藩 阮甫は藩医 蘭学者 幕末頃は 通訳となり(同上)

旧商家 城東むかし 町屋へと 名称変えて 一般公開(城東むかし町屋)

公開は 旧梶村家 住宅で 主屋は二階 江戸末期築(同上)

切妻の 二重の屋根に 庭園が 大正期築 奥座敷とか(同上)

梶村家 両替商で 津山藩 藩札元で 栄華が居間に(同上)

()(ぐさ)(のや) 昭和初期築 茶室なり 当主の趣味は 昔話に(同上)

両側の 電柱道を 狭くする 便利と不便 重伝建に(城東の景観)

市庁舎は 博物館に 移行する 昭和前期の コンクリ三階(津山郷土博物館)

洋館の 基督(きりすと)(きょう)の 図書館は 大正期築 木造三階(津山基督教図書館)

津山藩 森(なが)(つぐ)の 置き土産 (しゅう)楽園(らくえん)は 仙洞御所似(衆楽園/歴史的名所44) 60

庭園は 八千五百 坪もあり 池泉回遊 国の名勝(同上)

()(ほう)(かく) 入母屋茅葺き 二階建て 江戸期の建屋 解体復元(同上)

大池の 南の池に 足りぬもの 四島めぐる 木造小船(同上)

(みや)(とこ)に 伊達一門の 宝蔵(たからぐら) 江戸文化期に 村興しせし(宮床宝蔵)

明治期の 伊達家住宅 町が得て 茅の屋敷を 移築復元(同上)

国史跡 菅田菴(かんでんあん)は 名勝で 建屋重文 江戸中期築(松江菅田菴)

風流な 松平()(まい) 築造で 拝観不可と 知らず訪ねる(同上)

注意書き 撮影禁止と 記されて 個人の所有 融通利かず(同上)

荒木家は 社家の住宅 重文で 茅葺き屋根の 寄棟造り(荒木家住宅)

現在も 住居に使用 荒木家は 外観のみの 見学となり(同上)

庄原に 重文民家 めぐる旅 茅葺き屋根は 最愛の家(堀江家住宅)

重文の 堀江家住宅 茅葺きの 寄棟造り 江戸中期築(同上)

安来市の 足立美術館 日本一 面積及び 来客数で(足立美術館)

実業家 足立全康(ぜんこう) 開設で 庭園設計 中根金作(同上)

庭以外 美術コレクション 二千点 横山大観 百二十点(同上)

庭園は 一万三千 坪もあり 総面積は 五万坪とか(同上)

長屋門 小泉()(くも) 記念館 昭和八年 開設されて(小泉八雲記念館)

国史跡 小泉八雲 旧居には 四十年ぶり 再訪となる(小泉八雲旧居)

八雲宅 江戸後期築 武家屋敷 女中のセツと 半年暮らす(同上)

長屋門 (しお)()(なわ)()の 武家屋敷 江戸中期築 主屋は平屋(松江武家屋敷/歴史的名所45)

城下町 塩見縄手の 道のべに 明々庵の 石段上る(明々庵)

三度目の 古庵は移築 繰り返し 塩見縄手に 落ち着くことに(同上)

茅葺きの 入母屋造り 妻入りの ()(まい)(こう)作 茶室は優美(同上)

切妻の 百草亭も 妻入りで 昭和中期に 新築されて(同上)

広島市 郷土資料館 レンガ造 旧陸軍の 缶詰工場(広島市郷土資料館)

工場は 糧秣(りょうまつ)()(しょう)と 称されて 軍需食糧 一部生産(同上)

平屋建て 寄棟造り コの字型 明治後期の 和洋折衷(同上)

久々の 倉敷アイビー スクエアは ホテル店舗に 形態変えて(倉敷アイビースクエア)

寄棟の 洋館風の 二階建て オルゴールミュゼ 博物館に(同上)

倉敷は 天領であり 代官所 工場跡に 井戸のみ残る(同上)

旧倉庫 明治中期の レンガ造 ホテル四棟 百四十室(同上)

並び建つ ホテル外壁 蔦だらけ 工場時代 省エネのため(同上)

倉敷の (つる)形山(がたやま)の 阿智(あち)神社 古代陰陽 石組ありき(倉敷阿智神社)

斎館は 商家別荘 移築した 切妻造り 片側二階(同上)

倉敷に 重伝建の 美観地区 旅館鶴形 江戸中期築(旅館鶴形)

旧商家 吉井旅館は 聞くところ 坂本龍馬 ゆかりの部屋が(吉井旅館)

入母屋の 土蔵平入り 呉服店 明治初期築 人力車行く(はしまや呉服店)

十六屋 難波家本宅 小路の角 明治後期の 土蔵平入り(難波家本宅)

大橋家 住宅四棟 重文で 江戸後期築 新興商家(大橋家住宅)

表門 切妻造り 二階建て 間口七間 長屋門なり(同上)

米蔵は 土蔵造り 二階建て 白壁の中 ナマコあしらい(同上)

大橋家 庄屋を兼ねた 豪商で 集めた家宝 主屋に展示(同上)

違和感は 畳に敷いた ジュウタンの 居間に置かれた テーブルとイス(同上)

新座敷 切妻造り 段違い 田の字の部屋の 奥に内蔵(同上)

新田と 塩田開き 財を成し 栄華の過去を 米蔵に見る(同上/歴史的名所46) 60

倉敷の 新渓園は 二千坪 明治中期の 大原別荘(新渓園)

別荘の 敬倹堂(けいけんどう)は 平屋建て 数寄屋造りに 五十六畳間(同上)

本館は 昭和初期築 ギリシャ風 イオニア式の 円柱高く(大原美術館)

倉敷の 旧大原家 住宅は 十棟ほどが 国の重文(旧大原家住宅)

大原家 六百余坪 邸宅は 江戸後期から 大正期築(同上)

緑色の 瓦の屋根が 石橋に 有隣荘は 異彩を放つ(有隣荘)

洋風の 旧銀行は 石張りで 大正期築 木造二階(旧中国銀行)

倉敷は 明治以降に 飛躍する 大原家による 事業が多く(同上)

井上家 主屋現在 工事中 白いシートが 重文覆い(井上家住宅)

町家では 倉敷最古 井上家 江戸中期築 入母屋造り(同上)

(した)屋敷 庭園訪ね 小倉城 平成十年 復元されて(小倉城庭園)

旧園は 五代小笠原 (ただ)(みつ)が 江戸中期作 池泉回遊(同上)

庭園は 浮見の庭と 称されて 小島へ渡る 木橋架けられ(同上)

書院には 上段の間も 復元し 殿様座する 姿想像(同上)

天守閣 庭園の上 聳え建ち 借景とする 下屋敷かな(同上)

別棟(べつむね)に 常設企画 展示館 今回展示 式包丁で(同上)

重文は 地下一階の 二階建て 旧門司三井 倶楽部(くらぶ)本館(旧三井倶楽部本館)

本館は 切妻屋根が 十一も 一ヶ所だけが (はかま)(こし)屋根(同上)

二階には 大正時代 来日の アインシュタイン 宿泊室が(同上)

地下二階 地上二階に 塔屋付き 大阪商船 旧門司支店(旧大阪商船)

洋館の 八角塔屋 門司港に シンボルタワー 大正期築(同上)

シンメトリ 旧門司税関 二階建て 明治末期築 ルネサンス調(旧門司税関)

税関は 倉庫に使用後 荒廃し 平成初期に 大改修を(同上)

松山の 秋山兄弟 生誕地 平成中期 住居復元(秋山兄弟生誕地)

生誕地 秋山好古(よしふる) 騎馬像が 上り行くかな 坂の上の雲(同上)

広島の 原爆死没者 慰霊碑は 原爆ドーム 望むアーチで(原爆死没者慰霊碑)

広島の 中国庭園 ()()(えん)は 日中友好 記念の施設(渝華園)

庭園は 池泉回遊 五百坪 門と東屋 五棟が並ぶ(同上)

並び建つ 建屋の木部 弁柄で 潜る回廊 タイムトンネル(同上/歴史的名所47) 60

松本や 博物館など 数多あり めぐり歩くと 三日は要す(旧司祭館)

教会の 旧司祭館 二階建て 明治中期の コロニアル調(同上)

旧開智 学校校舎 重文に 明治前期の 小学校で(旧開智学校)

擬洋館 間口二十間 シンメトリ 玄関二階 八角塔屋(同上)

学校は 四十年ふり 訪ねたり 当時はカメラ 買えぬ身分で(同上)

松本は 弘前類似の 城下町 県庁誘致 互いに破れ(同上)

講堂は ジュータン敷きに シャンデリア 校舎にしては 極めて豪華(同上)

階段も 明治天皇 上りしか 明治は遠く 成らぬ思いも(同上)

高橋家 住宅見れば 武家屋敷 江戸中期築 石置き平屋(高橋家住宅)

五十石 中級武士の 高橋家 質素な座敷 床の間は無く(同上)

松本の あがたの森の 公園は 一万八千 坪と広大(あがたの森公園)

旧制の 松本高校 本館は 大正期築 国の重文(旧制松本高校本館)

本館は 木造二階 コの字形 玄関上は 駒形破風で(同上)

長廊下 雑巾がけの 姿なく 校舎の維持は ままならぬかと(同上)

内壁は 白漆喰に まとめられ 床は校舎で 色分けられて(同上)

講堂は 切妻造り 重文で 一部二階の 採光小屋根(旧松本高校講堂)

真っ白な ヒマラヤスギの シダーローズ 松ぼっくりと 通称されて(あがたの森公園)

公園に 池泉回遊 庭園も 美ヶ原 借景として(同上)

大池に 浮かぶ小島は 立石で 浄土庭園 思わす眺め(同上)

琴平の 公会堂に 目を見張る 昭和初期築 裳階の平屋(琴平町公会堂)

金丸座 ()刀比(とひ)()(ぐう)の 芝居小屋 江戸後期築 日本最古で(旧金毘羅大芝居)

金丸座 切妻造り 重文で 正面妻に 櫓を備え(同上)

芝居小屋 十三間余 間口あり 奥行き稀有な 二十四間余(同上)

江戸の人 (こん)()()参り 済ませたら 金丸座にて 芝居見物(同上)

高さでは 高灯籠の 日本一 江戸後期築 国の重文(琴平高灯籠/歴史的名所48) 60

石垣に 高灯籠は 袴腰 宝形造り 極めて優美(同上)

丸亀の 万象(ばんしょう)(えん)は 江戸前期 京極氏築 大名庭園(中津万象園)

庭園は 一万五千 坪もあり 築山池泉 回遊式で(同上)

園内に 絵画陶器の 美術館 本館以外 三棟も建つ(同上)

本館は 寄棟L字 二階建て 近年築の コンクリート造(同上)

レストラン 懐風亭は 寄棟で 近江八景 模したる池に(同上)

庭内は 千五百本 松の木で 古き松原 面影残す(同上)

名松の 千代の傘松 優美なり 三百年も 仕立てた形(同上)

茅葺きの 入母屋造り 庇付き (おも)()は茶室 江戸前期築(同上)

琵琶湖上 (ちく)()(しま)模し 鐘の島 弁財天を 祠に祀る(同上)

寄棟の (しょう)(はん)(てい)は 四畳半 台目の茶室 拝観できず(同上)

ひいな館 ひな人形の 展示かと 中に入ると 予想が外れ(同上)

陶器館 ひいな館とも 平屋建て 松の景観 残したままに(同上)

柿本(かきのもと) (ひと)()()の歌碑 トイレ側 讃岐で詠んだ 和歌を漢字で(同上)

石垣に 高く聳える (しん)()(ろう) 明治初期築 今は時計台(出石辰鼓楼)

辰鼓楼 出石(いずし)の城下 町並みで 重伝建の シンボルタワー(同上)

切妻の 大きな屋根の 二階建て 花屋えひすや 街角に建つ(出石えびすや)

出石藩 家老屋敷 長屋門 入母屋造り 江戸後期築(出石家老屋敷)

出石(ちょう) 家老屋敷を 譲り受け 平成二年 資料館へと(同上)

手間暇を 考えてみれば 高からず 人の織りなす 錦の着物(同上)

出石藩 お家騒動 中心者 仙石左京 屋敷の主で(同上)

武家屋敷 町家過ぎたら 寺も建ち 渾然とする 出石の城下(出石福成寺)

二階建て 永楽館は 芝居小屋 明治後期の 入母屋造り(出石永楽館)

劇場は 昭和中期に 閉館し 平成中期 市が復元す(同上)

人力の 廻り舞台 そのままに セリの昇降 また人力で(同上/歴史的名所49) 60

見回れば 舞台の袖に 太夫座と 囃子場があり 裏方を知る(同上)

入口の (かん)(てい)(りゅう)の 看板に 馴染の薄い 江戸文字を見る(同上)

全国で 十六ヶ所の 芝居小屋 永楽館は 近畿唯一(同上)

大火災 明治前期に 発生し 町家の多く それ以降築(出石の風景)

出石そば 楼閣風の 田中屋は 入母屋造り 赤土の壁(出石田中屋)

江戸中期 出石酒造は 創業と 町家の店舗 越屋根付きで(出石酒造)

珍しき 旧郡役所 擬洋館 明治後期の 平屋と二階(出石明治館)

外壁は 下見板張り 水色で 旧城下町 異彩を放つ(同上)

(ひがし)()() 山村集落 落合は 重伝建の 古民家多く(東祖谷落合)

坂道に 茅葺き家屋 並び建つ 宿泊施設 晴耕雨読(同上)

寄棟の 旧長岡家 住宅は 主屋晴耕 隠居屋雨読(同上)

新居浜 旧広瀬邸 七棟は 明治期築の 国の重文(旧広瀬邸)

建つ主屋 入母屋造り 数寄屋風 平屋と二階 桟瓦葺き(同上)

広瀬氏は 住友本家 支配人 別子銅山 近代化して(同上)

二階の間 望煙楼と 称されて 眼下に桜 新居浜見え(同上)

風呂があり トイレは洒落た 洋便器 望煙楼は 迎賓室で(同上)

寄棟の 離れは一部 二階建て 書生住まわす 部屋も付属し(同上)

三之瀬の (しょう)(とう)(えん)の 開園は 平成二年 蒲刈(かまがり)(じま)に(松濤園)

切妻の 旧()(がみ)邸 平入りで 江戸末期築 陶磁器館に(同上)

切妻の 旧有川邸 平入りで 明治中期築 御馳走館に(同上)

朝鮮の 通信使たち 寄港して 島の御馳走 一番と褒め(同上)

移築した 有川邸の 部屋豪華 富山砺波の 商家と伝え(同上)

入母屋の 旧吉田邸 蔵造り 江戸中期築 あかりの(やかた)(同上)

上関(かみのせき) 造り酒屋の 吉田邸 移築の中で 最大の規模(同上)

邸内に ランプローソク 様々に 展示されたり テーマはあかり(同上)

庭園の 枯山水の 配石は 雪見灯籠 一基に押され(同上/歴史的名所50) 61

三之瀬に 蒲刈島の 御番所を 松濤園に 再現をする(同上)

御番所は 入母屋造り 裳階付き 広島藩の 警護を偲ぶ(同上)

三之瀬の 白雪楼(はくせつろう)は 竹原の 頼家(らいけ)の建屋 近年移築(白雪楼)

そもそもは 備後沼隈(ぬまくま) 豪農が 学び舎として 江戸末期築(同上)

上関 国の重文 ()(かい)(ろう) 明治前期の 木造四階(室津四階楼)

四階楼 廻船問屋 ()(がた)氏が 迎賓館を 室津に建てる(同上)

寄棟の 四階の左右 切妻の 妻と平入り 二階寄り添う(同上)

三階の 和室六畳 正面に 豪華な(こて)() 唐獅子牡丹(同上)

三階は 茶室を備え 床の間に 室生犀星 詩の掛軸が(同上)

四階は 和洋折衷 大広間 ステンドグラス 鳳凰鏝絵(同上)

徳島の 阿波国分寺 庭園は 枯山水の 回遊式で(阿波国分寺)

庭園は 桃山時代 作庭で 国の名勝 阿波国分寺(同上)

御厨人窟(みくろど)は 沙門(にょ)(くう)の 修行の場 空と海のみ 眺め法名に(御厨人窟)

洞窟は 海蝕洞で もう一つ 神明窟(しんめいくつ)は やや小さめに(同上)

四国村 昭和後期 開園で 江戸から明治 古民家移築(四国村)

小豆島 農村歌舞伎 舞台小屋 茅の寄棟 江戸末期築(同上)

切妻の 三崎の()(そう) 平屋建て 江戸後期築 土佐より移築(同上)

福井家の 石蔵平屋 瓦屋根 明治中期の 和洋折衷(同上)

切妻の 旧丸亀藩 御用蔵 江戸後期築 平屋の土蔵(同上)

河野家 住宅国の 重文で 江戸中期築 茅の入母屋(同上)

冨木田家 砂糖しめ小屋 丸い屋根 明治初期築 赤土壁で(同上)

宮崎家 砂糖しめ小屋 丸いのは 石臼回す 牛を考え(同上)

寄棟の 茅葺き屋根の ()(どう)には 遍路の無事を 見守る地蔵(同上)

毒ガスの 旧大久野島(おおくのしま) 灯台は 明治中期の 白い石造(同上)

石造り 鍋島灯台 退息所 明治初期築 洋館風で(同上)

淡路島 江埼灯台 退息所 明治初期築 地震後移築(同上)

クダコ(じま) 灯台に建つ 退息所 明治中期は 和風に変わり(同上)

山下家 住宅茅の 寄棟で 江戸後期築 ()(みょう)の農家(同上)

(しも)()家の 住宅国の 重文で 江戸後期築 茅の寄棟(同上/歴史的名所51) 61

中石家 住宅祖谷の 豪農で 主屋隠居屋 納屋一列に(同上)

三棟は 寄棟造り 茅葺きで 江戸後期築 主屋は豪華(同上)

切妻の 前田家土蔵 番屋付き 明治後期の 土佐の豪農(同上)

異人館 コロニア調の 二階建て 明治後期に 神戸に建てられ(同上)

重文の 旧厚狭(あさ)毛利家 萩屋敷 入母屋長屋 江戸後期築(旧厚狭毛利家萩屋敷長屋)

萩屋敷 四十年ぶり 再訪で 大河ドラマの 花燃ゆ知らず(同上)

武家屋敷 (くち)()家住宅 重文で 江戸末期築 入母屋造り(口羽家住宅)

口羽家は 千石取りの 重臣で 台所には 釜戸三つも(同上)

萩城下 重伝建の 堀内(ほりうち)で 極めて優美 口羽家の門(同上)

堀内に 旧二宮家 長屋門 江戸後期築 入母屋造り(旧二宮家長屋門)

二宮家 普請奉行の 家柄で 約九百石 上級藩士(同上)

面白き 旧梨羽(なしば)家の 表門 左は垣根 右築地塀(旧梨羽家書院)

梨羽家は 約七百石 萩藩士 現存書院 江戸後期築(同上)

土塀のみ (とい)()益田氏 旧宅に 四千石の 萩藩家老(問田益田氏旧宅土塀)

志士の名が 殿様よりも 偉くなり 萩観光は その生家かな(木戸孝允誕生地)

国史跡 木戸孝允の 誕生地 平屋と二階 旧宅残る(同上)

身分より 生家は広い 武家屋敷 一階十室 二階は二室(同上)

萩の町 明治維新の 激動を 随所に残す 歴史の宝庫(萩城城下町碑)

金蔵(きんぞう)は 切妻造り 二階建て 江戸後期築 なまこ腰壁(菊屋家住宅)

豪商の (きく)()()主屋 切妻で 江戸中期築 大型町家(同上)

庭園は 二ヶ所に分れ 一ヶ所の 池泉庭園 非公開エリア(同上)

金蔵の 白壁の前 対比的 赤土壁の 釜場建つなり(同上)

切妻の 旧久保田家の 住宅は 明治初期築 町家造りで(旧久保家住宅/歴史的名所52)

久保田家は 近江商人 萩に来て 呉服商から 造り酒屋に(同上)

向かい合う 菊屋家邸と 大違い 新参者の 庭は小さく(同上)

萩城下 イヌマキ多く 植えられて 三百年の 樹齢のマキも(萩堀内の風景)

浜崎は 重伝建の 港町 旧山村家 住宅公開(旧山村家住宅)

山村家 主屋二棟に 蔵二棟 江戸後期築 大型町家(同上)

住宅は 平成中期 市に寄贈 浜崎町並み 交流館に(同上)

浜崎は 北前船の 寄港地で 面影偲ぶ 鶴江の渡し(浜崎の風景)

入母屋の 楼閣風の 某町家 案内板の 無きが淋しき(同上)

国史跡 旧萩藩の ()(ふな)(ぐら) 探し出せずに 未練が残る(同上)

奥座敷 梅屋七兵衛 旧宅は 明治前期の 寄棟平屋(梅屋七兵衛旧宅)

七兵衛は 造り酒屋で 武器商も その旧宅は 隠居の建屋(同上)

国史跡 伊藤博文 旧宅は 江戸後期築 茅葺き平屋(伊藤博文旧宅)

博文が 十三年を 過す家 二十九坪 そこから首相(同上)

隣地には 東京別邸 移築され 出世の跡を 比較するかな(旧伊藤博文別邸)

別邸は 明治後期の 建築で 暗殺される 二年前の事(同上)

大磯の 本邸以外 博文は 別荘別邸 三ヶ所残す(同上)

茅葺きの 玉木文之進 旧宅は 松下村塾 発祥の家(玉木文之進旧宅)

哀れかな 松陰の叔父 文之進 萩の乱後に 責め負い自刃(同上)

(はな)()ゆの 大河ドラマで 有名に ()(とり)素彦 旧宅地見る(楫取素彦旧宅地)

城外の 旧湯川家は 武家屋敷 江戸末期築 平屋重なる(旧湯川家屋敷)

湯川家は 二十三石 萩藩士 (あい)()(がわ)沿い 屋敷を構え(同上)

平安(ひら)()地区 重伝建に 含まれて 桂太郎の 旧宅も建つ(桂太郎旧宅)

入母屋の 主屋は簡素 平屋建て 明治末期に 再建されて(同上)

庭園に 桂太郎の 像が立つ 我家に錦 飾るも可笑し(同上)

英傑は 先に先にと 死んでゆく 維新前後の 萩藩哀れ(明倫館跡)

入母屋の 明倫学舎 本館は 昭和前期の 小学校で(旧明倫小学校)

江戸中期 明倫館は 創立す 有備館では 剣術修練(有備館/歴史的名所53) 61

南門(なんもん)は 江戸後期築 薬医門 明倫館の 扁額掲げ(明倫館跡)

藩校の 明倫館の 出身者 明治維新の 原動力に(同上)

教育は 藩の要で 全国に 三百近く 藩校はあり(同上)

往時には 一万五千 坪の中 一万余坪 建物並び(同上)

国史跡 明倫館の 由来碑は 六代藩主 宗広建立(同上)

木造の 校舎四棟 二階建て 並ぶ景観 日本唯一(旧明倫小学校)

寄棟の 赤瓦葺き 外壁は 下見板張り (しら)()のままで(同上)

真新し 高杉晋作 立志像 誕生地側 侍姿で(高杉晋作像)

風雲児 高杉晋作 誕生地 菊屋横丁 通りに残る(高杉晋作誕生地)

高杉家 長州藩の (おお)(ぐみ)() 同じ桂家 超える二百石(同上)

風流な 一面残す 強面(こわもて)も 二十七歳 病魔に勝てず(同上)

元首相 田中()(いち)の 別邸は 土塀構えた 立派な屋敷(旧田中別邸)

入母屋の 主屋は平屋 書院風 長州藩士 江戸末期築(同上)

()(しょう)(かく) 入母屋造り 二階建て 昭和二年に 義一増築(同上)

若死には 哀れと思う 志士たちの 頭の中を 問いてもみたき(久坂玄端生誕地)

入母屋の 旧児玉家の 長屋門 武家に珍し なまこ腰壁(旧児玉家長屋門)

児玉家は 二千二百石 家老職 平安古総門に 屋敷を構え(同上)

総門に 大野毛利家 隅矢倉 復元されて 博物館に(大野毛利家隅矢倉)

山口の 香山(こうざん)公園 一画に 枕流亭(ちんりゅうてい)は 昭和期移築(枕流亭)

歴史的 薩長同盟 成立は 枕流亭で 密談重ね(同上)

園内に 毛利(たか)(ちか) 顕彰碑 明治天皇 偉業を称え(香山公園)

擬洋館 古き河村 写真館 木造二階 宝形塔屋(河村写真館)

予期もせぬ 西田()()(ろう) 旧居見る 教師時代に 山口に住み(西田幾多郎旧居)

(まん)(だい)() (じっ)朋亭(ぽうてい)は その離れ 数寄屋造りは 二階増築(十朋亭)

萬代家 醤油醸造 豪商で 明治中期の 主屋が残る(同上)

幕末に 藩庁萩から 山口に 十朋亭を 宿舎に利用(同上)

山口の 旧野村家の 住宅は 明治中期の 造り酒屋で(旧野村家住宅)

白壁の 切妻の屋根 段違い 主屋は町家 二階虫籠窓(同上)

切妻の 茶室の屋根は 裳階付き 野暮な土塀が 庭を遮り(同上/歴史的名所54) 61

山口の ザビエル記念 聖堂は 白亜の三角 塔二基が建つ(ザビエル記念聖堂)

美しき 聖堂見渡す 丘の上 平和の鐘は 世界に()()と(同上)

寄棟の 村田清風 記念館 平成中期 和風で建てて(村田清風記念館)

記念館 長門の気風 知る展示 村田清風 周布(すふ)政之助(同上)

国史跡 村田清風 旧宅は 三隅山荘 生家隠居所(三隅山荘)

入母屋の 主屋は平屋 茅葺きで 軒は瓦の 江戸後期築(同上)

紙に米 塩と(はぜ)(ろう) (よん)(ぱく)の 増産奨励 清風の功(同上)

清風は 敬親公が 重用(ちょうよう)し 五十石から 百六十石(同上)

結核で 高杉晋作 死去すると 東行(とうぎょう)(あん)が 墓地に建てられ(東行庵)

晋作は 西行法師 意識して 東行名乗り 文才磨く(同上)

旧城下 長府毛利邸 造営は 明治後期に (あん)在所(ざいしょ)兼ね(長府毛利邸)

邸内は 三千坪に 邸宅と 茶室備えた 日本庭園(同上)

幕末の 長府毛利家 五万石 邸宅の主 最後の藩主(同上)

八畳間 豪華床ノ間 行在所 畳の上に 赤ジュータンが(同上)

主庭園 池泉回遊 主屋奥 名勝指定 及ばぬ眺め(同上)

土蔵には 毛利家当主 肖像画 展示がされる 場所が淋しき(同上)

寄棟の 主屋は平屋の 裳階付き 中庭囲い 附室が続く(同上)

中庭の 木々は屋根より 高く伸び 作庭当時 思い観るかな(同上)

永沼家 住宅国の 重文で 豊前みやこの 山里に建つ(永沼家住宅)

住宅は 入母屋造り 茅葺きで 江戸後期築 平屋平入り(同上)

佐賀にある (こう)()公園 庭園は 鍋島藩主 旧別荘で(神野公園)

庭園に 江藤新平 像が立つ 業績よりも 佐賀の乱かな(同上)

大池の 築堤珍し 遊歩道 ハトも一緒に 前を行くなり(同上/歴史的名所55) 61

庭園は 鍋島直正 造営で 江戸弘化期の 神野のお茶屋(同上)

曲り屋の 隔林亭は 茅葺きで 平成五年 池に復元(同上)

寄棟の お茶屋は平屋 茅葺きで 江戸後期築 二棟が並ぶ(同上)

重文の 武雄温泉 楼門は 大正期築 竜宮門で(武雄温泉楼門)

本館も 楼門同様 重文で 辰野金吾の 設計による(武雄温泉本館)

入母屋の 平入り二階 シンメトリ 白壁区切る 朱塗りの木部(同上)

長崎の 亀山社中 記念館 平成中期 復元公開(亀山社中の跡)

長崎の ラウンドマーク (いな)()(やま) 今夜の夜景 如何なるものか(同上・展望所)

国史跡 咸宜(かんぎ)(えん)跡 江戸後期 広瀬(たん)(そう) 日田(ひた)に開塾(咸宜園跡)

咸宜園 日本最大 私塾なり 全国各地 塾生集い(同上)

入母屋の 秋風庵は 茅葺きで 江戸後期築 玄関付きで(同上)

塾生の 高野長英 名を聞くと みちのく遥か 来た驚きが(同上)

豆田町(まめだまち) 重伝建の 商家町 自由な気風 幕府領かな(日田豆田町)

()鹿()()(やき) 地元の陶器 売る店は 入母屋平入り 白壁土蔵(同上・大原)

(なが)町家 商店街は 店を閉じ 哀れなるかな 一蓮托生(同上)

大壁の 草野家住宅 重文で 江戸中期築 旧造り酒屋(草野家住宅)

草野家は 掛屋庄屋も 務めたり 明治期以降 町に電気を(同上)

()(ざん)(てい) 旧料亭の 懐古館 寄棟二階 江戸後期築(市山亭懐古館)

黄土色 旧酒蔵が 二棟建ち 切妻造り 大正期築(式場紙音)

御幸橋 渡り眺める ()(げつ)(がわ) 天領日田の 旅の終わりに(御幸橋)

湯浅町 熊野古道の 宿場町 重伝建の 町並み残り(紀伊路湯浅)

麹屋の 切妻屋根は 段違い 丸虫籠窓 明治前期築(津浦家住宅/歴史的名所56) 61

平入りの 金山寺(きんざんじ)味噌 店舗建つ 平屋の町家 江戸末期築(金山寺味噌店)

角長は 江戸天保期 創業で 主屋や蔵が 十一棟も(角長醤油店)

格子には 昔の小物 展示して 町家全体 せいろミュージアム(同上)

尾道の 爽籟(そうらい)(けん)の 庭園は 豪商別荘 江戸後期作(爽籟軒庭園)

見渡せば 小さな池泉 回遊で 二百六十 坪の庭園(同上)

(みょう)()(あん) 大山崎の (みょう)()(あん) (たい)(あん)写し 江戸後期築(同上)

立石に 横石組んだ 水の口 潮の干満 石に現れ(同上)

倉吉の 打吹山(うつぶきやま)に 鐘と笛 天女伝説 羽衣(はごろも)(いけ)に(打吹公園)

公園の 池泉回遊 庭合わせ 長岡安平(やすへい) 大正期作(同上)

倉吉の 赤瓦屋根 商家町 重伝建の 打吹玉川(倉吉打吹玉川)

切妻の 元帥酒造 本店は 明治初期築 赤瓦屋根(元帥酒造本店)

ひわだ屋の 軒に杉玉 掲げられ 主屋は町家 江戸後期築(高田酒造)

豪商の 淀屋牧田家 住宅は 江戸中期築 倉吉最古(倉吉淀屋)

驚異的 百兆円を 牧田家は 嘘か真か 大名に貸し(同上)

大蓮寺 法界門に 浄土宗 桃山時代 創建されて(大蓮寺)

楼門を 潜れば異様 モスク風 昭和中期の 本堂が建ち(同上)

赤瓦 一号館は 長大な 切妻土蔵 大正期築(赤瓦一号館)

醤油蔵 一号館は 土産屋で 赤褐色の 土壁も良く(同上)

白壁に 焼き杉板の 腰壁が 打吹玉川 蔵の特徴(中野竹藝)

木造の 三階建ての 家を見る 入母屋屋根の 楼閣構え(玉川の景観)

宝形の 角正面の 蔵造り 明治後期の 旧銀行で(倉吉大店会)

予期もせず 大岳院(だいかくいん)で めぐり会う 里見忠義 八賢士(はか)(大岳院)

倉吉は 鳥取藩の 支配地で 家老荒尾氏 陣屋を築き(倉吉陣屋跡)

擬洋館 レトロな喫茶 (コン)智恵流(チェル)() 白亜の二階 町角に建つ(混智恵流都)

久々に 新宿御苑 訪ねれば 門は何処かと 迷う有様(新宿御苑/歴史的名所57) 61

江戸時代 高遠藩の 下屋敷 玉川園の 面影池に(同上)

園内は 日本庭園 イギリスと フランスの庭 和洋組合せ(同上)

面積は 十七万余 坪もあり 明治末期に 開園されて(同上)

いつの間に 重伝建に 指定され 脚光浴びる 増田の町よ(旧石田理吉家)

旧石田 ()(きち)()主屋 入母屋で 昭和前期の 木造三階(同上)

理吉家は 造り酒屋で 戦後から 病院を建て 地域支える(同上)

蔵の駅 旧石平家 金物屋 明治中期の 切妻二階(蔵の駅)

半切妻の 屋根珍しき 商店も 明治の主屋 戦後改修(山中吉助商店)

日の丸は 江戸元禄期 創業の 唯一残る 造り酒屋で(日の丸醸造)

文化財 指定の家屋 五十棟 意外に思う 地元の増田(増田の景観)

擬洋館 壁は石張り 二階建て 珈琲豆屋 猫八堂に(珈琲豆屋猫八堂)

大地主 小泉五兵衛 漆蔵(うるしぐら) 大正期築 資料館となり(佐藤養助商店漆蔵資料館)

角館 雪景色見んと 武家屋敷 道路は乾き 箱そりも無く(武家屋敷通り)

青柳家 三千坪の 庭園は 草木が眠り 雪落ちる音(青柳家)

石黒家 赤いコートの 女性立つ 雪の上では 優美に見える(石黒家)

山形の 旧済生館(さいせいかん) 本館は 明治初期築 国の重文(旧済生館本館)

本館は 十六角形 二階から 四階塔屋 八角形に(同上)

一階は ドーナツ状の 回廊で 写真や資料 全面展示(同上)

山形市 郷土館へと 名を変えて 済生館は 再生される(同上)

病院の 済生館は 明治期の お雇い外人 医者の資料も(同上)

本館は ()(じょう)公園に 移築され 昭和中期の 新たな天守(同上/歴史的名所58) 62

猿ヶ京 関所の跡に 冠木門 三国峠の 上野(こうづけ)側に(猿ヶ京関所跡)

関所には 茅の入母屋 資料館 江戸前期築 旧役宅で(同上)

熊谷の 星渓(せいけい)(えん)は 明治初期 竹井澹如(たんじょ)が 別邸に築く(星渓園)

庭園は 池泉回遊 千坪で 建屋三棟 入口に建つ(同上)

庭の奥 枯山水の 石組みは 水を流せる 小石を敷いて(同上)

入母屋の 積翠閣は 高床で 澹如長男 昭和初期築(同上)

旧秋田 銀行本店 本館は 大正元年 レンガで造り(旧秋田銀行本店本館)

外観は ルネサンス風 二階建て 内部は豪華 バロック調で(同上)

本館は 赤れんが館と 改称し 郷土の歴史 資料を展示(同上)

シャンテリア 見る度思う 地震時に 落下しないか 心配になる(同上)

大町の 旧金子家の 住宅は 江戸後期築 切妻二階(旧金子家住宅)

金子家は 質屋に始まる 呉服屋で 主屋と土蔵 通りに残る(同上)

重文の 旧黒澤家 住宅は 久保田城下に 江戸後期築(旧黒澤家住宅)

黒澤家 五百石取り 武家屋敷 昭和末期に 公園へ移築(同上)

小座の間の 畳の下に掘り(いろり) 北国らしき 家の造りで(同上)

湯殿では 床の板張り 溝を設け 勾配付けた 工夫の跡が(同上)

白壁の 土蔵の屋根は 石を置く 切妻二階 江戸末期築(同上)

米蔵は 黒い板倉 柿葺き 隣りの木小屋 また黒塗りで(同上)

秋田には 旧家の遺構 数多あり 探して歩く 楽しみ深く(坂本東嶽邸)

仙北の 坂本東嶽(とうがく) 邸宅は 明治後期の 政治家の家(同上)

切妻に 越屋根載せた 二階建て 平入り主屋 玄関優美(同上)

重文の 旧篠原(しのはら)家 住宅は 明治中期の 土蔵の店舗(旧篠原家住宅)

篠原家 江戸末期から 醤油店 土蔵四棟 屋敷に残す(同上)

新蔵(しんぐら)は 二階の壁が 黒塗りで 頑丈そうな 大谷石張り(同上/歴史的名所59) 62

昨日は 外観のみの 見物で 今日はゆっくり 内部見学(同上)

座敷前 縁なし畳 六畳間 帳場の隣り 電話設置と(同上)

机には ラジオとテレビ 時計置く 行き場失う 昭和の暮らし(同上)

篠原家 地主でもあり 大正期 百五十人 小作を抱え(同上)

栃木市の ()()衛門(もん)(ちょう)の 町並みは 重伝教の 在郷(ざいごう)(まち)で(栃木嘉右衛門町)

(うず)波川(まがわ) 遊覧船に 乗り遅れ 指をくわえつ 行く舟を見る(同上)

川沿いの 塚田家屋敷 建屋群 千二百坪 伝承館に(塚田歴史伝承館)

塚田家 廻船問屋 豪商で 展示館には 骨董数多(同上)

真っ白な 七福人の 宝船 金の屏風絵 手前に展示(同上)

別荘は 数寄屋造りの 隠居所で 枯山水の 庭を備えて(同上)

ひょっとこの 躍り人形 山車の前 ロボットでなく あまり驚かず(同上)

質商の 旧坂倉家 江戸期築 主屋と土蔵 参考館に(郷土参考館)

蔵の中 改修されて 真新し 郷土の歴史 資料を展示(同上)

一階の 庇が長き 商家建つ 切妻造り 色まちまちに(阿部呉服店)

蔵の街 観光館の 切妻の 屋根は重厚 三倍ほどで(蔵の街観光館)

平入りの かな半旅館 旅籠風 嘉右衛門町は 宿場町でも(かな半旅館)

江戸期築 古久(こく)(いそ)提灯 ()()(ぐら)の 土蔵はとちぎ 歌麿館に(とちぎ歌麿館)

切妻の 蔵は下野(しもつけ) 新聞社 江戸末期築 旧肥料店(下野新聞社)

小説家 山本有三 記念館 町家の生家 再生されて(山本有三ふるさと記念館)

記念館 江戸末期築 見世蔵で 切妻二階 二店舗並ぶ(同上)

あら何と 二階の座敷 ひと続き 外観だけで 判断できず(同上)

看板と 白い囲いが 邪魔をする (いで)()書店の 二階の様子(出井書店)

黒壁の 八百熊横に 白いビル 色の調和が 美観の基本(八百熊本店)