写句集46

小さな旅その1

震災復興の巡礼 短句(俳句・川柳)

巡礼の 慰霊の始め (ひろ)()(ちょう)(第1番長圓寺/震災復興の巡礼1) 64歳

桜の木 キノコ生えたり 三月に(同上)

寺の庫裡 一般的な 住宅で(同上)

山門は 赤い瓦の ()脚門(きゃくもん)(第2番長泉寺)

仁王門 両袖付けた 楼門で(同上)

本堂の 狛犬少々 変に見え(同上)

鐘楼で 追悼の鐘 打ち鳴らす(同上)

観音に 祈るは一つ 冥福で(同上)

千年の 銀杏は国の 記念物(同上)

塔あれば 七堂伽藍 揃うのに(第3番海蔵院)

高垣の 鐘楼堂は 腰袴(同上)

経蔵は 寄棟造り すがる破風(同上)

宝形の 白山堂も 越屋根が(同上)

新しき 船と倉庫の 漁港かな(堀内漁港)

宝福寺 本堂と庫裡 建つたげで(第4番宝福寺)

本堂の 参道左右 雪残り(同上)

島の越 漁港は静か 海は荒れ(島の越漁港)

漁港には 三角錐の 松島が(同上)

松島は 誰待つ島か 客を待つ(同上)

住宅地 平屋の家が 多く建ち(島の越駅前)

石段は 地震のためか 傾いて(第5番長根寺)

入母屋の 庫裡は白亜の 二階建て(同上)

春来ても 再開されぬ 磯鶏駅(宮古磯鶏)

懐かしき 刈屋商店 店続け(同上)

仮設の字 商店街に 消えればと(山田/震災復興の巡礼2) 66

大漁旗 出船入船 まだ遠き(山田漁港)

台座には 日蓮像が 高々と(第6番瑞然寺)

神祀る 日蓮宗の 特色も(同上)

本堂の 壁に優美な 飾り窓(第7番吉祥寺)

珍しき 八角屋根の 位牌堂(同上)

山門に 古木二本が 仁王立ち(同上)

哀悼の 鐘の()絶えぬ 吉祥寺(同上)

新しき 墓石目立つ 寺の墓地(同上)

災害も 地球の一部 悲観せず(大槌漁港)

海岸で キンクロハジロ 鴨を見る(大槌の海岸)

忘れ得ぬ 涙再び あの津波(旧大槌町庁舎)

四基もの クレーン聳え 道半ば(大槌町内)

高台と 明暗分ける 佇まい(釜石川岸)

美しき 八角堂の 黒と白(第8番正福寺)

切妻の 真壁の庫裡 また白く(同上)

寺子屋は 形態変えて 幼稚園(同上)

境内に 釜石線の 線路見る(同上)

門前の シャッター街が 哀れなり(第9番石応禅寺)

山門に 暫し待たれと 仁王像(同上)

昭和期の ブームは去りて 寺静か(同上)

インド風 仏舎利塔に 釈迦拝す(同上)

様々な 仏像安置 塔内に(同上)

石像の 空海大師 暗い顔(同上)

宝形の 小堂(しょうどう)拝す 不動尊(同上)

胎内は 数多の観音 像並ぶ(同上)

弁天の 琵琶弾く姿 豊満で(同上)

波のなく 釜石湾は 万華鏡(同上/震災復興の巡礼3) 64

悲しきは 水子供養の 風車(同上)

大船渡 セメント工場 船陸に(大船渡港)

漁村には 小島点在 良き眺め(大船渡前島)

春の雲 入江に反射 蛸ノ浦(大船渡蛸ノ浦)

奇跡的 千石船の 津波耐え(同上)

石鳥居 津波に耐えて 参道に(尾崎神社)

()()(らい)の 津波の跡は 更地なり(大船渡越喜来)

本堂の 軒に梵鐘 慎ましく(第10番円満寺)

地蔵尊 新旧合わせ 並び立つ(同上)

住房は 一般住宅 二階建て(同上)

坂道に 津波到着地 記されて(同上)

流された 車は石段 乗り越えて(早馬神社)

仁王像 檻かと思う 格子窓(第13番観音寺)

数多立つ 著名作家の 歌碑や句碑(同上)

気仙沼 市街一望 鐘楼で(同上)

比叡山 山王宮も 境内に(同上)

愛車停め 自分で祓う 御安全(同上)

樅の木は 二木に分れ 逞しく(第14番補陀寺)

庭の池 亀の置物 怪しげに(同上)

予期もせぬ 古刹をめぐる 気仙沼(同上)

気仙沼 港の景色 新しき(気仙沼漁港)

港町 ブルースで知る 気仙沼(同上)

新造の 遠洋漁船 幾隻も(同上)

魚市場 船のマストを 見る景色(同上)

カモメ飛ぶ 港に帰る 平穏さ(同上/震災復興の巡礼4) 66

(むろ)()(さん) まだ残雪の 山景色(同上)

入母屋の 庫裡は本堂 凌ぐほど(第12番地福寺)

ご冥福 また祈るなり 五輪塔(同上)

入母屋の 鐘楼の屋根 (しゃち)を載せ(同上)

孤独感 一本松に 見え隠れ(陸前高田)

賞美する 波に逆らう 松の意思(同上)

懐かしの ユースホステル 白骨化(同上)

山門の 袖に小さき 仁王像(第11番普門寺)

奇妙なる 三百羅漢 顔多き(同上)

普門寺は 七堂伽藍 整えて(同上)

塔以外 堂宇はすべて 入母屋で

山門の 他に仁王の 堂が建ち(同上)

大仏は 江戸中期作 青銅で(同上)

本吉の 海を離れ 寺は無事(第15番浄勝寺)

入母屋の 妻側長き 本堂で(同上)

客殿の ソーラーパネル 今風に(同上)

見事なる 池と築山 庫裡の中(同上)

鐘楼の 柱支える 石奇妙(同上)

展望所 仮設足場の 被害見る(本吉中島海岸)

()()(がわ)も 復興工事 まだ盛り(本吉小泉)

日本でも 魚竜化石 発見も(歌津館崎)

入母屋の 庫裡は修復 明暗が(第16番津龍院)

被害者を 観音菩薩 慰霊して(同上/震災復興の巡礼5) 66

最上部 龍王堂に 被害なく(同上)

()(ほう)(とう) 禅宗系の 住職墓(同上)

境内の 津波の跡が 鮮明に(同上)

罪深き ()(さと)(まえ)(わん) 何処へやら(歌津)

大津波 北上川を 五十キロ(石巻)

狛犬を 曹洞宗で 多く見る(第17番梅渓寺)

山門が 無い寺には 拍子抜け(同上)

河口には 新たな橋と 防波堤(日和山公園)

川沿いに 今も工事の ブルドーザー(同上)

公園に たい平桜 名を残す(同上)

珍しき 宝形の屋根 鐘楼は(第18番功岳寺)

天明の 飢饉の哀れ 重複す(同上)

薬師堂 慎ましやかに 宝形で(同上)

()(だい)(かん) 富山(とみやま)観音 絶景で(第19番大仰寺)

本堂に さかな屋市場 三輪車(天麟院)

拝み観る いろは観音 美顔なり(同上)

洞窟に 歴代住持 無縫塔(同上)

松島に 教会風の 屋根を見る(同上)

松島は 二百六十 島ありき(浜田海岸)

新築の 庫裡は入母屋 二階建て(第21番願成寺)

庭園は 枯山水に 白砂利を(同上)

宝塔に 龍神像が 厳めしく(同上)

塩釜の 港の空き地 気にもなる(塩釜港)

根を張りし 木々は津波を 克服し(第22番金剛寺/震災復興の巡礼6) 66

庫裡もまた 木造二階 新築し(同上)

ヤクルトの お供え妙な 地蔵尊(同上)

松を植え 菖蒲(しょうぶ)()(はま)は リセットす(七ヶ浜町)

汐見台 震災ゼロの ニュータウン(同上)

観音の 甍の桜 間もなくか(第23番陸奥国分寺)

床しきや 庫裡の腰壁 なまこ壁(第24番大善院)

名取川 新幹線まで 津波寄せ(名取川)

十一面 観音像は 石造で(第25番紹楽寺)

佐々直の 建物だけが 閖上(ゆりあげ)に(名取閖上)

慰霊碑に 知人の顔が 目に浮かぶ(同上)

七年を 経ても閖上 道遠し(同上)

日和山 津波で高さ 低くなり(同上)

見渡せば 仮設店舗が ちらほらと(同上)

客殿の 小さな梅が 花咲かせ(第26番長命寺)

さりげなく 住房二階 寄棟で(同上)

老杉(ろうさん)が 鐘楼門に 調和して(同上)

鐘楼に 容姿異なる 六地蔵(第27番浄圓寺)

数寄屋風 客殿優美 平屋建て(同上)

庭園は 小規模ながら 樹種多く(同上)

放射能 漏らして無力 計測器(常磐自動車道)

手水舎に 修行大師の 像拝す(第28番保應寺)

石段の 上は除染の 区域外(同上)

(じょう)(とく)() ()(ごえ)()檀林 由緒寺(第29番成徳寺/震災復興の巡礼7) 66歳

カヤの木は 四百年の 樹齢とか(同上)

阿弥陀堂 宝形造り 国宝で(第31番願成寺)

境内の 浄土庭園 国史跡(同上)

江戸時代 寺領十石 幕府より(同上)

如来寺は 四倉大師 通称も(第30番如来寺)

寄棟の 観音堂は 地味に見え(同上)

庫裡前の 地蔵石仏 端正に(同上)

震災や 聞けば聞くほど 哀れなり(四倉港)

コンクリの 四倉港は 風景に(同上)

堤防の 内側松の 植栽が(薄礒海岸)

工場の 煙り再び 小名浜に(三崎公園)

地獄から 母なる海に また戻り(小名浜港)

明治から 百三十年 魚市場(同上)

震災の 悪夢遠のく 梅の花(第32番出蔵寺)

珍しき 龍のとぐろの 手水鉢(同上)

錠二つ 観音堂の 扉には(同上)

寺の下 殺風景な 工場が(同上)

鐘楼に 殿様()(せん) 句碑が立つ(第33番松山寺)

楼門の 先には勿来 海も見え(同上)

(しょう)(ざん)() 観音霊場 結願寺(同上)

震災復興の巡礼 長句(短歌・狂歌)

三陸や 母なる海が 鬼となる 百年目の 大津波かな(第1番長圓寺/震災復興の巡礼1)

何事も 無かったような 長圓寺 それでは駄目と 仁王に祈る(同上)

長圓寺 曹洞宗の 末寺でも 公表されず 開基は不明(同上)

本堂は 入母屋平入り 唐破風の 向拝付けた 間口八間(同上)

長泉寺 曹洞宗の 禅門で 北三陸の 久慈に創建(第2番長泉寺)

本堂は 入母屋造り 唐破風の 向拝上に 豪華彫刻(同上)

庭園は 築山池泉 回遊で 残雪融けて 池に流れ入る(同上)

長泉寺 銀杏の古木 寺宝なり 樹木に勝る 力あるかな(同上)

今もまだ 涙が絶える 時はなし 東北人よ 強く生きよう(久慈港)

野田村の 海蔵院の 創建は 平安末期 珊光(さんこう)国師が(第3番海蔵院)

山門は 入母屋造り 楼門で 旧本山の 長泉寺凌ぐ(同上)

本堂は 入母屋造り すがる破風 大棟低き 赤い瓦屋根(同上)

切妻の 庫裡は壮大 越屋根に 平入り側に 千鳥破風付け(同上)

客殿は 切妻造り 妻入りで 玄関越屋根 屋根が重なり(同上)

アメリカの 空襲に次ぐ 大惨事 三陸沖の 地震と津波(野田玉川)

逃げるより 向かう勇気の 船もある 波のいろはを 知るふなおさは(堀内漁港)

宝福寺 曹洞宗に 属して 開基は不明 田野畑村に(第4番宝福寺)

本堂は 入母屋長く 十二間 唐向拝と 玄関付けて(同上)

(ちょう)(こん)() 真言宗の 智山派で 室町以前 開基とされる(第5番長根寺)

本堂は 入母屋造り 小規模で 十一面の 観音拝す(同上)

阿弥陀仏 大明神と 祀られて 宝形堂宇 何故か不自然(同上)

宮古には 思い出ばかり 目に浮かぶ 震災よりも 移る歳月(宮古磯鶏)

駅前は 見知りぬ通り 見る如く 家新しく 町並み変わり(宮古磯鶏)

我れ知る 人々今は ここになく 思い出だけが 校舎に浮かぶ(宮古海技大学校)

一枚の ポスター変えた 夢紀行 船乗りとなり 異国をめぐる(同上)

震災の 傷は癒えずに いる時に のほほんとする 隣人ありき(旧磯鶏港)

磯の香に 海を覚えた 宮古湾 カッター練習 三キロ遠泳(同上)

端艇(たんてい)の (かい)の雫も いきいきと 海を愛した 十五の思い(同上)

船に乗り 旅に生きんと 志す 七つの海に 夢を巡らし(同上)

無差別に 生死を下す 天災ば 仕方ないのが 三陸津波(宮古港)

名前だけ 記憶の隅に 残るかな 宮古の南 津軽石駅(津軽石/震災復興の巡礼2) 64

幸せの 鐘よ響けよ 被災地に 天の怒りも 今は微笑む(山田)

荒れ狂う 天地の怒り 震災で 日本の国は そのはけ口に(船越)

海辺には 大量の土 運ばれて まだまだ続く 七年経ても(船越)

順番を 間違えて行く 巡礼に 寄り道もあり 脱線もあり(第6番瑞然寺)

(ずい)(ねん)() 日蓮宗の 霊場で 開運報徳 観音祀り(同上)

本堂は 入母屋造り 平入りの 左手前に 寺務所を寄せて(同上)

大槌の 浪板海岸 ホテル建つ 津波の被害 忘れたように(大槌)

縄文の 時代も津波 ありしこと 伝える文字も 被害も知らず(第7番吉祥寺)

吉里吉里の 曹洞宗の 吉祥寺 江戸期の開基 高台に建つ(同上)

山門は 袖塀付けた 薬医門 江戸中期築 屋根が大きく(同上)

本堂は 入母屋造り 平入りで 軒唐破風の 向拝を付け(同上)

明治末 七堂伽藍 焼失し 山門土蔵 今に残りし(同上)

自生する 松は頼もし 荒波に 幾度も絶えて 枝葉を伸ばす(大槌野島)

珍しき キンクロハジロ 海岸に 二羽が寄り添い 海へと入る(大槌の海岸)

旧庁舎 窓のすべてが 破壊され 壁に時計が 残る不思議さ(旧大槌庁舎)

釜石の 復興よりも 望まれる 鉄に頼らぬ 新たな時代を(釜石片岸)

鵜住居(うのすまい) 仮設住宅 ニュースでも 取り上げられて 記憶に残る(釜石鵜住居)

正福寺 桃山時代 創建で 曹洞宗の (ほう)(ざん)()(さい)が(第8番正福寺)

本堂は 入母屋造り すがる破風 聖観音を 本尊として(同上)

釜石は 約千人の 犠牲者で 聖観音に 冥福祈る(同上)

庭園は 枯山水の 回遊で 滝は石組 池は石敷き(同上)

釜石の 大観音の 建立は 石応禅寺 昭和後期に(第9番石応禅寺)

右手上げ 釈迦が発した 誕生() 天上(てんじょう)天下(てんげ) 唯我独尊(ゆいがどくそん)(同上)

震災の 慰霊碑横に 観音の 鎮魂像を 新たに安置(同上)

コンクリの 大観音像 白亜なり 高さはおよそ 五十メートル(同上)

鉄冷えの 街に地震と 大津波 乗り越え行く 街の再生(同上)

貨物船 釜石湾に 停泊し 休日兼ねた 荷待つの様子(同上/震災復興の巡礼3) 66

予期もせぬ 出会いがありて 寄り道す 初訪問の 釜石の先(大船渡水鶏島)

蛸ノ浦 小さな漁港 浮かぶ船 時をリセット 震災を超え(大船渡蛸ノ浦)

平安期 尾崎神社の 創建と ウカノミタマを 主祭神とし(尾崎神社)

本殿は 入母屋造り すがる破風 瓦と木部 赤で統一し(同上)

(たこの)(うら) 観音堂が 境内に 宝形造り 木部は無垢で(同上)

堂横の 小さな授与所(じゅよしょ) 無人なり 朱印諦め 次の札所へ(同上)

円満寺 真言宗の 智山派で 開基は不詳 ()()(らい)に建つ(第10番円満寺)

本堂は 入母屋造り すがる破風 大日如来 本尊として(同上)

象潟の 隆起するより 哀れなり 高田松原 瞬時に消えて(陸前高田)

手を合わす 陸前高田 シンボルの 奇跡とされる 一本松に(同上)

旧気仙 中学校は 幸いに 全員避難 訓練なされ(旧気仙中学校)

駐車場 工事車輛が 停められて 工事優先 (おお)(がま)の宿(巨釜半島)

唐桑の (はや)()神社 創建は 鎌倉前期 ハヤマを祀り(早馬神社)

梶原氏 鎌倉離れ 唐桑へ 御家人滅ぶ 世を憂いては(同上)

(もう)()(わん) 牡蠣(かき)養殖の 名産地 海と森との 関わり極め(舞根湾)

観音寺 天台宗の 本山で 奈良天平期 行基の開基(第13番観音寺)

山門は 切妻八脚 仁王門 狛犬一対 前に置かれて(同上)

本堂は 入母屋造り 赤瓦 軒唐破風の 屋根は黒色(同上)

本坊も 入母屋造り 赤瓦 軒千鳥破風 玄関備え(同上)

宝形の 観音堂は すがる破風 江戸中期築 朱色鮮やか(同上)

新しき 献灯一対 立てられて 観音堂に 復興感謝(同上)

()()(らく)() 短縮されて 補陀寺(ほだじ)とか 平安初期に 開創されて(第14番補陀寺)

本堂は 入母屋造り 向拝は 千鳥と唐の 破風を重ねて(同上)

戦国期 中興の折 改宗す 天台宗を 曹洞宗に(同上)

弁柄の 六角堂は 優美なり 江戸中期築 観音安置(同上)

三陸は 世界三大 漁場とか 気仙沼へと 水揚げされて(気仙沼漁港)

魚市場 三角屋根が 幾重にも 屋上に建つ 東屋と言う(同上)

気仙沼 復興半ば クレーン車が 港近くで 橋桁架ける(同上/震災復興の巡礼4) 66

カモメの目 あの震災を どう見たか 思い出したら 聞かせておくれ(同上)

大島に 明治を凌ぐ 大津波 抱かれた海に 見放されもし(気仙大島)

唐桑の 曹洞宗の ()(ふく)()は 室町期前 創建と言う(第12番地福寺)

本堂は 入母屋造り 軒に破風 赤い瓦に 白壁が映え(同上)

大津波 境内近く 打寄せて 住持は地蔵 背負い避難し(同上)

三百年 続いた松の 名勝も 飲み込む波の 恐ろしさかな(陸前高田)

唖然とす 大震災の 爪痕に この歳にして 地獄見るとは(同上)

さながらに ドミノ倒しを 見る如く 一本松は 離れた位置に(同上)

何もかも 悪夢の如く 消えてゆく 東日本の 大震災は(同上)

岩手では 津波被害が 最大で 人口一割 犠牲者を出し(同上)

気仙川 二級河川の 看板が 倒れたままに 堤防の上(同上)

普門寺は 鎌倉前期 開創で 中興の折 曹洞宗に(第11番普門寺)

本堂は 明治前期 再建で 入母屋造り 軒唐破風で(同上)

百日紅 その花を見ず 去り行くも 花より慰霊 団子より祈り(同上)

庭園は 築山池泉 杉木立 小規模ながら 回遊式で(同上)

仁王堂 三重塔 大仏と 普門寺詣で 予期せぬ寺観(同上)

今ならば 三重塔 建築費 木造ならば 三億円に(同上)

小振りでも 三重塔 県文で 江戸後期築 岩手唯一(同上)

浄勝寺 鎌倉初期の 開創で 江戸前中期から 臨済宗に(第15番浄勝寺)

山門は 塀を備えた 薬医門 長き石段 上り眺める(同上)

本堂は 気仙大工の 再建で 昭和前期の 入母屋造り(同上)

義経の 佐藤兄弟 忠臣で 残されし母 菩提寺開基(同上)

心地良い 宿を求めた わが芭蕉 我も重ねる 松島に来て(本吉中島海岸)

砂浜が 防波堤に 遮られ 色あせて行く 海のドライブ(同上)

災害は 油断の(うち)に 降り注ぐ 英知があれば 防げるものを(同上)

みちのくに 神も仏も いないのか それでも祈る 震災復興(同上)

ウタツギョリュウ 化石産出地 記念物 哀れなるかな 流木の山(歌津館崎)

館崎の (しん)龍院(りゅういん)は 戦国期 再興されて 曹洞宗に(第16番津龍院)

大津波 庫裡を残して 押しつぶす 七年を経て 再建される(同上)

本堂は 入母屋造り 復原し 観音様に 平穏祈る(同上)

去年(こぞ)今年(ことし) 貫く棒の 句もありて 果たしてみたい 千寺巡礼(同上/震災復興の巡礼5)

石巻 震災被害 桁外れ 被害損額 死亡者共に(石巻)

(ばい)(けい)() 平安初期に 坂上 田村麻呂による 開基と言われ(第17番梅渓寺)

本堂は 入母屋造り シンプルで 聖観音の 本尊拝す(同上)

日和山 奥の細道 石碑立ち 芭蕉と曽良の 足跡標す(石巻)

鹿()(しま)御児(みこ) 神社創建 不詳でも 平安前期 以前とされて(鹿島御児神社)

拝殿は 入母屋造り すがる破風 タケミカヅチの 親子を祀り(同上)

津波より 地震の被害 まだ残り 社殿修復 後回しかな(同上)

嵯峨渓の 美観も変えた 大津波 天地異変の プラス志向に(石巻港)

石ノ森 萬画館建つ 中瀬には 小船停泊 旧観呈す(日和山公園)

震災の 前の写真を 眺めると 小学校の 校舎存続(同上)

鳴瀬には 曹洞宗の (こう)(がく)() 伊達家重臣 菩提寺を建て(第18番功岳寺)

本堂は 入母屋造り すがる破風 開山堂の 入母屋重ね(同上)

(だい)(ぎょう)() 富山(とみやま)観音 別当寺 臨済宗の 妙心寺派で(第19番大仰寺)

チグハグな 観音堂と 仁王門 茅葺き屋根と 桟瓦葺き(同上)

田村麻呂 観音堂の 創建と 円仁作の 像は曖昧(同上)

松島の 絶景眺め 感服す 西行・芭蕉の 旅の足跡(同上)

松島の 圓通院は 江戸前期 臨済僧の 洞山(どうざん)開基(第20番圓通院)

宝形の 三聖堂は 茅葺きで 観音・達磨 菅公安置(三聖堂)

五郎八(いろは)姫 天麟院(てんりんいん)は 菩提寺で 本堂と庫裡 慎ましやかに(天麟院)

いろは姫 伊達政宗の 最初の子 戦略結婚 離縁後出家(同上)

()(たま)()の 定照(ていしょう)殿(でん)に いろは姫 薄幸美人 冥福祈る(同上)

有難き 宿もありけり 利府の町 浜田の磯の 春のおとずれ(浜田海岸)

(がん)成寺(じょうじ) 室町時代 創建で 臨済宗の 瑞巌寺末(第21番願成寺)

本堂は 入母屋屋根で 軒の屋根 千鳥と唐の 二重の破風で(同上)

塩釜は 修学旅行 思いの地 枕ぶつけて 騒いだ一夜(塩釜)

新造の 遊覧船が 着岸し いつか乗りたい 気分に浸る(塩釜港)

松島に 有人島は 四つあり 三百人が 暮らすと聞きし(同上)

七ヶ浜 臨済宗の 金剛寺 建武年間 開創されて(第22番金剛寺)

本堂は 入母屋造り 白塗りで 津波で被災 コンクリートに(同上)

七ヶ浜 津波の映像 思い出す 地震の被害 伝えぬ悲劇(七ヶ浜/震災復興の巡礼6)

震災で 泣いてばかりも いられない 相互扶助こそ 人の叡智で(同上)

小豆(あずき)(はま) 津波の高さ 標識を 道路に標し 記録を留む(同上)

被災した 菖蒲(しょうぶ)()(はま)の 松原は 数える程の 松は残され(同上)

宮城野の 陸奥国分寺 仁王門 入母屋屋根の 茅葺き優美(第23番陸奥国分寺)

宝形の 観音堂は 鮮やかな 朱塗り一色 花咲く如し(同上)

現宗派 真言宗の 智山派で 陸奥国分寺 多宝塔建つ(同上)

(おち)(あい)() 観音堂の 別当は 真言宗の 大善院で(第24番大善院)

貞山(ていざん)は 伊達政宗の 法名で 貞山公が 寺を開基と(同上)

入母屋の 観音堂は 茅葺きで 江戸前期築 県文化財(同上)

仙台の 古刹巡礼 果たしたが 道のり遠き 仙台霊場(同上)

名取には 高舘観音 (しょう)(がく)() 平安初期の 開基とされて(第25番紹楽寺)

本堂は 入母屋造り すがる破風 山門がなく 門柱が立つ(同上)

紹楽寺 室町時代 中興期 真言宗を 曹洞宗に(同上)

道の駅 無くてはならぬ 旅の家 犠牲者もまた 訪ねたろうに(名取閖上)

慰霊碑に 九百六十 名を刻む 知人の一人 知る哀れが(同上)

災害は 偉い人にも 分からない 生きる命も 死ねばゴミなり(同上)

日和山 津波直後の 写真には 松の大木 一本残り(同上)

閖上の 湊神社は 再建し タケミカズチは 海より帰る(同上)

山頂に 閖上桜 植樹され 心和ます 花を咲かせよ(同上)

長命寺 真言宗の 豊山派で 相馬藩主が 江戸期に開基(第26番長命寺)

本堂は 入母屋造り すがる破風 十一面の 観音本尊(同上)

客殿は 入母屋破風に 千鳥破風 軒唐破風と 破風が重なり(同上)

浄圓寺 江戸初期開基 浄土宗 南相馬の 里山に建つ(第27番浄圓寺)

本堂は 入母屋造り すがる破風 本尊観音 阿弥陀ではなく(同上)

本堂の 十三重の 石塔に 十三仏の 真言念ず(同上)

失いし 国土はあるや 福島に 原発事故に 未来は消えて(同上)

放射能 親方日の丸 垂れ流し 能無し共の 東電の罪(常磐自動車道)

岩井戸の 真言宗の ()(おう)()は 平安初期の 開基と言われ(第28番保應寺)

本堂は 入母屋平入り シンプルで 阿弥陀如来を 本尊として(同上)

廃棄物 その処分さえ ままならぬ 原発不要の 気運は低し(同上)

浄土宗 (おり)()観音 (じょう)(とく)() 南北朝期 開創されて(第29番成徳寺/震災復興の巡礼7)

本堂は 入母屋造り すがる破風 本尊阿弥陀 県文化財(同上)

悔やまれる 一日もある 震災の 元凶見ずに 遠のく(おのれ)(同上)

成徳寺 本堂と庫裡 山門と 寂しき寺観 補う古木(同上)

(がん)(じょう)() 真言宗の 智山派で 平安後期 徳姫開基(第31番願成寺)

本坊は 山門と庫裡 本堂と 阿弥陀堂から 離れた場所に(同上)

福島の 原発事故の 悲惨さは 原爆二個の 重みに並ぶ(同上)

白水の 常盤(ときわ)神社の 創建は 鎌倉時代 徳姫祀り(白水常盤神社)

明治初期 神仏分離で 遷座され 入母屋造り 拝殿が建つ(同上)

高野山 真言宗の 如来寺は 室町末期 四倉に開基(第30番如来寺)

本堂は 入母屋造り 向拝に 唐と千鳥の 破風を備えて(同上)

切通し 上に極楽 赤い橋 トンネル抜けて 寺の墓地へと(同上)

最悪は 車に寝ようと 覚悟した いわきの街に 人は訪れ(四倉港)

災害は 生きる地球の 定めなら 天地自然を 敬い感謝(薄礒海岸)

海岸は テトラポットの 堤防に 自然景観 失せる地域も(同上)

小名浜の 三崎公園 展望は マリンタワーに 上るに限る(三崎公園)

漁船から 貨物船まで 多種多様 出船入船 小名浜港は(同上)

小名浜の 津崎神社の 主祭神 コトシロヌシと ウケモチ祀り(津崎神社)

高台の 津崎神社は 津波来ず 古びた社殿 港見守り(同上)

いち早く 再開された 水族館 子供の夢の ともしび消せぬ(小名浜港)

出蔵(しゅつぞう)() 真言宗の 智山派で 平安初期に 徳一開基(第32番出蔵寺)

本堂は 入母屋造り すがる破風 寺伝によると 江戸後期築(同上)

出蔵寺 岩城観音 霊場で 観音堂が 別棟に建つ(同上)

檀家減り 現状維持も 儘ならず 寺の哀れさ 骨身に染みる(同上)

境内の 眺望が良く 周辺に 製紙工場 煙突高く(同上)

勿来(なこそ)には 関田観音 (しょう)(ざん)() ここも徳一 開基とされて(第33番松山寺)

本堂は 入母屋造り フラットで 修行大師の 尊像も立ち(同上)

松山寺 七堂伽藍 江戸時代 二十五石の 御朱印受けて(同上)

宝形の 観音堂は すがる破風 石垣の上 赤い高欄が(同上)

節目には また巡りたい みちのくの 再起を願う 観音霊場(同上)

勿来にて 岩手と宮城 福島と 五泊六日の 巡礼終える(勿来海岸)

震災や 地震台風 大噴火 地球の怒り 自然の猛威(同上)

堰っこ物語 短句(俳句・川柳)

()()橋が 下流に架かる (いち)の橋(婦気橋/堰っこ物語1) 66歳

橋の横 水道管の 横断も(頭無川)

架かる橋 一の口橋 三ヶ所目で(同上)

八ツ口で 堅固な護岸 コンクリで(同上)

土盛りした 護岸は草木 生い茂り(同上)

柴崎で 三メートルの 川幅に(同上)

高口で 更に右折し 北西に(同上)

水鳥が 六羽群れなす 川幅に(同上)

振り向けば ふるさと村と 平鹿富士(同上)

市道には 丸柳橋 七つ目が(同上)

緩やかな 流れ続く 農道に(同上)

本流に 二ヶ所目となる 水門も(同上)

大義寺の 面影偲ぶか 川沿いに(同上)

久々に ハグロトンボと めぐり会う(同上)

県道を 神明橋で 横断を(同上)

振り向けば 平鹿病院 遠く見え(同上)

川岸に 合歓(ねむ)の木一本 花咲かせ(同上)

数えたら 十六ヶ所目 橋となる(同上)

水門の 下に堰堤 流れ止め(同上)

蔦生えた 橋の側面 悪くなく(同上)

大戸川 高速道路 下徐行(大戸川)

大規模な 灌漑(かんがい)施設 頭首工(とうしゅこう)(同上)

自宅から 流した汗は 落合に(同上)

川原は 草木茂り 咲く花も(同上)

堤防に 砂利道続く 大戸川(同上)

港跡 三十石船 目に浮かぶ(同上)

石仏が 橋のたもとで えびす顔(同上)

(あまの)()の 川の浅瀬に 白波も(同上)

大戸川 若宮橋が 三ヶ所目(同上)

河川敷 草木は育ち 川遥か(同上/堰っこ物語2) 66

農道に 架かる和野(わの)橋 彎曲(わんきょく)し(同上)

野鳥見ぬ 川は淋しき 風景で(同上)

名無し橋 先に広がる 地平線(同上)

トラス橋 水道管に 品格を(同上)

橋の横 仮設足場に 鳥海が(同上)

落合で 初めて目にす 砂の岸(横手川)

堰堤は 低きながらも 長大で(同上)

可愛げな 中州に一本 低木が(同上)

川の土手 古き泥炭 放置され(同上)

局部的 横手川にも 急流が(同上)

出川との 合流地点 穏やかで(同上)

横手川 藤木下橋 最下流(同上)

ミニチュアの 花壇が一つ 公園に(角間川)

親しめば 知らぬ発見 角間川(同上)

一代で 旧荒川家 財を成し(同上)

文人の 旧北島家 家柄で(同上)

大地主 旧本郷家 横手出で(同上)

国道の 暗渠を潜り 南へと(頭無川源流)

擁壁の水路となりて 堰堤も(同上)

橋の脇 自動水門 設置され(同上)

住宅地 抜けては通り 安田橋(同上)

安田橋 気にせぬ橋を 今恋す(同上)

先細る 水路となりて 農道を(同上)

横手でも 未踏の地へと 歩き入る(同上)

草薮の 小石の中を まだ流れ(同上)

何となく 哀れに見える 渇水期(同上)

溜池の 湿地の中を 流れはう(同上)

雄物川 角間川より 川紀行(雄物川下流/堰っこ物語3) 66

大曲 南大橋 (した)田んぼ(同上・大曲)

橋長は 五百メートル 花火橋(同上)

土手の側 花火見るため 建つ家も(同上)

河川敷 花火会場 五万坪(同上)

舟着場 流れは淀む 雄物川(同上)

日本海 七十六キロ 標識が(同上)

丸子川 姫神山で 合流し(同上)

花火の日 姫神橋も 会場に(同上)

橋あれば 上流下流 眺め見る(同上)

川の中 昨夜の雨の 流木も(同上)

フラットな 橋が続くや 大曲(同上)

増水し 中洲の樹木 水浸かり(同上)

下流には 神宮寺岳 (もや)かかり(同上)

花館の 舟着場にも 舟は無く(同上)

川渡る 梵天写真 標識に(同上)

ヘラブナの 釣り客の傘 川の池(同上・神宮寺)

靄晴れて 神宮寺岳 ピラミット(同上)

橋からは 約三キロが 直流に(同上)

取水口 山小屋風の 水門で(同上)

釜ヶ渕 流域広く ジャングルも(同上)

洪水に 耐えて杉の木 空高く(同上・南外)

砂利道の 堤防続く 刈和野へ(同上)

見慣れても 刈和野橋は 格別で(同上・刈和野)

上流の 水面に映る 夏の雲(同上)

橋脚の 波の余韻が 下流へと(同上)

秋田道 雄物川越え 第二橋(同上)

フラットな 強首(こわくび)橋は 平凡で(同上・強首)

川岸に 初めて小舟 眺め見る(同上)

強首で 大きくカーブ 南へと(同上)

青色の (ふく)()()橋は トラス橋(同上・福部羅)

福部羅を 過ぎて川は Uターン(同上)

雄物川 雄和附近が 面白き(同上・雄和)

舟着場 小さな舟が 係留し(同上・新波)

逃げもせぬ 親子のキジが 目の前に(同上/堰っこ物語4) 66

(あら)()橋 四十五年 経過して(同上)

両岸の 田んぼ広がる 光景も(同上)

川岸に 小舟四艘 (かわ)(りょう)か(同上)

良く似合う 雄物川には 秋田杉(同上・女米木)

流れなく 水面は鏡 木々映す(同上・種沢)

ヨシ茂る 川岸だけが 鳥の声(同上・左手沢)

戸草沢 過ぎて川に 流れ見る(同上・戸草沢)

緩やかな 蛇行が続く 橋の先(同上)

椿川 舟着場には 近寄れず(同上・椿川)

堤先 寂れた風情 黒瀬橋(同上)

長い沼 思わすような 景観も(同上)

橋脚は 洪水の跡 茶に染まり(同上・黒瀬)

鉄橋は 特急いなほの 青の帯(同上・秋田)

川の中 小さな中洲 緑化して(同上)

雄物川 河川緑地が 茨島に(同上)

屋形船 一度乗りたき 花の頃(同上)

往復す 橋の歩道は 景色異に(同上)

橋の上 カモメのファミリー 五羽ほどが(同上)

緑地には 一面花を 植えたらと(同上)

川岸の 浅瀬の附近 波立ちて(同上)

岩礁に カワウが一羽 待ち伏せし(同上)

河口では 多く釣れるは キスやボラ(同上・河口)

波もなく 河口の漁港 穏やかなで(同上)

河口には 砂が堆積 草もなく(同上)

夏空を パラグライダー 一人占め(同上)

雄物川 源流訪ね また旅に(雄物川上流/堰っこ物語5) 66

七月の 半ば過ぎても 川は満ち(同上・角間川)

単調な 川の流れは 九キロに(同上・大森)

下流には 大森公園 城跡が(同上)

夏雲に 今日は鳥海 遮られ(同上・沼館)

橋の上 秋田駒にも 袖にされ(同上)

舟運の 面影浮かぶ 舟着場(同上)

段丘に 温泉施設 二棟建ち(同上・深井)

濁流も 明日は澄んで 底見せる(同上)

水墨画 思わす雲が 川の上(同上)

舟着場 石段だけが 堤防に(同上・長谷堂)

橋の下 砂の中洲が 変化付け(同上・睦合)

皆瀬川 合流地点 木々茂り(同上)

支流には 手動のゲート 重たげに(同上・八幡)

柳田を 過ぎていよいよ 湯沢へと(同上・柳田)

蛇行する 川には妙な 趣が(同上)

七月に 文月(ふみつき)橋を 渡るとは(同上・湯沢)

母子供養 堤防桜に 手を合わす(同上)

雄物川 初めて目にす 堰堤が(同上)

下関 上の宿橋 架かるとは(同上・三関)

三関で 流れは変化 小波立ち(同上)

上関 酒蒔(さかまき)橋に 歩道なく(同上)

橋からは 砂利の中洲や 岸が増え(同上)

砂利採取 ブルドーザーが 川岸に(同上・須川)

川沿いに 小野小町の 小野寺(おのじ)跡(同上・横堀)

川沿いに 菅江真澄の 道の碑が(同上・院内)

常盤橋 院内市中 架かる橋(同上)

旧羽州 街道偲ぶ 院内で(同上)

源流は (おう)(けつ)のある 渓流に(同上)

銀山や 滅びて久し 夏の山(同上)

橋壊れ 大仙山(だいせんざん)は 踏み入れず(同上・源流)

堰っこ物語 長句(短歌・狂歌)

堰の名を 四十年も 知らまま 自転車で行く (かしら)無川(なしがわ)(出発地/堰っこ物語1) 66歳

自宅前 三メートルの 水路幅 水深は約 五十センチで(同上)

婦気橋の 下流は桜 並木道 五百メートル 五十九本(頭無川)

水路幅 二メートルに 減少し 水深は増して 八十センチ(同上)

南から 西へと水路 迂回して ほぼ直線に 市街地抜ける(同上)

名無し橋 越えると右手 水田に 平鹿病院 建物が見え(同上)

水田の 灌水ポンプ 設置され 頭無川 水源とする(同上)

灌水の 水路が田より 導水し 一メートルの 水門を付け(同上)

本流に 自動開閉 水門が 幅五メートル 高さ百センチ(同上)

大規模な 土地改良に 伴いて 頭無川 整備なされ(同上)

川の側 大義寺跡に 祠建つ 平安後期 正衡(まさひら)開基(同上)

秋田では ハグロトンボは 珍しき ひらひらと舞う 独特の姿(同上)

位置的に 横手盆地 中心部 頭無川 田んぼ潤し(同上)

二ツ屋で 川幅広く 五メートル 水深浅く 流れ緩やか(同上)

流速を 抑える工夫 本流に 低き堰堤 二段に落とし(同上)

カーブ付け 水の流れを 緩くする 農業用水 貯水が大事(同上)

(おお)()川 頭無川 落合で 橋の上から 上流を見る(大戸川)

塚堀で 大戸川へと 合流し 頭無川 流れ新たに(同上)

川幅は 六メートル 大戸川 水深深く 流れは遅く(同上)

堤防に 草払われぬ 砂利道が 自転車担ぎ 通る場面も(同上)

下流には (しも)(こん)()(がわ) 港跡 三十石船 終航地とか(同上)

川見ると 波乱万丈 人生が 重なる如く 水流れ行く(同上)

川沿いに 戸田家住宅 赤い屋根 国登録の 文化財建つ(同上)

切妻に 下屋根付けた 平屋建て 大正期築 主屋は長く(同上)

別棟に 入母屋二階と 土蔵建ち 豪農らしき 雰囲気残す(同上)

立ち止まる 若宮橋の 下流には 小さな波の 水路合流(大戸川/堰っこ物語2) 66

流れなく 川の舟運(しゅううん) 楽に見え 甦らざる 景観思う(同上)

南西に 鳥海山が 遠く見え 思わず合掌 守り給えと(同上)

興味なき 人は山川 名も知らず 花鳥風月 愛でることなく(同上)

何気なく 車で通過 した橋も 今日の(りん)(こう) 橋の名を知る(同上)

落合は 川の合流 指す言葉 落合橋で 改めて知る(同上)

江戸中期 落合地区に 川港 開港されて 蔵建ち並び(同上)

落合で 大戸川から 横手川 大きい川の 名はそのままに(横手川)

(かく)()(がわ) 大久保橋が 入口に 川の地名に 霞む横手川(同上)

二つ目の 藤木上橋 横手川 橋の周辺 長閑な景色(同上)

出川にも 大久保橋の 名の橋が 紛らわしいと 思わぬ不思議(出川)

横手川 四十余キロ 旅終えて 雄物川へと 吸い込まれ行く(雄物川)

角間川 鳥海山が 見えるとは 知らずに眺め 感動新た(同上)

川港 親水公園 角間川 旧横手川 流域活かし(角間川)

公園の か細き流れ 増水時 雄物川へと 流れ行くのか(同上)

舟運の 繁栄残す 角間川 旧家の屋敷 長塀(ながへい)通り(同上)

自宅から 頭無川 源流を 訪ね見ようと また自転車で(頭無川源流)

自宅前 頭無川 上流は 警察署へと 一直線に(同上)

住宅地 イトヒバ垣根 夏空を 頭無川 水面に映す(同上)

安田橋 橋の上流 未知の道 自転車漕ぐも 期待と不安(同上)

果樹園と 畑の間 水路幅 五十センチの 流れちょぼちょぼ(同上)

廃線の (おう)(しょう)(せん)の 鉄橋を 頭無川 流れ行くとは(同上)

突然と 水路は消えて 暗渠へと 奥羽本線 線路を潜る(同上)

農道の 暗渠の先に 水門が 上流側の 最初と思う(同上)

コンクリの 十字の水路 分流で ここが源流 期待外れに(同上)

赤谷地で 国道沿いの 側溝が 最終的な 源流となり(同上)

川巡り 第二回目は 雄物川 角間川より 車で海へ(雄物川下流/堰っこ物語3) 66

横手川 雄物川との 扇状地 ()(じゅう)()(たて)の 住居の跡が(同上・角間川)

大曲 花火大橋 いつの間に 建替えられて 名前も変わり(同上・大曲)

河川敷 サッカー場と 野球場 人は皆無で 名ばかりとなり(同上)

丸子川 舟着場指す 標柱が 堤防に立ち ふと眺め見る(同上)

河川敷 ゲートボールを する人が 唯一見える 人の姿で(同上)

霊山の 神宮寺岳は ピラミット いずれは登拝 してみたき山(同上・神宮寺)

玉川の 合流地点 車での 進入禁止 またの機会に(同上)

切妻の 土蔵を真似た 管理室 優美に見える 支流のゲート(同上)

岳見橋 五連(きょく)(げん) トラス橋 岳見は目前 神宮寺岳(同上)

懐かしき (ぶっ)(どう)(だい)の 集落は 知人の家に 度々泊り(同上・南外)

刈和野の 橋を眺めて 思い出す 三年前の 氾濫被害(同上・刈和野)

橋長は 四百メートル トラス橋 昭和後期の 刈和野橋は(同上)

強首(こわくび)と 聞けば温泉 思い出す (しょう)(ほう)(えん)に 泊りしことを(同上・強首)

強首を 過ぎては川は 雄和まで 自由気ままに 紆余曲折し(同上・福部羅)

橋長は 二百三十 メートルと (ふく)()()橋は 割と短く(同上)

杉山田 月山神社 高台に 昭和中期に 再建されて(同上)

町境(ちょうきょう)の (きょう)(ゆう)大橋 連続の (はこ)(げた)(きょう)で 昭和末期に(同上・雄和)

橋の下 上流下流 横たわる 中洲を見れば 川に風情が(同上)

道路沿い (あら)()舟着場 標柱が 車を降りて また見物を(同上・新波)

新波橋 ランガー橋は 下路(かろ)アーチ 橋長二百 五十メートル(同上/堰っこ物語4)

川崎で 再び右に 九十度 曲った先で 橋が平行(同上・川崎)

石巻 清水で喉を 潤して 石井()(げつ)の 名句を偲ぶ(同上・女米木)

()()()には 風光明媚な 高尾山(たかおさん) 今日は素通り 未練を残し(同上)

単調な 中川橋を 種沢へ 美観を求め 右往左往す(同上・種沢)

その昔 筏で下る 知人あり ふと思い出す 川を眺めて(同上)

狭小な 水沢橋は トラス橋 昭和中期の 下路ゲルバー(同上・妙法)

橋の横 新たな橋の 橋脚が 水沢橋の 建て替え進む(同上)

黒瀬橋 二百五十二 メートルで 昭和中期は 橋脚多き(同上・黒瀬)

下流には 高速道路 橋架かり 雄物川には 橋増え行く(同上)

新奥の 細道指定 黒瀬地区 (しら)()(だて)(あと) 僧形(そうぎょう)八幡(同上)

舟着場 高速道路 橋の下 時代の流れ 新旧ここに(同上)

秋田では 南大橋 先ず最初 黒瀬橋より 七キロ下流(同上・秋田)

橋梁は 下路と中路の トラス橋 羽越本線 昭和中期築(同上)

箱桁の 秋田大橋 橋長は 五百八十 メートルもあり(同上)

地図見れば 旧雄物川 狭小し 埋め立てたのか 宅地化されて(同上)

雄物川 大曲まで 水豊か 水陸両用 バスが脳裏に(同上)

様々な 橋眺め来た 雄物川 雄物新橋 形状独自(同上)

三種類 雄物新橋 下路トラス 昭和前期の 面影残し(同上)

浅瀬には コンクリートの 岩礁が 景観上は 好ましからずも(同上)

河口には 雄物大橋 架かるなり 雄物川では 最後の橋で(同上)

信号機 十七キロも 無い道が 雄物大橋 南バイパス(同上)

河口には 小さな漁港 築かれて 一トン未満の 小船密集(同上・河口)

見渡せば 河口海際 ()()を成し 注ぎ口状 川は狭小に(同上)

新屋町 旧空港を 思い出す 今は風車の 発電施設(同上)

新屋浜 ももさだカエル 像が立つ 無事にカエルと 駄洒落を込めて(同上)

堰っこの 流れを追った 二日間 知識深まり 寄り添うように(同上)

三度目は 源流探し 雄物川 角間川より 車で南下(雄物川上流/堰っこ物語5) 66

角間川 舟着場には 舟は無く 岸の草木は 茂るに任せ(同上・角間川)

秋田道 第一橋が 上流に 何度車で 往来せしか(同上)

フラットな 大川橋は 合成の (ばん)(げた)(きょう)で 角間川(そば)(同上)

大森の 大上(おおあげ)橋の 橋長は 五百メートル 鈑桁橋で(同上・大森)

オレンジの 沼館(ぬまだて)橋は 下路アーチ 昭和中期の ランガー桁で(同上・沼館)

雄物川 河川公園 沼館に 水害に耐え 樹木は育て(同上)

舟着場 標柱が立ち 入り行く 草は払われ 整備がなされ(同上)

参拝す 八幡神社 境内で 深井()(こう)の 昔を偲ぶ(同上)

立ち止まり 新雄物川 橋を見る 昭和末期に 改築されて(同上・深井)

平成の 柳田橋は 中期築 連続合成 鈑桁橋で(同上・柳田)

雄物川 堤防桜 懐かしき かつて管理の 工場ありき(同上・湯沢)

版桁の 中川原橋 橋長は 三百メートル 徐々に短く(同上)

須川では 高松川と 合流し 泉沢橋 須川に架かる(同上・須川)

横堀の 岩館橋の 橋脚は 円筒状の コンクリートで(同上・横堀)

小野寺(おのじ)跡 川の向うの (こう)()()に 移転されても 石仏残る(同上・横堀)

眺め見る 奥羽本線 橋梁は 役内(やくない)川に 架かる鉄橋(同上)

横堀の 役内川の 合流地 雄物川より 川は大きく(同上)

ふと見れば 桂川橋 標柱に 院内らしき 鉱夫の彫刻(同上・院内)

院内の 愛宕神社 創建は 平安初期に ホムスビ祀り(同上)

道の辺に 江戸期建立 石仏が ころり地蔵と 塩掛(しおかけ)地蔵(同上)

雄物川 四十六ヶ所 橋架かり 院内周辺 九ヶ所最多(同上)

源流は 大仙山(だいせんざん)の 山中で 登山道なく 見上げて終わる(同上・源流)

遠野はや知り物語 短句(俳句・川柳)

本殿は 切妻造り 安普請(南部神社/遠野はや知り物語1) 67

清水には 河童に掛ける 水は無し(同上)

二ノ丸の 南部家墓所に 供花さくら(鍋倉城跡)

()()(ぐるま) 一回一誦 ()(どく)積む(同上)

遠野でも 博物館は 足運ぶ(遠野市立博物館)

遠野地図 展示室の 腰掛に(同上)

来迎(らいごう)の 阿弥陀如来 オシラサマ(同上)

米俵 積んだ剥製 農耕馬(同上)

(やかた)の名 恥じぬ雰囲気 冠木門(とおの物語の館)

客室は 書院造りが 風流で(同上・旧高善旅館)

学者たち 高善旅館 拠点とし(同上)

超レアな デルビル型の 電話機が(同上)

土産屋の 赤羽根蔵に 虫籠窓(同上・赤羽根蔵)

ユニークな 昔話の 蔵も建ち(同上・昔話蔵)

隠居所に 柳田國男 老いを知る(同上・柳田國男隠居所)

奥ゆかし 水辺の水車 春の音(来内川水辺公園)

銀行も 切妻二階 町家風(蔵の道ギャラリー附近)

蔵の道 ひろばゆったり 柵もなく(蔵の道ひろば)

東屋で ひろばの花見 我れ一人(同上)

それなりの 甲冑刀剣 展示して(遠野城下町資料館)

料理店 あべ家三階 木造で(あべ家)

役目終え 寶物館は 収蔵庫(旧遠野寶物館)

参道は 桜並木が 美しき(智恩寺)

楼門の 赤い屋根まで 桜咲き(同上)

曼荼羅は 日蓮直筆 寺宝とか(同上)

桟瓦 入母屋飾る 千鳥破風(同上)

白幡の 小社(しょうしゃ)小川に 祀られて(白幡神社)

小川では 河童か蛙 従えて(同上)

男だけ キツネの関所で 騙される(キツネの関所)

惜しまれる 日本のグリム 若き死は(遠野伝承館/遠野はや知り物語2) 67

板倉に 昔話の 語り部も(同上)

実演し 工芸館は 販売も(同上)

囲炉裏端 座敷わらしが 鎮座する(同上)

千体の 御蚕(おし)()を祀る オシラ堂(同上)

里山の シンボル茅の 水車小屋(同上)

男根(だんこん)と 女陰(じょいん)仲良く 祀られて(同上)

湯殿では 鉄砲風呂の 湯桶見る(同上)

中華そば 大盛を食べ 昼食を(同上)

道路には 安全太郎 河童像(遠野伝承館前)

石碑群 西国巡礼 塔二基も(同上)

入母屋の 本堂飾る 桜かな(常堅寺)

堂の前 カッパこま犬 一対が(同上)

庫裡の庭 枯山水に 桜咲き(同上)

カッパ淵 遠野観光 スポットで(カッパ淵)

屯館(とんだて)の 跡に名残りの 稲荷堂(同上)

池に建つ 南部曲り家 風流で(たかむろ水光園)

夢見堂 高欄に滝 水墨画(同上)

()(なか)かな カッパの家族 背を向けて(同上)

水車小屋 水音響く 園水路(同上)

南部では 金勢(こんせい)信仰 盛んなり(同上)

デンデラ野 老人たちの口減らし(山口地区)

わら葺きの 粗末な小屋で 冥土へと(同上)

水車小屋 復原されて 山口に(同上)

ダンノハナ 佐々木喜善 偲ぶ春(同上)

集落の 火の見櫓は シンボルで(同上)

旧道に 山口()(いし) 石碑群(同上)

バス停の 茅葺き屋根が 粋に見え(土淵地区/遠野はや知り物語3) 66

桜咲く 観音堂も 美観なり(福泉寺)

多宝塔 昭和後期の 秀作で(同上)

池の上 カッパの家族 睦ましく(同上)

桜背に (びゃく)()観音 微笑みし(同上)

庭園の 池には水車 添景に(同上)

本坊は 新築されて 壁白く(同上)

鐘楼は 本堂横の 回廊に(同上)

護摩堂は 客殿兼ねた 平屋建て(同上)

宝形の 毘沙門堂も 桜添う(同上)

資料館 ビジターセンター 類似して(遠野ふるさと村・自然資料館)

テーブルの 熊の毛皮が 妙に見え(同上)

馬屋には (きょ)(こん)ひけらす わら人形(同上・大工どん)

山里の 暮らしの道具 土蔵内(同上・山里の暮らし館)

川前家 (すぐ)()増築 曲り家に(同上・川前別家)

馬屋から ミニチュアホース 顔を出し(同上・大野どん)

床の間に 二体置かれた オシラ様(同上)

長屋門 遠野は称す 乗込みと(同上・肝煎の家)

肝煎の 馬屋も白馬 飼育して(同上)

奥の部屋 (ふすま)外して 大広間(同上)

土蔵まで 綾瀬の庄屋 移築され(同上)

水車小屋 村に不可欠 風景に(同上)

(きね)()く バッタリ小屋 水の音(同上・バッタリ)

珍しき ()()(がしら)置く 床の間は(同上・弥十郎どん)

囲炉裏には 自在鉤無く 物足りず(同上)

切妻の 木工館は 板倉で(同上・きつつき工房)

藍染めは 遠野ブルーと 称されて(同上・水乃口)

走路には ひずめの音か 去来する(遠野馬の里)

(はつ)()()は 初めて目にす 設備かな(同上)

駅舎には 桜の造花 飾り付け(遠野駅舎)

トイレには 物見櫓が 聳え建つ(遠野駅前/遠野はや知り物語4) 66

三ノ丸 展望台が 花雲に(同上)

角に建つ 二階の家は 屋根を曲げ(中央通り)

町家風 小売酒屋は 物静か(同上)

仁王像 コンクリートの 異様さで(対泉院)

豪壮な 真壁塀に 高らかと(旧村兵商家)

豪邸は 自治会館に 再利用(同上)

祠には 恋愛成就 赤い布(卯子酉神社)

参道に 杉の巨木が 並び立つ(愛宕神社)

愛宕様 和尚に化けて 火事消しと(同上)

自然石 線刻されし 羅漢像(新里の五百羅漢)

苔が生え 五百羅漢の 顔覆う(同上)

目を合わす カモシカもまた 驚いて(同上)

古民家に ()かれてカメラ 目と同時(六日町)

路傍には 洒落た電話機 ボックスが(紅唐伝話館)

多賀神社 鳥居に桜 可愛げに(多賀神社)

杉木立 まとめて注連縄 御神木(同上)

八百源は 真壁白き 店構え(中央通り)

漢方の くすりの奥寺 町家風(同上)

参道の 阿吽の狛犬 端正で(程洞稲荷神社)

御神木 幹で分れた 夫婦杉(同上)

屋根瓦 杉の落葉を 積らせて(同上)

祠には 三本足の 八咫(やた)(がらす)(同上)

様々な 金勢様を 奉納し(同上)

ささやかな 会所を兼ねた 社務所建ち(同上)

鳥居には 枝垂れ桜の 花が降り(遠野郷八幡宮)

手水鉢 カッパの絵から 水を出し(同上)

早池峰の 雪形まるで 屏風絵に(早池峰山遠望)

参道の 石逞しき コンセイで(山崎金勢社)

鎮座する コンセイサマに 注連縄が(同上)

手水舎の 横には(きょ)(こん) 畏れ入る(同上)

()()(がい)の バス停洒落た 茅葺きで(似田貝地区/遠野はや知り物語5) 66歳

(しだ)(とうげ) 柳田國男 偲ぶ道(忍峠)

石段の 桜は杉を 隠すほど(松崎観音堂)

遠野では 五ヶ所目となる 水車小屋(同上)

イヌザクラ 百年越しの 花咲かす(同上)

飢饉の碑 桜満開 供養する(松崎飢饉の碑)

風化して 判読できぬ 碑もありて(同上)

境内は 七百余坪 杉林(元八幡宮)

雲海は 今日は見えずも 花雲が(高清水山)

城跡に 壁の破れた 薬師堂(横田城跡)

二本咲く 桜の古木 城跡に(同上)

地面まで 枝垂れ桜の 花が伸び(阿曽沼公歴代の碑)

石段は 枝垂れ桜と 芝桜(同上)

墓碑の立つ 丘にも桜 花咲かせ(同上)

太郎淵 河童伝説 松崎に(太郎淵)

淵の石 太郎カッパが 腰を掛け(同上)

諏訪神社 小さな社殿 松崎に(諏訪神社)

出羽神社 巨石の足駄 参道に(出羽神社)

羽黒岩 天狗に蹴られ 二つ割れ(同上)

御神体 男根模した 石棒(綾織駒形神社)

縄文の 遺跡埋められ 何もなし(綾織新田遺跡)

復原し 公園化すべき 遺跡かな(同上)

道路側 天女伝説 壁画あり(光明寺)

鐘楼と 桜の花が 麗しき(同上)

弁慶の 昼寝場とやら 何故ここに(上綾織)

遠野はや知り物語 長句(短歌・狂歌)

城跡に 最初目指すが 旅の常 遠野の町も 大手橋から(大手橋/遠野はや知り物語1)

いつの間に あえりあ遠野 ホテル建ち 久々ぶりに 城訪ねれば(同上)

明治期の 南部神社は 創建で 遠野南部家 八代祀り(南部神社)

拝殿は 入母屋造り すがる破風 間口八間 奥行き三間(同上)

オシラサマ 東北独自の 風習で 家内安全 養蚕(ようさん)の神(遠野市立博物館)

柳田は 民俗学の 魁で 博物館に 資料を展示(同上)

明治末 遠野物語 初版本 柳田國男 民話をまとめ(同上)

ふと見れば 昔話村 名が変わる とおの物語 の(やかた)へと(とおの物語の館)

旧高善 旅館は登録 文化財 入母屋切妻 総二階建て(同上・旧高善旅館)

高善は 柳田國男 定宿で (りゅう)(おう)宿(じゅく)と 称されもして(同上)

遠野座は 白壁土蔵 なまこ壁 郷土芸能 披露の蔵で(同上・遠野座)

数寄屋風 柳田國男 隠居所を 世田谷区より 遠野に移築(同上・旧柳田國男隠居所)

移り行く 時代に褪せぬ 物語 遠野を訪ね 再び手にす(同上)

古建築 蔵を再生 蔵の道 十軒ほどの 蔵のギャラリー(蔵の道ギャラリー)

蔵の道 遠野城下町 資料館 切妻長き 平屋の土蔵(遠野城下町資料館)

城下町 一万二千 石高で 盛岡藩の 支藩の一つ(同上)

仙臺(せんだい)() 切妻二階 和菓子店 店舗と主屋 国文化財(千臺屋)

入母屋の 楼閣風の L字形 昭和前期の 福山荘は(旅館福山荘)

旧遠野 寶物館(ほうもつかん)は 洋風で 大正期築 国文化財(旧遠野寶物館)

智恩寺は 明治中期の 創建で 日蓮宗の 北身延(きたみのぶ)とも(智恩寺)

本堂は 入母屋造り すがる破風 向拝上に 龍の彫刻(同上)

本坊は 入母屋造り 総二階 柱は太い コンクリートで(同上)

若者に 力比べで 持ち出され さすらい地蔵の 首は()がれて(白幡神社)

茅葺きの 伝承園の 長屋門 農家の暮らし 園に再現(遠野伝承園)

園内に 佐々木()(ぜん) 記念館 遠野生まれの 民俗学者(同上)

喜善との 柳田國男 出逢いあり 民話の口伝(くでん) 本に著す(同上/遠野はや知り物語2)

板倉は 寄棟造り 茅葺きの 宮守(みやもり)地区の 農家の納屋で(同上)

曲り家の 菊池家住宅 茅葺きで 江戸中期築 国の重文(同上)

曲り家は 所有者四氏 変遷し 今は遠野市 公有化して(同上)

食事処 寄棟造り 茅葺きで 園外に建ち 来客多く(同上)

田の神を 馬っこつなぎ お迎えし 豊作祈る 伝承行事(遠野伝承園周辺)

仁王像 円仁作と 伝承も 旧妙泉寺 廃寺で遷す(常堅寺)

(じょう)(けん)() 室町後期 創建で 曹洞宗の (ふれ)(がしら)なり(同上)

鐘楼は 切妻屋根の 袴腰 張り出し高欄 珍しきかな(同上)

(ほこら)(そば) 二体のカッパ 像が立ち キュウリが笊に 供えられたり(カッパ淵)

カッパ淵 安倍屋敷跡 標柱が 小さな堀の 側に立てられ(同上)

たかむろの 水光園は 広大な 古民家も建つ リゾート施設(たかむろ水光園)

遠野池 小さな鳥居 天ヶ森 立つは石柱 名ばかりの森(同上)

曲り家は 片入母屋と 寄棟に 小さな(むく)り 破風が優美に(同上)

並び建つ 酒蔵屋敷 高室座 芸能館と 大食堂で(同上)

寄棟の 鉄板葺きの 民具館 暮らしの道具 農機具展示(同上)

園奥に 平屋の建屋 並び建て 特産品の 加工施設で(同上)

母背負う 高室橋の 彫刻は デンデラ野へと 連れる悲哀が(山口集落)

デンデラ野 六十過ぎた 老人が 自給自足の 暮らし強いられ(同上)

わら葺きの 小屋を復原 デンデラ野 終の棲家は 老人ホーム(同上)

小屋の中 竪穴住居 見る如し 石積(いろり) 車座のなり(同上)

山里の 水車小屋には 茅葺きが 一番似合う 絵になる景色(同上)

電気柵 孫左衛門の 屋敷跡 ザシキワラシも 痺れているか(同上)

ダンノハナ 死の空間と 称される 昔処刑場 今共同墓地(同上)

山口の 集落離れ デンデラ野 死しては丘の ダンノハナへと(同上)

曲り家の 佐々木喜善 生家あり 茅葺き屋根を 桟瓦葺きに(同上)

土淵の 早池峰神社 古参道 古びた鳥居 果樹園前に(土淵地区)

福泉寺 大正初期の 創建で 真言宗の 豊山派末寺(福泉寺/遠野はや知り物語3) 66

一代で 七堂伽藍 福泉寺 宥尊和尚 絶賛すべき(同上)

入母屋の 観音堂は 千鳥破風 木彫り最大 観音安置(同上)

本堂は 宝形造り 唐派風の 向拝備え 本尊不動(同上)

福泉寺 岩手県では 唯一の 五重塔が 聳え建つなり(同上)

遠野にも ふるさと村の 民家園 昭和後期に 市が開設し(遠野ふるさと村)

知らぬ間に 自然資料館 オープンす 切妻屋根の 白壁土蔵(同上)

入口は 冠木門より 長屋門 相応しきかと 中へと入る(同上)

明治期の 旧佐々木家の 曲り家は 国登録の 文化財なり(同上・大工どん)

曲り家は (おお)(はさま)より 移築され 床の間の部屋 杉戸に絵画(同上)

切妻の 上屋を架けた 暮らし館 白壁土蔵 腰なまこ壁(同上・山里の暮らし館)

江戸期築 旧川前家 曲り家も 国登録の 文化財なり(同上・川前別家)

曲り家の 旧菊池家の 住宅は 江戸後期築 国の重文(同上・大野どん)

肝煎の 旧鈴木家の 曲り家は 江戸末期築 国登録で(同上・肝煎の家)

主屋には 小部屋も含め 七室が 綾瀬の庄屋 建屋は広く(同上)

旧菊池 サイ家住宅 純粋な 曲り家造り 江戸後期築(同上・弥十郎どん)

宮守の 旧菊池サイ家 寄棟の 直屋の納屋も 主屋と移築(同上)

草木染め 体験工房 水乃口(みなくち)は 明治中期の 南部曲り家(同上・水乃口)

寄棟の 直屋はどぶろく 醸造所 江戸中期築 国登録で(同上・こびるの家)

馬産地の 遠野(こま)()は 馬の里 競走乗用 馬を育成(遠野馬の里)

(きゅう)(しゃ)には 百六十頭 収容と 平成前期 新築されて(同上)

駒木にも (さい)の神の 石碑群 大峰山の 文字が大きく(駒木地区)

寄棟の 桟瓦葺き 遠野駅 昭和中期の ブロック二階(遠野駅舎)

駅前の 池に三体 カッパ像 手足は細く 顔は貧相(駅前小公園)

旅の蔵 遠野観光 案内所 近年築の 真壁造り(遠野駅前/遠野はや知り物語4) 66

移築した 高善旅館 石碑立つ 民家の横に 土蔵が残り(中央通り)

今日の宿 増田旅館は 木造の 三階建で 期待膨らむ(同上)

日本一 大仁王像 気にかかり 対泉院の 山門潜る(対泉院)

南部氏の 対泉院は 再興で 曹洞宗の 大慈寺末寺(同上)

豪商の 旧村兵の 商家跡 江戸期通じて 遠野一番(旧村兵商家)

旅籠風 民宿古軒(ふるけん) 心ひく 明治中期の 町家造りで(民宿古軒)

城下町 下同心丁(しもどうしんちょう) 枡形に 江戸の昔の 遠野を偲ぶ(下組町)

南部氏の 旧領である 身延山 法華題目 記念の石碑(同上)

宝塔に 天下泰平 印したり 遠野城下の 東入口(同上)

江戸時代 卯子(うね)(どり)神社 創建で 良縁結ぶ 神様とされ(卯子酉神社)

新里の 愛宕神社の 創建は 鎌倉初期に 阿曽(あそ)(ぬま)氏による(愛宕神社)

拝殿は 入母屋造り 向拝の 軒唐破風で ホムスビ拝す(同上)

江戸中期 飢饉の餓死者 供養して 五百羅漢を 石に彫刻(新里の五百羅漢)

南部藩 四大飢饉 打つ手なく 他藩に比べ 犠牲者多く(同上)

廃墟化す 遠野ボーリング センターは 我が友人の 手がけし現場(下組町)

江戸中期 南部氏創建 多賀神社 小さき社殿 イザナギ祀り(多賀神社)

衰退後 地元有志の 尽力で 明治後期に 再建されし(同上)

通りには 遠野聖光 こども園 切妻屋根に 十字架掲げ(中央通り)

山裾に (ほど)(ほら)稲荷 神社建つ 江戸明和期の 創建と言う(程洞稲荷神社)

拝殿の 入母屋造り 荒廃し 派手好きな神 拝むも哀れ(同上)

遠野郷 八幡宮の 創建は 阿曽沼広綱 鎌倉初期に(遠野郷八幡宮)

山崎の コンセイサマは 単独の 社殿を建てて 男根祀る(山崎金勢社)

境内に 陰陽石も 祀られて 縄文時代 信仰今に(同上/遠野はや知り物語5) 66

遠野では ユースホステル 存続し いつか泊りて 初心の旅を(似田貝地区)

見渡せば 早池峰山と 薬師岳 双耳峰にも 見えなくもなく(同上)

遠野での 六角(ろっこ)牛山(うしさん) 三山で 石上山(いしかみさん)と 早池峰山も(同上)

遠野には 珍しき桜 あると言う 杉と根を張る 夫婦杉桜(松崎観音堂)

十一面 観音像は (たち)()(ぶつ) 江戸初期作で 県文化財(同上)

供養碑は 戦国時代 建立で しばらく川の 石橋となり(同上)

未曽有の 江戸宝暦期 大飢饉 餓死三千人 ()()二千頭(松崎飢饉の碑)

大正期 元八幡宮 再建し 松崎地区の 歴史を保全(元八幡宮)

拝殿は 入母屋造り すがる破風 間口奥行き バランスとれて(同上)

松崎の (たか)()()(やま)の 山頂の 展望台は 立入禁止(高清水山)

俯瞰する 遠野盆地の 水田に 水張られれば 湖となる(同上)

水車小屋 近付き見ると 茅葺きの 思いもよらぬ ゴミ収積所(松崎地区)

横田城 鎌倉初期の 築城で 阿曽沼(ちか)(つな) 護摩堂山に(横田城跡)

戦国期 鍋倉山に 移されて 四百年の 歴史に幕を(同上)

阿曽沼氏 藤原秀郷 一族で 四百年も 遠野を支配(阿曽沼公歴代の碑)

松崎に 清心(せいしん)()(こう) (かさ)(とう)() 女殿様 名君とされ(清心尼公の碑)

道の駅 遠野風の丘 新里に 平成十年 開設されて(道の駅遠野風の丘)

木像の 開運カッパ 祀られる バックの写真 カッパ淵とは(同上)

出羽神社 宝形造り 拝殿に 修験道場 趣残す(出羽神社)

綾織(あやおり)の 駒形神社 江戸中期 馬頭観音 堂宇が創始(綾織駒形神社)

拝殿は 入母屋造り すがる破風 昭和中期に 再建されて(同上)

本殿に 胡四(こし)(おう)権現 扁額が 神仏習合 面影残す(同上)

国史跡 綾織新田 遺跡あり 縄文前期 大規模集落(綾織新田遺跡)

縄文の 集落跡が 立地する 猿ヶ(さるが)(いし)川 河岸段丘(同上)

光明寺 戦国末期 創建の 曹洞宗に 属する寺で(光明寺)

本堂は 入母屋造り 唐破風の 軒の向拝 赤い縁取り(同上)

(つづき)(いし) 二つの石に 巨大なる 笠石乗せた 石の景観(上綾織)

曲り家の 千葉家住宅 久々に 訪ねてみれば 修復中で(千葉家住宅)

高野山 短句(俳句・川柳)

背合わせす 天空・こうや 高野線(南海高野線/高野山1) 67

秋景色 極楽橋の 朱塗り色(高野山ケーブル)

冠木門 閉ざして久し 秋の風(巴陵院)

日蓮の 足跡残る 意外性(五坊寂静院)

宿坊を 営まぬ子院 珍しき(同上)

桧皮には 草茂るなり 多宝塔(金輪塔)

秋風も 尊く思う 高野山(同上)

門一つ 子院二ヶ寺 共有し(五ノ室谷)

庭園は 重森()(れい) 設計と(光臺院)

自刃せし 秀次の墓 寺守り(同上)

切妻の 土蔵は優美 なまこ壁(一乗院)

宿坊は 白亜の土蔵 二階建て(同上)

大杉の 根には苦汁の アスファルト(路傍の杉)

家康が 参詣の折 止宿して(蓮花院)

宿坊は 民宿風の 家構え(同上)

蓮池の 橋を渡りて 極楽へ(壇上伽藍)

中門は 再建されて 八代目(中門)

美しき 六角経蔵 上層部(荒川経蔵)

拝殿の 両妻側は すがる破風(山王院)

拝殿の 裏には絵馬が 様々に(同上)

国史跡 西塔五度目 再建で(西塔)

西塔は 真言宗の 多宝塔(同上)

孔雀堂 准胝堂は 似た堂宇(壇上伽藍)

鐘楼が 壇上伽藍に 二棟建つ(同上/高野山2) 67

白亜には 高野四郎の 鐘の音(大塔の鐘)

法灯は 千古の揺らぎ 不動堂(不動堂)

不動堂 大塔背にし 地味に建つ(同上)

東西が 百四十年 経て揃う(東塔)

手水舎は コンクリながら 美しき(手水舎)

色付いた モミジ散見 参道に(金剛峯寺前)

諸伽藍 金剛峯寺を 模して建つ(宝寿院)

宝寿院 専修学院 併設し(同上)

主殿では 旅の今後の 無事祈る(金剛峯寺)

御所風の 主殿は江戸の 後期築(同上)

店閉じた 町家の店舗 哀れさが(商店通り)

印刷所 看板で知る 町家かな(同上)

町家でも 酒屋であれば 覗く見る(同上)

客殿の 玄関唐破風 壮大で(大圓院)

鶯の 弥陀は入道 彫刻と(同上)

ビルマ風 獅子像一対 入口に(成福院摩尼宝塔)

塔内に 戦争遺品 展示して(同上)

目に涙 ビルマの竪琴 眺めると(同上)

高野山 八角宝塔 唯一で(同上)

熊谷寺 子院唯一 寺の名が(熊谷寺)

直実は 出家後高僧 (れん)(しょう)に(同上)

庭園は 植物園を 見るようで(同上)

大名の 墓はさながら 絵巻物(奥ノ院)

伊達じゃない 奥州仙台 伊達家墓所(同上)

伊予伊達家 奥ノ院では 本家(そば)(同上)

他宗派の (ほう)(みょう)上人 墓所もあり(同上/高野山3) 67歳

蘭丸の 弟忠政 初代とし(同上)

二ヶ所あり 筑後久留米の 有馬家墓(同上)

塔一基 和泉岸和田 岡部家墓(同上)

山口の 毛利家墓所は 地味に見え(同上)

羽後秋田 佐竹家墓所は 我が郷里(同上)

名君の 佐竹義重 霊廟に(同上)

高松の 松平家墓 小規模で(同上)

五輪塔 前田利治 単独に(同上)

塔六基 信濃松本 水野家墓(同上)

南部家の 墓の鳥居は 笠木落ち(同上)

信玄と 勝頼父子墓 国史跡(同上)

勝頼の 墓は父より 小さ目に(同上)

榊原 康政の墓 慎ましく(同上)

政宗は 貞山公の 法名で(同上)

鳥取の 池田家墓所は 塔一つ(同上)

四天王 井伊直政は 霊屋(おたまや)に(同上)

大垣の 戸田家墓所には 塔九基(同上)

整然と 津軽家の塔 並び立ち(同上)

記念碑に 堀尾(よし)(はる) 影薄く(同上)

島津家の 三代仲良く 五輪塔(同上)

悠然と 石田三成 墓は立つ(同上)

花想う 信濃高遠 内藤家(同上)

塔二基の 羽前庄内 酒井家墓(同上)

杉の木の 根元に苔が 浸食し(同上)

また一基 鳥居の笠が 石段に(同上)

塔一基 安芸浅野家墓 シンプルに(同上/高野山4) 67

旗本の 根来家墓所は 小規模で(同上)

塔二基の 備後福山 水野家墓(同上)

千姫の 波乱が浮かぶ 供養塔(同上)

平置きの 播州姫路 本多家墓(同上)

供養から 忠長切腹 七年後(同上)

(てっ)() 前田利長墓 施錠され(同上)

(しきみ)見る 法然上人 五輪塔(同上)

霊屋は (しゃく)(だに)(いし)の 石造り(同上)

秋風に 師匠と弟子の 句碑を見る(其角句碑)

豊臣家 一族の墓所 県史跡(奥ノ院)

五輪塔 秀吉だけが 抜きん出て(同上)

御陵橋 渡り(せん)(りょう) 皇族墓(仙陵)

御廟橋 先は聖域 襟正す(御廟燈籠堂)

玉川は 心潤す 霊水で(同上)

水向所 江戸前期から 設置され(水向地蔵)

町石の 側で出店が 樒売る(大通り)

数珠屋では 作務衣(さむえ)再び 買求む(同上)

食堂も 景観重視 入母屋で(同上)

高野山 ケーブル降りて 旅終える(高野山ケーブル)

高野山 長句(短歌・狂歌)

旅すれば 幸運な日々 続くかな 空海大師 さしがね仕業(高野山ケーブル/高野山1)

ありがたや 高野の山 七度目で 再び生きて 帰る喜び(女人堂)

空海の 理想の仏都 衰えず 七堂伽藍 ()(いん)百十余(同上)

御所坊の ()陵院(りょういん)は 修験道 室町末期 親王開基(巴陵院)

民営の 国民宿舎 巴陵院 高野山では 格安な宿(同上)

鎌倉期 (れん)()(じょう)(いん) 創建と 真田幸村 ゆかりの寺で(蓮華定院)

宿坊の 五坊集約 鎌倉期 寂静院(じゃくじょういん)の 開創とされ(五坊寂静院)

本堂は 入母屋造り すがる破風 奈良中宮寺 旧堂移築(同上)

多宝塔 五ノ(むろ)(だに) シンボルで 江戸後期築 金輪(きんりん)安置(金輪塔)

高野には 時の権力 偲ばれる (しょく)(ほう)超えた 徳川の夢(徳川家霊台)

御室なる 光臺院(こうだいいん)の 開創は 平安末期 覚法(かくほう)親王(光臺院)

本堂は 入母屋造り 妻入りで 本尊阿弥陀 国の重文(同上)

警察も 景観の中に 身を包む 紀州高野の 伽藍の林(警察署)

普化(ふけ)が 平安前期 開基とか 千手院(せんじゅいん)(だに) 一乗院は(一乗院)

明治期に 一乗院は 焼失し 本堂含め その後再建(同上)

今回の 高野山での 目標は まだ見ぬ子院 撮影せんと(同上)

普賢院 芭蕉の跡を 偲びつつ 宿泊をした 思い出浮かぶ(普賢院)

蓮花院 大師開基の 子院なり 徳川家との 関わり深く(蓮花院)

子院でも 格式差あり 別格と 準別格に 本山分れ(同上)

死ぬ前に 聞いてみたい 理趣経の 甘い誘いと 秘められた夢(高野山大学)

身を清め 参拝するは 二つ社寺 伊勢神宮と 高野山かな(壇上伽藍)

六角の 荒川経蔵 二層建て 昭和九年に 再建されて(荒川経蔵)

狛犬と 神明(しんめい)鳥居 拝殿に 山王院は 高野の鎮守(山王院)

拝殿は 入母屋造り 重文で 桃山期築 間口九間(同上)

空海を 超える僧など 国になし 西行・芭蕉 憧れた人(同上)

()(やしろ)に 丹生(にう)(かり)()の 明神と 十二王子神 それぞれ祀り(同上)

御社は 室町後期 再建で 三棟まとめ 国の重文(山王院御社)

夢ありて 今の自分は あるけれど 見えぬ大師に 生かされもして(同上)

身に宿る 仏縁こそが 宝なり 空海大師 心の支え(西塔)

闇を(いで) 闇へと帰る 人生は 毎日が旅 旅こと棲み家(同上)

入母屋の 准胝堂は 重文で 明治中期に 再建される(同上)

金堂の 薬師如来は 有名な 高村光雲 仏師の作で(金堂/高野山2) 67

目を閉じて 生の始り 振り向けば お大師様は 暗しと答う(同上)

生きる気が 失われし日 魂は 高野山にて 即身成仏(同上)

堂めぐり 伴う月は 見えぬとも ()(えい)(どう)には 大師の気配(御影堂)

今日もまた 堕落の歌を 耳にして 高く望むや 空海大師(同上)

壇上の 根本大塔 多宝塔 昭和前期に 復原されて(根本大塔)

天台は 根本中堂 シンボルで 真言宗は 根本大塔(同上)

わが命 お大師様に 預け置き まだ生きている 有難さかな(愛染堂)

東塔は 昭和後期の 再建で 弁柄色の 外観優美(東塔)

唯一の 大本山の 宝寿院 金剛峯寺に 代わる役目も(宝寿院)

本堂は 入母屋造り すがる破風 大日如来 本尊として(同上)

谷ヶ峰 親王院(しんのういん)は 開創は 十大弟子の 真如親王(親王院)

高野山 真言宗の 総本山 金剛峯寺は 七度目となり(金剛峯寺)

一人来て 一人去り行く 世を旅し 思い出無限 同行二人(同上)

風雪に 百年耐えれば 味が出る 古き薬屋 虎屋の屋号(商店通り)

(しょう)(ぼう)の 大圓院は 開創で 立花(むね)(しげ) 大檀主とか(大圓院)

八角の 摩尼宝塔は 三層で (じょう)福院(ふくいん)が 昭和後期築(成福院摩尼宝塔)

仏像に 好奇を抱き 眺めては 何を思わん 何を学ばん(同上)

世の中に 女と酒が ある限り 煩悩尽きず 懺悔も多し(同上)

仏像に 過ぎにし人の 顔浮かぶ 皆なつかしく 皆ありがたく(同上)

開創は 遍照光院(へんじょうこういん) 大師とか 国宝重文 絵画を所蔵(遍照光院)

地蔵院 尊海阿闍梨 住房で 入母屋屋根が 四重に聳ゆ(地蔵院)

(くま)(がい)() 平安前期 開創で 熊谷寺の名 頼朝名付け(熊谷寺)

法然の 熊谷(なお)(ざね) 弟子となり 熊谷寺にて 敦盛供養(同上)

高野山 ホテルや旅館 無いために 必然的に 宿坊となる(同上)

知ることが 旅の楽しみ 高野山 法然上人 姿見の井戸(同上)

身を清め 心を清め いざ渡る 高野の山の 奥之院かな(一ノ橋)

(なに)(ゆえ)に 高野の道を 歩くのか 芭蕉に西行 大師に逢える(同上)

奥ノ院 加賀前田家は 分散し 利常墓所は 一ノ橋(がわ)(奥ノ院/高野山3) 67歳

空海の 風景執筆 縁からか 司馬遼太郎 文学碑あり(同上)

三ヶ所に 薩摩島津家 墓所は散り 一ノ瀬側は (つな)(たか)と他(同上)

一ノ橋 岡山津山 森家墓所 (ただ)(まさ)個別 五輪塔立つ(同上)

柵壊れ 出羽米沢の 上杉家 哀れな墓所に 鷹山公も(同上)

真っ直ぐに 杉の大木 空に立つ 人の歴史 眺めながらも(奥ノ院参道)

(ちょう)(いし)の 石の卒塔婆 参道に 国の史跡で 世界遺産に(同上)

老中の 播州姫路 酒井家は 十五万石 墓所は寂れて(奥ノ院)

格好いい 人の死に方 思うなら 空海大師 西行法師(大師お腰掛石)

紀州藩 七代藩主 宗将(むねのぶ)の 墓所に分厚い 石扉立て(奥ノ院)

墓所を見て 水野(かつ)(さだ) 藩主知る 備後福山 十万石を(同上)

入母屋の 上杉謙信 霊屋(おたやま)は 江戸前期築 国の重文(同上)

謙信は 越後の龍と 称されも 高野山では 出家を決意(同上)

両川(りょうせん)の 周防岩国 吉川家 小早川家とは 墓所は離れて(同上)

改易後 相模小田原 大久保家 復活しては また小田原に(同上)

笠塔婆 越後村上 内藤家 鳥居正面 五輪塔前に(同上)

日向()() 伊東家墓所は コの字型 九基が揃う 五輪塔なり(同上)

大名の 墓所の多くは 高野山 子院が管理 院の名も見え(同上)

二本松 丹羽家墓所には 珍しき 献灯一基 近年置かれ(同上)

四天王 本多忠勝 墓所みれば 例外的な 宝篋印塔(同上)

掛川の 北條家墓所 哀れなり 三万石は 一代限り(同上)

奥ノ院 汗かき地蔵 中間地 人の苦しみ 背負う地蔵と(中ノ橋)

岸和田の 岡部家墓所の 五輪塔 四基それぞれ ()(りん)に苔が(奥ノ院)

魂を 二つに分かつ 高野山 生の世界と 死の世界とに(同上)

宝形の (みつ)厳堂(ごんどう)が 参道に 覚鎫(かくばん)上人 祀る御堂で(密厳堂)

参道に (ぶっ)(かい)上人 五輪塔 越後村上 (そく)身仏(しんぶつ)で(奥ノ院)

朝鮮の 戦死者慰霊 敵味方 区別しないで 島津氏建立(同上)

豊後岡 中川家墓所 整備され 献灯と玉 まだ新しく(同上)

最大の 崇源院(すうげんいん)の 五輪塔 次男忠長 追善供養(同上/高野山4) 67歳

世の中に 忘れ得ぬ人 選ぶなら 空海大師 俳聖芭蕉(芭蕉句碑)

松山の 久松家墓所 小規模で 十五万石 城に及ばず(同上)

三代の 安芸浅野家の 五輪塔 長政・幸長 長晟(ながあきら)と(同上)

松平 秀康と母 霊屋(おたまや)は 江戸初期築で 国の重文(同上)

島原の 松平家墓 五輪塔 所狭しと 林立するや(同上)

秀吉と 高野山とは 敵対も (おう)()上人 和睦を尽くす(同上)

信長と 筒井順慶(じゅんけい) 墓並ぶ 高野山でも 臣下の礼を(同上)

襟正し 空海大師 霊前で 祈るは平和 歌う御詠歌(御廟燈籠堂)

お大師は 我れを知らぬと 思うけど 我れは知り得る ここにおわすと(同上)

見るよりも 肌に伝わる 高野山 空海大師の 慈悲や頼もし(同上)

人はみな あの世この世と 別れても いずれは帰る 阿字のふるさと(玉川)

十五体 金銅仏が 並び立つ 特に地蔵に 水が注がれ(水向地蔵)

横手市の名所旧跡 短句(俳句・川柳)

滝の沢 人も訪ねぬ 涼しさで(滝の沢/横手市の名所旧跡1) 66

若き日の 穴場スポット 滝の沢(同上)

供花絶えぬ 本多(まさ)(ずみ) 墓所の前(本多上野介墓)

廃仏や 拝むも哀れ 顔が消え(正平寺)

稲荷社の 鳥居で地蔵 合掌し(同上)

本堂に 何故か狛犬 鎮座して(同上)

大坂家 今は空き家の 大地主(大坂家住宅)

夏の雨 不意の増水 河川敷(横手川)

立ち止まる 学校橋の 彫刻に(同上)

初恋の 夏の思い出 横手川(同上)

住む人も 無き大家 鍛冶町に(旧高橋家住宅)

こうじ館 大屋根優美 煙り出し(鍛治町)

片野家の 分家も粋な 門塀で(羽黒町)

遠藤家 武家の式台 玄関に(同上)

片野家に 武家の面影 薬医門(同上)

邸内の 味噌蔵外で 撮影を(同上)

アンテーク 物欲失せて 見るだけで(秋田ふるさと村)

情けなや 最大建屋 病院で(横手公園)

模擬天守 展望台に 名を変えて(同上)

杉高く 金沢(かねざわ)(さく)() 覆うほど(金沢公園)

草生えし 古城の影は 夢の中(同上)

横手では 昭和は遠く 娯楽減り(同上)

西沼や 雁も味方の 古戦場(平安の風わたる公園)

雪捨てて 命も捨てる 横手かな(出羽印刷)

積る雪 油断大敵 家潰す(こうじ屋)

雪踏めば 音する先に 平鹿富士(金峰山)

廃屋の ホテルに積る 雪哀れ(旧ウェルネス横手路)

行きつけの 床屋の歴史 忘れ得ぬ(シルクハット)

阿部旅館 細々ながら 市街地に(阿部旅館)

旧ホテル てるいの看板 まだ残り(旧ホテルてるい/横手市の名所旧跡2) 67

尾張屋は 呉服屋消えて 旅館だけ(尾張屋旅館)

消えて行く 街の旅館も また哀れ(旧旅館秀峰閣)

ふるさとは 病院特老 大賑わい(横手公園)

模擬天守 壁の白さに 雪同化(同上)

本当に 富士見大橋 出羽富士が(富士見大橋)

大橋や 鳥海山に 一車輛(同上)

降る雪や 末期の旅は 鳥海に(同上)

三月は まだまだ遠い 鳥海で(秋田県立近代美術館)

平鹿富士 田久保沼では ピラミット(同上)

()(たけ)(さん) 存在薄い 山容で(同上)

木の周り 殆ど丸く 雪融けて(同上)

川渡る 親子の鹿が 屏風絵に(同上・福田豊四郎展)

荒海を 飛び行く鳥を おぼろげに(同上)

沼の前 抱擁し合う 像が立つ(田久保沼)

春近く 醜い景色 雪捨て場(秋田ふるさと村空き地)

渡り鳥 秋田に戻り 馬鹿となる(樋ノ口)

群れなさぬ トビは孤独な 留鳥で(同上)

カメラ手に 身近な桜 散歩道(用水路歩道)

春景色 鳥海山に 横手川(横手公園)

本丸の 社殿は荒れてて 倒木も(同上)

春思う 喜び深き 北の国(同上)

廃校に 残るも哀れ 体育館(大森公園)

他所(よそ)んちの 庭木を眺め 過ぎる春(武藤氏庭園)

明治期の 希少な庭が 里見にも(同上)

桜咲く 田久保沼には 平鹿富士(田久保沼)

詩人らの 胸像四作 美術館(秋田県立近代美術館/横手市の名所旧跡3) 67

似つかない 詩人高村 光太郎(同上)

どう見ても 中原中也 (さら)し首(同上)

賢治像 これも似つかぬ 顔をして(同上)

根元だけ 義家ゆかり 兜杉(金沢公園)

皇族の 植樹が数多 公園に(同上)

景政の 功名塚に 桜かな(同上)

立馬郊(りつぱこう) 雁飛ぶ乱れ 伏兵知り(平安の風わたる公園)

古戦場 壁画の上に 桜咲き(同上)

三連の (かりがね)(ばし)は 美しき(同上)

花見なら (かしら)無川(なしがわ) 散歩道(頭無川)

土蔵には どんなお宝 眠るかと(山下記念館)

稲荷社に 二百五十年 記念碑が(同上)

入母屋の 社殿は優美 破風付けて(澤口神社)

向拝の 龍の彫刻 また見事(同上)

神社(した) 桜の花に 温泉も(同上)

たらい漕ぎ 大正四年 発祥地(真人公園)

()人山(ひとやま)の スキー思い出 遠い日々(同上)

小勝田(おがた)(ぬま) トゲウオの棲む 湧水地(小勝田沼)

湧水池 今日一日は 探す日に(琵琶沼)

井戸横の 洗い場今は 人を見ず(同上)

龍泉寺 池にわずかな 花筏(龍泉寺池)

特老の 鍋子(なべっこ)清水 まだ涸れず(鍋子清水)

桜の木 枯れたら植えよ 土地の主(旧浅舞駅)

沼五つ 白藤清水 湧水池(白藤清水自然公園)

東屋が (もく)()()沼に 風流に(同上)

五センチの トゲウオ探し ひと苦労(同上)

バッケ咲く (そう)三郎沼 土手沿いに(惣三郎沼)

湧水地 ()(へい)沼にも トミヨ棲み(嘉平沼/横手市の名所旧跡4) 67歳

豊かなる 湧水もまた 財産で(同上)

後三年 遠く聞こえる 雁の声(平安の風わたる公園)

和賀岳の 残雪目にす 雁の里(同上)

廃業の 三又(みつまた)温泉 惜しむなり(旧三又温泉)

陶器製 イワナが基礎の 片隅に(同上)

風化して 哀れを誘う 不動像(金峰神社参道)

ためらいつ 祠の扉 開けて観る(金峰神社)

遥拝し 南郷岳は またの日に(同上)

古民家が 神社の社務所 宮司宅(筏隊山神社)

社務所には 裏に新たな 遥拝所(同上)

桜咲く 小学校は 児童消え(旧吉谷地小学校)

ヤギをひく 少年像が モニュメント(同上)

取水塔 ダム景観に 不可欠で(相野々ダム)

ダムの奥 天竺森の 山高く(同上)

完成時 アースダムでは 日本一(同上)

春訪ね 大松川ダム 散策を(大松川ダム)

みたけ湖に 浮かぶ小島は 新緑に(同上)

多目的 ダムの遊びも 多目的(同上)

上流の 水路の流れ 曲水で(同上)

シバザクラ コロナ禍を経て 植えられず(同上)

比類なき ダムの景観 人知れず(同上)

ヤマザクラ ダムが出来ても 咲き誇る(同上)

忍び寄る 鷺に通じぬ 肘鉄砲(頭無川)

ビンズイの 声面白き 節回し(秋田ふるさと村の池)

杉の木の 伸びるスピード 驚異的(小松家の杉)

横手駅 西も東も 閑古鳥(横手駅西口)

西口の クォードインに 鳥海が(同上)

東口 最後の景色 シャッターに(横手駅東口)

集落の 繁栄偲ぶ 寺社の規模(厳島神社/横手市の名所旧跡5) 67

荒処 沼入り梵天 奇祭かな(同上)

里山の 弁天信仰 面白き(同上)

丁度いい 距離に身を置く 鷺一羽(横手自宅前)

泥棒と 詐欺ははびこる 弥生から(同上)

いつの間に 竪穴住居 姿消す(大保中台遺跡)

縄文の 遺跡の池に 飛ぶ蛙(同上)

北西に ひょっこり頭 ()()()(さん)(道満峠)

秋田杉 明治百年 記念樹に(同上)

真東に 南郷岳の 頂きも(同上)

峠下り (さん)(ない)側へ やっと出る(同上)

大家(おおいえ)も 朽ち果てるなり 過疎の村(山内吉谷地)

(よし)谷地(やち)に 廃屋放置 七軒も(同上)

絵に描いた 限界集落 吉谷地に(同上)

二階建て 中途半端に 家潰れ(同上)

家潰れ 蔦生えやがて 土に帰す(同上)

魚民の 看板消える 日も高く(横手駅前)

少しずつ 崩されるビル 駅前に(旧ユニオン)

真冬でも 鳥海山は 夕焼けて(平鹿総合病院前)

古墳期の 時代を飛ばす 郷土史に(都古墳群)

円墳に 稲荷社を建て 崇めたり(同上)

(つくり)(やま) 古墳時代の 名を秘めて(造立神社)

稲荷社に (こま)(きつね)なきは 珍しき(同上)

拝殿の 龍の彫刻 口を開け(同上)

雄勝城 推定地には 桜散り(里見小学校運動場跡)

目を見張る (せき)(すい)(せき)(ぞく) 様々に(雄物川郷土資料館)

火焔型 土器の装飾 独特で(同上)

シンプルな 弥生の土器は 今風で(同上)

飛鳥期の (くぎ)(ぬき)遺跡 土師器(はじき)出て(同上/横手市の名所旧跡6) 68歳

石膏(せっこう)で アンモナイトを 精巧(同上)

石膏の ウミガメ白く 異様さも(同上)

暑き日は ふるさと村に 涼求め(秋田ふるさと村)

令和でも 伝承者あり わら細工(同上)

十文字 こけしの展示 珍しき(同上)

十文字 和紙に驚く その用途(同上)

平日の ふるさと村は マイペース(同上)

タイヤでも マックストレイン 子らの夢(同上)

秋雲に 三角錐の 平鹿富士(同上)

屏風絵に 失われたる 風景が(秋田県立近代美術館)

雪も無い 道の馬そりは 絵の世界(同上)

(ろく)(せん)の 猟師と紅葉(もみじ) 鮮やかに(同上)

案山子(かかし)持つ 少年の絵に 稲実り(同上)

かまくらの 版画に見える 良き時代(同上)

蔦沼の 紅葉イメージ 絵を眺め(同上)

馬そり行く 鳥海山を 背景に(同上)

樹種多く 紅葉時期が まちまちに(同上・展望廊下)

保呂羽山 霊山ながら 縁薄く(同上)

超豪華 銀線細工 見るだけで(秋田ふるさと村工芸館)

曲げわっぱ 漆塗りには 目を見張る(同上)

十センチ 雪が積もれば 除雪隊(秋田ふるさと村場内)

飛ばすより 部屋に飾るか 湯沢凧(秋田ふるさと村展示品)

雪の上 ワンダーキャッスル 別世界(秋田ふるさと村)

正月の 雨は嬉しき 雪が融け(同上)

田久保沼 雪原思わす 景観に(同上)

出羽富士の 代わりに見える 平鹿富士(同上)

異邦人 エキゾチックな 砂漠の絵(秋田県立近代美術館)

秋田駒 迫力満点 雪の絵は(同上)

大晦日 わが家を照らす 月明かり(横手自宅)

深々と 降り積もる雪 怖ろしき(四日町)

酔えばまた 帰宅する様 千鳥足(かまくら見物)

教会は ミニかまくらと 家灯り(日本キリスト教団教会)

模擬城も 時代を経れば 風格が(横手公園展望台)

温暖化 どこ吹く風か 冬寒く(蛇ノ崎橋)

懐かしき 割烹店が 歴史閉ず(割烹料理菊彌)

古商家に 変な命名 あばだらけ(柏谷家店蔵)

雪積もる 赤鐘楼と 模擬天守(蛇ノ崎橋)

こうじ庵 粋なかがり火 かまくらに(鍛治町/横手市の名所旧跡7) 69

小正月 雨降りしきる 横手かな(四日町)

名橋は 消えて石標 残される(蛇ノ崎橋)

雪融けて 値千金 春景色(横手公園)

死んだなら 鳥海山に 散骨を(同上)

久々に 展望台で 春拝む(横手公園展望台)

大曲 姫神山に 思い寄す(同上)

南西の 未踏峰の 山々が(同上)

春だけは 明永沼(みょうえいぬま)は 水青く(同上)

スキー場 跡地を見ると 虚しさが(同上)

枯れ枝に 花雲思う 眺めかな(同上)

釣り人は ヘラブナ釣りが 究極と(牛沼)

平鹿富士 UFO飛来 春の夢(金峰山)

退職し 桜の花に 無我夢中(頭無川)

桜の木 五十九本 元気かと(同上)

散る花や 哀れを誘う 夜明け前(同上)

水門の 青さに対比 咲く桜(条里用水路)

用水路 百六十本 桜(みち)(同上)

桜咲き 徐行運転 大通り(条里大通り)

数えれば 三百余本 桜路(条里桜並木通り)

最北の 古墳の価値を 市は知らず(蝦夷塚古墳群)

蝦夷(えぞ)(づか)の 古墳は更地 姿変え(同上)

この町に 錦飾れず 見る桜(浅舞公園)

大木の シダレザクラが 空覆う(同上)

友もなき ふるさとに来て 花見する(同上)

御神木 樹齢不明の 秋田杉(田村神社)

朝倉の 桜は入学 時期を過ぎ(朝倉小学校の桜)

イチョウより 城南高校 サクラかな(城南高校の桜)

夢の夢 花は負けじと 咲いている(横手川中の橋)

中の橋 桜並木が 両土手に(同上)

公園に 千本桜 咲き誇る(大森公園)

城跡の 山一面が 花の雲(同上)

スキー場 跡地は今も 桜咲き(同上)

花の下 パターゴルフを する人も(同上/横手市の名所旧跡8) 69

寄棟の 古民家ゆかし 唐破風も(大雄阿気)

黒塀に ハクモクレンと サクラ咲き(同上)

聖堂の 桜は絵になる 景観で(カトリック横手教会)

落ち着かぬ 桜林(さくらばやし)の ケヤキの木(光明寺公園)

花の時期 テント生活 してみたき(花端木児童公園)

この歳で 砂場にしゃがみ 自画像を(同上)

横手川 桜の先に 模擬天守(横手川桜並木)

黒川や 寂しき桜 廃校に(旧横手西中学校)

あねこ石 桜の花に ひっそりと(横手黒川)

黒川の 河川公園 鳥も来ず(同上)

花見客 見かけぬ並木 黒川に(同上)

黒川で 桧木内川 見る思い(同上)

歯抜けする 桜並木に 落胆も(同上)

校庭の 周囲は桜 埋め尽くし(朝倉小学校)

教育は 環境次第 美意識も(同上)

桜咲く 季節は腰が ふらついて(朝倉の横手川)

舘跡 土塁の桜 歴史的(大鳥公園)

花見する 客は皆無の 公園に(同上)

大鳥の 桜は続く 川にまで(同上)

半世紀 籍置く市でも 見ぬ桜(新坂町)

桜咲き 付加価値高き 住宅地(同上)

荒れ地には 雪見灯籠 スイセンが(本町)

桜添う 日新館の 洋館に(城南町)

大柳 桜に負けぬ 葉を空に(羽黒町)

西誓寺 シダレザクラは 横手一(西誓寺)

枝の花 勢い増して 頭上まで(同上)

対岸で 眺める桜 花の帯(二葉町)

菜の花も 咲いて欲しきと 桜見る(同上)

陽を好む 桜の枝は 東へと(朝倉町)

橋の上 眺める桜 格別で(愛宕大橋)

横手川 魅力は花の 大蛇行(同上/横手市の名所旧跡9) 69

神明社 花に顔出す アマテラス(神明社)

多目的 施設重なる 公園に(横手記念公園)

公園は 桜の名所 小規模で(同上)

ぼんぼりを 飾らなくても 屋台立つ(真人公園)

懐かしき 真人公園の キャンプ場(同上)

入口に ソメイヨシノの トンネルが(同上)

()(たか)(ばし) 沢口沼の 中島に(同上)

()()(やま)の スキー場跡 桜植え(同上)

花雲に 澤口神社 赤い屋根(澤口神社)

ため池に 桜と神社 温泉と(同上)

食事後は レストハウスで 昼寝して(秋田ふるさと村)

十和田湖の 二曲六扇 春と秋(秋田県立近代美術館)

十和田湖の 半島二つ 屏風絵に(同上)

眼下には ふるさと村の 花の雲(同上)

美術館 展望廊下で 花俯瞰(同上)

ふと見れば 屋外彫刻 花に消え(同上)

田久保沼 春はかげろう 水すまし(同上)

野暮ったい 焼却場も 被写体に(同上)

桜には 鉄塔越しに 平鹿富士(同上)

桜咲く ワンダーキャッスル 日本風(同上)

マンモスの 像の牙にも 桜添い(同上)

遠見する (かりがね)(ばし)も 桜かな(平安の風わたる公園)

湯とぴあ 花見しながら 湯に浸かり(雁の里山本公園)

自治体の 境界跨る 古戦場(同上)

キャンプ場 いつも気になる 光景で(同上)

雁の里 花のアーチに 真昼岳(同上)

もの言わぬ 山に感ずる 日々の(うた)(平鹿富士)

雪捨場 ふるさと村を 台無しに(秋田ふるさと村前)

雪の山 奥に聳える 平鹿富士(同上)

十和田湖の 雑な絵を観る 美術館(秋田県立近代美術館)

名無し杉 赤坂杉と 名付けるか(赤坂稲荷神社)

参道に 杉の巨木が 四・五本も(同上)

鳥海の 雪形今日は 九十九(つくも)(じま)(横手公園)

()()()(さん) ズームを伸ばし 眺め観る(同上)

朝市に 見覚えのある 人の顔(浅舞朝市)

過疎の町 人はちらほら 朝市に(同上/横手市の名所旧跡10) 69

朝市は 四百年の 風物詩(同上)

井戸ポンプ 残すだけなら 維持費ゼロ(広域体育館前)

鉄橋を 渡る花嫁 モノクロに(観光情報センター写真展)

蛇ノ崎や 消えた風景 水遊び(横手川)

目に染みる 夏の夕暮れ 横手川(同上)

出しゃばらぬ 朝顔の花 散る夕べ(秋田ふるさと村)

屋形舟 横手送り盆 絵の中に(秋田県立近代美術館)

出店立つ ふるさと村の 秋行事(秋田ふるさと村)

利き酒の 自販機もある 世の中に(同上)

村内の マックストレイン 人気あり(同上)

夢の()に 浮かんで消える 萩と月(同上)

雀追い 写真の景色 懐かしく(秋田県立近代美術館)

()(つけ)には 粋な男の 善し悪しが(同上)

籠の花 写真と見紛う 写実さで(同上)

混浴に 河童飛び込む 絵は奇妙(同上)

雨が降り かまくらだけが 白くあり(横手市交流センター)

雪不足 資金も不足 不満足(かまくら館)

遠ざかる 中央町の 飲み仲間(市役所通り)

消防署 塔屋に桜 絵にもなる(条里大通り)

背を伸ばす 桜の横に 伏す桜(同上)

散る桜 次ぎの楽しみ 葉の香り(同上)

散策路 花びら落ちて 道白く(同上)

見納めと 思いて今年 桜見る(同上)

アンテーク 奇抜なデザイン スタンドが(秋田ふるさと村展示品)

バイオリン モチーフにした 工芸も(同上)

いつ観ても 気になる絵には 足止まる(秋田県立近代美術館)

十五まで 遊んだ駅の 遺構見る(平鹿町伝承館)

横手市の名所旧跡 長句(短歌・狂歌)

住む横手 最も愛した 滝の沢 暫くぶりに 凉を求めし(滝の沢/横手市の名所旧跡1)

来て見れば 草茫々の 滝の沢 「オザッテタンセ」 何が横手か(同上)

鳴海沢 我が道求め 登り行く 熊の気配に 怯えながらも(いこいの森)

哀れかな 鳴海沢荘 寂れたり 畳外され 土剥き出しに(同上)

城南に 本多(まさ)(ずみ) 終焉地 出羽に流刑 (ざん)()の果てに(本多上野介墓)

赤門の 曹洞宗の (しょう)(へい)() 平安後期 正衡(まさひら)開基(正法寺)

中興の 小野寺泰道 墓所があり 横手城主で 三郡の覇者(同上)

豪農の 屋敷に鎮座 昔から (いち)(かみ)の石 隕石説も(大坂家住宅)

上流は 小岩にぶつかり 白波が 横手川には 変化が多く(横手川)

古き日の 蛇ノ崎橋の 石標が 保存されたり 横手川岸(同上)

横手町 古地図を眺め 訪ねたり 今と昔の 家の違いを(四日町)

店蔵に 看板だけが 高らかに 斎田薬局 明治コナミルク(同上)

切妻の 雨戸床しき 一・二階 洗練された 昭和の民家(旧高橋家住宅)

プライドは 山より高く 実績は 岡より低い 横手商人(四日町)

カトリック 横手教会 シンプルな 切妻平入り 二階に塔屋(横手教会)

武家屋敷 面影残る 羽黒町 長い黒塀 庭木の繁み(羽黒町)

片野家の 本家の敷地 最大で 明治期築の 主屋は豪華(同上)

閑古鳥 鳴いてた時期は 遠い日に 秋田ふるさと 村の現在(秋田ふるさと村)

イベントを ふるさと村は 頻繁に 開催しては 賑わいを増し(同上)

(むかし)見た 景色は同じ 山と川 移り変わるは 旅ゆく心(横手公園)

山々に 初雪降れば 気は沈む 昔愛した 初雪なのに(同上)

西沼を 縄張りにした 鴨たちも 来なくなりけり 淋しき秋に(平安の風わたる公園)

晴れた日は 高台に建つ 美術館 横手盆地の 展望を見ん(秋田県立近代美術館)

映画館 ボーリング場 スキー場 滅んでしまった 横手の娯楽(横手スキー場跡)

雪見れば 幼き頃の 思い出が あれこれ浮かび 胸つまるかな(同上)

横手市は 村より遅い 下水道 差押されられた その負担金(横手川)

永く住む 所にあらず この横手 コソ泥多く 雪も多くて(横手公園)

取り壊し 確定された 建物は 横手最後の 駅前旅館(旧小川旅館/横手市の名所旧跡2)

その昔 ユースホステル 鎌田屋は 旅好き仲間 集まりし宿(鎌田屋旅館)

大町の 旅館(ひら)() 創業は 明治元年 横手で最古(旅館平利)

擬洋風 下見板張り 二階建て 旅館の灯り また一つ消え(旧伊東旅館)

死に向かう 母のベットに 鳥海が 九十一年 守られし山(平鹿総合病院)

三月に 入り晴天 続くなり 鳥海山も 森から顔を(秋田県立近代美術館)

割山は 幼い頃の スキー場 仲間数人 雪踏み固め(横手割山)

日本画家 福田豊四郎 展示会 秋田出身 改革の旗手(秋田県立近代美術館)

腹一杯 田んぼの落穂 啄んで 北に旅立つ 白鳥の群れ(樋ノ口)

いつまでも 変わらずにある 景色こそ 我が懐かしき 故郷なりき(同上)

遠い日に 町のスキー場 廃止され 禿げた山にも 草木が育ち(同上)

人はみな 生まれ在所は 選べない されども死する 場所は選べる(同上)

行く店が 一軒二軒 消えて行く テナントビルの 灯り淋しく(横手駅前)

駅前に 再々開発 計画が 消え行く前に 写真に残す(同上)

病院と ジャスコが退去 空洞化 横手駅前 紆余曲折し(同上)

通る度 昔の借家 荒れ果てて 寿町は 何処(いずこ)にありや(小川商店)

公園に (はた)儀三郎 胸像が 公園整備 生涯捧げ(横手公園)

桜花 咲いてみないと 分らない 横手公園 老木多く(同上)

横手市の 胸像探し 興味持ち 斎藤(たけ)() 園地で目にす(寿町園地)

大森の 山下太郎 記念館 庭園の中 胸像が立つ(山下太郎記念館)

墓地に立つ 近藤正治 胸像は 山下太郎 実父のために(大慈寺)

実業家 塩田団平 胸像は 菩提寺である 蔵光院に(蔵光院)

福地には 佐々木恭三 胸像が ガラスケースに 覆いの中に(雄物川福地)

洋風の 公民館は 二階建て (りく)()()の下 円柱()(ほん)(里見公民館)

里見には 佐野吉太郎 胸像が 公民館の 前に立てられ(同上)

石垣の 石は転がり 放置され 庭の衰退 虚しさを秘め(武藤氏庭園)

(かしわ)()家 住宅は市の 文化財 切妻平入り 店蔵二階(柏谷家住宅/横手市の名所旧跡3)

明治期の 呉服屋跡が 柏谷家 店蔵奥に 主屋を構え(同上)

四日町 明治天皇 行幸地 跡の記念碑 路傍の石に(四日町)

金澤(かねざわ)の 八幡宮の 創建は 平安後期 金沢柵に(金澤八幡宮)

政治家の 伊藤直純 胸像は 昭和初期作 本丸跡に(金沢公園)

(りつ)()(こう) 後三年の役 武将像 再度戦う 姿が夢に(平安の風わたる公園)

立て膝の 武衡(たけひら)像は 悔いる顏 兵糧攻めを 予期せぬことに(同上)

家衡(いえひら)の 像は甲冑 立ち姿 剣を突き立て 屈服せぬと(同上)

清衡(きよひら)の 像は立て膝 義家に (すけ)()()されて 屈する如く(同上)

勝ち組の 義家像は 立ち姿 太刀は要らぬと 扇子を手にし(同上)

訪ねれば 善明(ぜんみょう)(あん)の 傘松は 哀しいことに 伐採されて(横手下八丁)

大雄に 高橋(のぶ)() 胸像が 村長七期 務めた結果(大雄庁舎)

大森の 山下太郎 記念館 郷土出身 不動の地位を(山下記念館)

庭園は 小さな池の 回遊で 灯籠三基 形式変えて(同上)

故郷に 宝の山は 多かれど 知らずに老いて 悔いは残れり(平鹿富士)

初見する 花の景色に ひれ伏して 眺めて見たり 故郷の山(同上)

多武(とうの)(みね) 談山(たんざん)神社 勧請し 澤口神社 創建不詳(澤口神社)

祭神の 鎌足(かまたり)(こう)は 退かれ 明治に入り オオクニヌシに(同上)

花の時期 真人(まと)公園は 欠かせない 胸像めぐり 最後の場所に(真人公園)

実業家 長坂(また)()() 胸像が 真人公園の 段丘上に(同上)

政治家の 林松之輔 胸像は 立派な髭を 胸まで伸ばし(同上)

車停め 眺める人も 無い沼も トゲウオ棲むと 聞けば興味も(小勝田沼)

横手には 心に残る風景が 数多あれども あまり知られず(琵琶沼)

琵琶沼に 昔朝市 立ちし頃 沼は生ゴミ 捨てられ臭く(同上)

ふるさとの お寺の庫裏に 膝をつき 習字に学びし 思い出もあり(龍泉寺池)

浅舞は 豊富な地下水 あるために 公共水道 未だ通らず(白藤清水自然公園)

幾度も 道路を走り 眺めたが 沼の名前を 知るは初めて(嘉平沼/横手市の名所旧跡4)

我が秋田 秘湯ブームは 遠ざかり 三又温泉 基礎だけ残り(旧三又温泉)

源泉の 跡を探し 眺めると 往時の湯船 脳裏を過る(同上)

里山に 金峰神社 多く建つ 修験の名残り 南郷地区に(金峰神社)

本殿は 五月過ぎても 雪囲い 田植え終えれば 解体せしか(同上)

山内の 南郷岳は シンボルで (えんの)行者(ぎょうじゃ)の 開山説も(南郷岳)

黒沢の 芝倉山は 未踏峰 単独登山 熊が脳裏に(芝倉山)

筏隊山(ばったいさん) 神社創建 南北期 仙人様を 移民を祀り(筏隊山神社)

集落の 酒屋の看板 朝乃舞 浅舞の酒 見るは嬉しき(上台集落)

山内の 相野々ダムは 懐かしく 小学校の 遠足以来(相野々ダム)

相野々の ダムの園地に 東屋も 弁当食べた 思い出浮かぶ(同上)

大規模な やまばと山荘 建てられて ダム周辺は 賑わいを増す(同上)

黒沼に 長者伝説 旅人が 手紙を届け 金鉱得たと(黒沼)

伝説は 菅江真澄も 信じ込み 雪の出羽路に 書き記すなり(同上)

黒沼は 地震の(あと)の 陥没湖 雨乞いのため 神社建てられ(同上)

平成の 大松川ダム 様式は 重力式の コンクリート造(大松川ダム)

里山を 遠く眺めて 浮かび来る 婆の洗濯 爺の柴刈り(大松川)

アオサギは 長い首など 気にもせず 飛び行く姿 優雅に見えし(頭無川)

(えん)(じょう)() 蓮如上人 旧跡の 石碑に知るや 東北布教(圓浄寺)

見慣れない 野鳥を眺め 撮影し 図鑑で調べ 知る喜びも(秋田ふるさと村の池)

我が家より 鳥海山が 消えて行き 引っ越しできぬ 老いの貧しさ(横手自宅)

松脂が 手にひっかかり 離れない 離ればなれて 過ぎし四十年(同上)

横手駅 (むかし)平源 (いま)プラザ その駅前に 聳え建つ物(横手駅前)

構内に 立ち食いそば屋 在りし頃 横手の駅の 最盛期かと(横手駅構内)

横手市で 好きになれない 市役所は 税の取り立て 温情がなく(横手駅東口)

荒処 厳島神社 参拝す 集落毎の 神社も貴重(厳島神社/横手市の名所旧跡5) 67

拝殿は 入母屋造り すがる破風 本殿一間 流れ造りで(同上)

里山に (おお)()中台 遺跡あり 縄文時代 漠然として(大保中台遺跡)

発見後 竪穴住居 建てるとも 藁葺き屋根は 時代に合わず(同上)

林道の 道満峠 眺めよし 横手盆地が 端から端へ(道満峠)

故郷に 帰りて住まば 味気なく 美観を求め 山に親しむ(同上)

大屋根と 軒のたわみが 痛々し 雪の重みに 何とか耐えて(山内吉谷地)

寒村に 離村者多く 廃屋が 物悲しげに 道に点在(同上)

吉谷地に 小学校や 診療所 在りし時代は 夢の如くに(同上)

十軒で 今も住む家 二軒ほど 吉谷地集落 あまりに悲惨(同上)

横手駅 乗客減じ 行く中で 駅前開発 市は(ちから)入れ(旧ユニオン)

移ろいて 夢幻の 如くなる 横手駅前 二度の開発(同上)

病院の 跡地は今や 様変わり YY広場 イルミネーション(横手市交流センター)

浅舞の 都周辺 古墳群 関心ないのか 調査もされず(都古墳群)

最北の 古墳群さえ 手付かずで 雄勝城跡 謎は未来に(同上)

はじかれて 発掘調査 砕け散る 縄文遺跡 草叢の上(鍋倉遺跡

海山に 恋し焦がれて 六十年 盆地生まれの 我が思いなり(同上)

(つくり)(たて) 神社建立 明治期で ()(くう)(ぞう)(そん)を 稲荷にかえて(造立神社)

拝殿は 入母屋平入り 本殿は 入母屋妻入り すがる破風で(同上)

雄勝城 雄勝郡内 こだわりも 発掘調査 古代のロマン(里見小学校運動場跡)

目印の 柳が消えし 田んぼ道 城跡探し 今日も空振り(雄勝城推定地)

雄物川 郷土資料館 企画展 今日は嬉しき 出土を展示(雄物川郷土資料館)

やや細き 石棒両端 飾り彫り 縄文後期 祭祀の遺物(同上)

土偶には 欠損された 物多く 再生願う 信仰なのか(同上)

蝦夷(えぞ)(づか)の 副葬品の 遺物では 勾玉(まがたま)()(だま) 県文化財(同上)

高坏(たかつき)は 古墳時代の 出土品 酒を注いで 飲んでもみたき(同上)

実る秋 横手盆地は 恙なく 金麓園で 眺める景色(金麓園/横手市の名所旧跡6) 69

月一度 執筆休み 外出を ふるさと村で 気分転換(秋田ふるさと村)

見慣れれば ワンダーキャッスル 気にならず ふるさと村の 異国情緒は(同上)

日本画家 福田豊四郎 絵を見れば ひと目分かる 独自の画風(秋田県立近代美術館)

版画家の 勝平(とく)() 作品は 地元秋田の モチーフ多く(同上)

日本画家 寺崎廣業(こうぎょう) 屏風絵は ()(きょく)(ろく)(せん) 山々描き(同上)

ジャンプする スキーストック 竹製で 描いた頃の 時代偲ばれる(同上)

平鹿富士 金峰山(はんぽうざん)を われ名付く 三角山は 平凡すぎる(同上・展望廊下)

展示され 浅舞絞り 学び知る 我が浅舞の 工芸品と(秋田ふるさと村工芸館)

樺細工 短冊入に 釣り合うは 芭蕉真筆 短冊の句か(同上)

湯沢凧 しみじみ観るは 初めてで 多くは武者絵 大中小と(秋田ふるさと村展示品)

湯沢凧 三百年の 歴史とか 京の錦絵 真似て始まる(同上)

長大な エスカレーター 冬休み 美術館には 過剰な設備(秋田県立近代美術館)

かまくらの 祭りの夜は 模擬天守 特別公開 初めて上る(横手公園展望台)

絵の構図 蛇ノ崎に 鐘楼と 川の先には 鳥海山が(同上)

壮大な 白とオレンジ 灯の川原 蛇ノ崎橋の ミニかまくらは(蛇ノ崎橋)

洋風の (ひら)(げん)本店 二階建て 昔恋しき 文学の宿(大町/横手市の名所旧跡7) 69歳

大町に 老舗菓子屋と 旧旅館 向かい合わせに 残る景観(同上)

横手城 戊辰の役で 炎上し その情況が 絵に残されて(展望台資料室)

焼失後 城の様子が 描かれて 本丸(にの)(しろ) 焼跡の文字(同上)

城からの 鳥海山の 風光を 横手富士とし 絵に描いたり(同上)

古地図には 我が浅舞は 朝舞に 増田は舛田 表記移ろい(同上)

ピストルと ライフル銃の 展示見る 庄内藩の 置き土産かな(同上)

泉川 白水(はくすい)邸で 偲ぶかな 九十二歳 風流人を(泉川白水邸)

梅が咲き 桜が咲いて 横手にも 春を喜ぶ ウグイスは鳴く(同上)

自宅から 五分歩けば 桜路 角館まで 出掛けなくても(条里用水路)

振り向けば 吉野や高遠(たかとう) 花見して 老いて知るなり 身近な桜(同上)

まだ若き 桜並木も 年毎に 互いを意識 美を競うなり(同上)

枝振りの 同じ桜は 皆無なり 人の個性も (かく)の如くで(同上)

県道も 桜並木の 大通り 車を停めて 花見をしたり(条里大通り)

行きつけの スーパー前も 桜路 毎日花見 酒買い求む(同上)

大雄の 田村神社 開創は 平安初期に 毘沙門祀り(田村神社)

坂上(さかのうえ) の()(むら)()()の 伝説に 毘沙門天の 信仰多く(同上)

拝殿は 宝形造り 唐破風で 毘沙門堂の 面影残る(同上)

大雄も 戊辰の役の 戦場に 奥州列藩 秋田を侵す(田村古戦場跡)

リゾート地 大森公園 面積は 八万六千 坪と広大(大森公園)

花見する 散策客は ちらほらと 酒宴催す 客は皆無に(同上)

大森の 備前酒造の (だい)()(がわ) 忘れられない 原酒の味は(備前酒造/横手市の名所旧跡8)

歴史ある 横手マリア園 保育所の 外観優美 (はかま)(こし)屋根(横手マリア園)

光明寺 公園にある 桜の木 樹高均一 バランス保つ(光明寺公園)

(はな)(みず)() 児童公園 前郷に 周囲に桜 二十本ほど(花端木児童公園)

横手川 桜並木は 格別で 桧木内川 劣らぬ眺め(横手川桜並木)

哀しきは ソメイヨシノの 樹齢かな 人の寿命と ほぼ重なりて(同上)

見慣れれば 桜並木の 価値忘れ 多く人は 気にせぬ素振り(同上)

横手川 黒川辺り 川狭く 横手市内と 趣変える(横手黒川)

黒川に 虚しく残る 野球場 場外桜 ホームラン待つ(同上)

素晴らしき 桜並木が 黒川に 河川公園 人に知られず(同上)

大鳥の 公園の桜 昔より 本数減らし 運動場に(大鳥公園)

花が咲き 初めて歩く 並木道 新坂町(しんざかちょう)の 水路の桜(新坂町)

(ふた)()(ちょう) 横手城下の 武家町で 大きな屋敷 面影残す(佐藤家住宅)

切妻の 佐藤家住宅 二階建て 三重(みえ)の主屋は 驚く長さ(同上)

本町(もとまち)の 空き地に土蔵 一棟が 改修されて 白壁目立つ(本町)

初代(ぬし) 英語教師の チャップリン 旧日新館 親しみ感ず(城南町)

横手では シダレザクラは 珍しき 道路両肩 並木となれば(根岸町)

今は知る 横手の魅力 五千本 市内全域 桜の多さ(同上)

()(ぐろ)(ちょう) 横手川沿い 散策路 桜並木の 花は見頃に(羽黒町)

横手川 市街地過ぎて 上流へ 進むと土手に 桜は続き(上内町)

上流に ダムが築かれ 横手川 街の洪水 遠い昔に(朝倉町)

北端の (いかり)大橋 歩道橋 桜堤も ここで途切れる(碇大橋)

花の美は ソメイヨシノで 完結し 昭和の後期 日本各地に(同上)

横手川 市内十ヶ所 橋めぐり それぞれ桜 橋の眺めに(愛宕大橋/横手市の名所旧跡9)

河川敷 ブルーシートに 車座で 花を愛でたる 酔狂消えて(同上)

横手川 桜紀行の 最終地 阿桜酒造 大沢辺り(大沢橋)

神明社 江戸享保期の 創建で 横手城下の 町人地区に(神明社)

丘の上 記念公園 開設は 大正天皇 即位の折に(横手記念公園)

多目的 都市公園で 面積は 一万二千 坪に会館も(同上)

展望は ちょっとイマイチ 公園で 鳥海山は 雲に隠れて(同上)

附帯する 市民会館 老朽化 昭和中期の 多目的ホール(同上)

県南で 真人公園は 唯一の 桜の名所 日本百選(真人公園)

百選の 真人公園に 咲く桜 一万七千 坪に二千本(同上)

ボート漕ぐ 人の姿は 絶えもせず 横手公園 絶えて久しく(同上)

張り出しの 奇観を呈する 美術館 桜の花と 共に見上げる(秋田県立近代美術館)

偶然に マックストレイン Lの字に エスカレーター 下で停車し(同上)

雁の里 山本公園 素晴らしき スキーにキャンプ 温泉に花(雁の里山本公園)

美術館 エスカレーター 驚異的 一階五階 あまりに長く(秋田県立近代美術館)

赤坂の 稲荷神社 入口の 名無しの杉は 樹齢千年(赤坂稲荷神社)

浅舞の 商店街は 壊滅し 残る朝市 極めて貴重(浅舞朝市)

浅舞の 朝市始まり 神の石 隕石落ちて 人が集まり(同上)

ふるさとの 町の中心 訪ねれば 名家の屋敷 朝市となり(同上/横手市の名所旧跡10)

目を閉じて 思い起こすは ふるさとの 賑わう頃の 沼の朝市(同上)

奈良時代 土地区画した 条里制 破壊が続く 横手の遺跡(横手条里制遺跡)

身を呈し 遺跡を守る 人はなく 横手古代史 役人任せ(同上)

高齢者 センター解体 涙出る 新築されて 三十一年(旧横手市高齢者センター)

箱物は 耐用年数 五十年 三十一年 解体するとは(同上)

横手市の 福祉行政 杜撰なり 温泉放置 介護は他所に(同上)

振り向けば 無駄な箱物 建築し 健気に残る 市民会館(同上)

隣接す 就業改善 センターも 四十三年 消える運命(横手市就業改善センター)

蟄居(ちっきょ)して 人を恋しく 思う時 ふるさと村が 一番身近(秋田ふるさと村)

花々を 眺めて歩く 楽しみも ふるさと村は 花壇が広く(同上)

自画像の 藤田(つぐ)(はる) 頭上には 何故か気になる 十字架飾し(秋田県立近代美術館)

嗣治は おかっぱ頭 丸メガネ 口にちょび髭 顔は忘れず(同上)

版画家の 三村(はる)()の 山の絵に 以前訪ねた 思い出感ず(同上)

西馬音内 盆踊りの絵 楽しげに かがり火添えた (とく)()の版画(同上)

枝振りを それぞれ変えた 秋田杉 写真と違う 絵画の魅力(同上)

アマチュアの 千葉(てい)(すけ)は 写真家で 農村風景 主に撮影(同上)

雪が無く 梵天担ぐ 若者も 白けムードの かまくらまつり(市役所通り)

桜植え 条里通りは 整備され 新たな名所 横手に一つ(条里用水路)

雪捨場 体育館の 杭打ちが 始まる様子 眺めて見たり(秋田県立近代美術館)

美術館 コレクション展 無料なり せこい秋田も 太っ腹さが(同上)

鳥海を リアルに描く 冬の絵は 本荘附近 描写に見える(同上)

富士山の 山頂附近 先細る 絵にはそれぞれ 思惑ありし(同上)

この町に 生まれ育ちし 生い立ちを 哀れに思う 環境次第(浅舞中学校跡)

平鹿町(ひらかまち) 伝承館の 屋外に (おう)(しょう)(せん)の 貨物車保存(平鹿町伝承館)